第306話 受け継がれる理念
「悪いわね、メルア」
アトリエへ向かう途中で、エステアがメルアに声をかけるのが聞こえた。
予測していたこととはいえ、実際大人数でメルアのアトリエに入るのはエステアとしても心苦しいようだ。
「いいのいいの。だってここを使えば、生徒会の前後でししょーに相談するのにもめっちゃ便利だし!」
にっと笑ったメルアがこちらを振り返る。エステアを和ませるための冗談なのだろうけれど、僕としてはどちらでも構わない。エステアの罪悪感のようなものを紛らわせられるなら、快く引き受けておいた方がいいんだろうな。
「そう言ってくれると、僕としても気が楽だね」
「二人ともありがとう。でも、いつまでもメルアのアトリエに出入りするわけにもいかないから、ちゃんと教室を申請するわね」
エステアがまだ申し訳なさそうにしているのは、彼女が本来持っている気遣いからだろう。初対面のときの、ともