第313話 衣装の意義
夕食を済ませて部屋に戻ったのも束の間、
「曲、もうできたのかな?」
「……どうかな?」
その可能性もあるけれど、なんだかエステアに気を遣われたような気がするな。アルフェとわざわざ二人きりになるように仕向けられたように思うが、アルフェはそれに気づいていない様子だ。
「ホムはもっとギターが上手くなりたいと言っていたし、エステアと一緒に弾いているのをファラに見てもらえれば問題点を洗い出すのが容易になりそうではあるけれど」
「あ、そっか。魔眼があるもんね!」
ファラの遅滞の魔眼の協力を得られれば、ホムは格段に上手くなるだろう。元々吸収力の良い子な上に、今回はエステアという良い指導者もいる。
「そうだね。ホム自身、今回のライブを楽しみにしているし、本格的な練習の前に基礎をもう一度学べるのは、かなり嬉しいだろうと思うよ」
「そうだね。ワタシも楽しみ!」
アルフェが髪を弾ませて大きく頷き、僕に寄り添う。
「取りあえず座ろうか。ベッドでいいかい?」
「うん」
立ち話もなんだし、せっかく二人きりならこのまま衣装と歌詞の話に進みたいところだ。ノートを持ってきてくれているということは、多分アルフェもそのつもりだろう。
「さて、衣装のことなんだけど、どうやって進めたらいいかな?」
「実はね、ワタシ、幾つかアイディアがあって……」
そう言いながらアルフェが胸に抱いていたノートをぱらぱらと
「これ、なんだけど……」
そう言いながらアルフェが開いてくれたページには、可愛らしい衣装のデザインが幾つも描かれていた。数十ページにわたるそのアイディアは、併記されている型紙を見るに、どうやらアルフェが話していた僕の着せ替え人形のための衣装デザインのようだ。
「どれも素敵だね」
「着てみたいって思うの、ある?」
僕の呟きにアルフェが緊張した面持ちで訊ねてくる。
「どれも素敵で選べないけれど、でも、アルフェが僕に着せたいものがあるなら、どれだって喜んで着るよ」
「本当!?」
アルフェの浄眼が金色に煌めき、その頬が薔薇色に染まる。アルフェが手放しに喜んでくれているのがわかった。自惚れかもしれないけれど、やっぱりアルフェが僕を想って考えたデザインなんだろうな。それぞれ衣装に合わせた帽子があるところが、なんだかそれっぽい。
「うん。一目で気に入ったよ。ステージで着る衣装なら、こんな衣装がいいだろうね」
普段着にするには少し目立ち過ぎるかもしれないけれど、でも、
「例えば、どれかな?」
アルフェが前のめりに訊ねてくるので、僕は目に付いた赤いチェック柄の衣装を指差した。普段の僕ならあまり選ばない色ということもあってか、アルフェは確かめるように目を瞬いた。
「これ?」
「うん。
マリーとグーテンブルク坊やの呟きで気がついたのだが、ライブで着る衣装というのは個人のための衣装ではない。バンド全体の調和を示す、謂わば制服のようなものなのだ。だったら、バンドの方向性や想いを反映出来る衣装がいいだろう。そしてその布地に僕が錬金術を施すことによって、より感情と強く調和して聴衆にアピールすることができるはずだ。
「良かったぁ……。実はこれね、ワタシがリーフの着せ替え人形さんのために、初めてデザインした衣装なの。何度も何度も描き直して、やっと完成して……。だから残しておきたくて、このノートに書き写して清書したんだ」
ああ、僕が引きつけられたのは、情熱的な赤ではなく、アルフェの強い想いのエーテルを無意識に感じ取ったからなのかもしれないな。浄眼のように見えるわけではないけれど、確かにそこにあるというのは僕にだって感じ取ることができる。
「じゃあ、これをベースに考えてみるね!」
「このままでも可愛いと思うけれど、まだ考えるのかい?」
僕の問いかけにアルフェは頷いた。
「うん! だって、みんなの個性も大事にしたいもん。それに、みんなステージで激しく動くだろうから、動きやすさを優先したいなって。リーフもお袖なしにする?」
確かに袖がない方がギターが弾きやすいしパフォーマンスもやりやすいかもしれないな。でも、僕はアルフェのこのままのデザインを着ていたい。
「いや、これが気に入ってるし、アルフェのデザインそのままを着たいよ。君さえ良ければ」
「でも、暑くならないかな?」
「まあ、冬だし、僕自身この身体だし、体温調節が苦手だから平気だよ」
けれど、もし僕が年齢相応に成長していれば、アルフェとお揃いで新しいデザインの衣装に身を包むことも出来たのかもしれない。そう思うと、アルフェには申し訳ないな。でも、寿命の意味ではハーフエルフのアルフェに匹敵するだろうから、複雑な気持ちだ。長期的に見ればその方がいいのだろうけれど。
「わかった。じゃあ、あとはリーフの錬金術で動かしやすいように工夫しよっか」
アルフェの笑顔が僕の頭に浮かぶ少しの不安を取り払ってくれる。僕は頷き、アルフェと肩を寄せ合いながら、皆の衣装についてのアイディアを出し合うことにした。
基本となる僕の衣装は、赤の格子柄を基調にしている。トレードマークの帽子やアルフェが好きそうなフリルがスカートの裾にあしらわれた、アルフェの言うお人形さんのためのような可愛らしいデザインだ。僕自身、好んで着るような服ではないけれど、こういうときだけは、身長差が気にならないように思い切り可愛い方に振り切れるのがいいのだろうな。
「まずはアルフェのデザインから考えようか。僕としては、可愛らしさだけでなく格好良さを追加するために、プリーツを更に加えてみるのはどうかな?」
「あ、いいかも! プリーツってキリッとした感じも出せるし、せっかくだから赤のチェック部分の方を長くして、非対称にすると格好良さも出そうな気がする」
僕の提案にアルフェがアイディアを膨らませる。
「確かに、その方が布地が揺れた時に目立つだろうね」
「あ……、その感情で揺れる布地なんだけど、全員は大変だろうから、ファラちゃんが自分の分はいらないって……」
アルフェが言いにくそうに切り出したが、ファラの申し出ももっともだとすぐに納得出来た。
「確かにファラはドラムで、椅子に座っているし、元々激しい動きで叩いているからね。もしなにか着けるとすれば、リボンかなにかだろうけれど、それも縦横無尽にドラムを叩くファラの邪魔になれば本末転倒だよね」
「うん。だから出来るだけシンプルなやつでいいって」
「そこは相談しながら決めてみようか。ファラの意見も尤もだからね」
衣装を
「エステアさんととホムちゃんのデザインは、二人ともギターだから白と黒でリンクさせたパンツスタイルがいいかな?」
「そうだね。衣装の裾とリボンを工夫しよう。ホムは普段の服のデザインと融合させると喜ぶかもしれないね」
「ホムちゃん、あのお洋服大好きだもんね。リーフのママのセンスって、やっぱり素敵だなぁ」
アルフェが心からうっとりとした様子で呟いてくれたので、僕も微笑んで頷いた。
「アルフェのセンスも凄く素敵だよ。きっとみんな喜ぶ」
「そう思って貰えるようにがんばらなきゃね」
アルフェは笑顔でペンを持ち直すと、今出たアイディアを取りこぼさないようにとノートの空白部分に描き綴っていく。
「メルア先輩はスタンディングスタイルの
「きっとね」
僕が同意を示すと、アルフェは嬉しそうに帽子のデザインを幾つか描き加えた。可愛い路線のものと、格好良い路線のもの――ホムの見た目と今あるアイディアの衣装で考えると、格好いい方が似合いそうだと僕は黒い帽子を目で追う。
「ワタシ、思うの。リーフがワタシに格好いいと可愛いの両方がいいって言ってくれるなら、リーフは可愛い系、ホムちゃんは格好いい系がいいなって」
「僕もそう思うよ」
応えた言葉に偽りはない。想像力がそれほど豊かではない僕にも、アルフェが描いていく衣装を着た僕たちの姿が見えるのだから。
アルフェは僕と話しながら、鼻歌交じりに楽しげに衣装のデザインを進めていく。難航するかと思っていたファラの衣装も、一見シンプルではあるもののみんなのデザインの格好良いところを採り入れた腰巻きを着けることでファラに似合いそうなものに仕上がりそうだ。
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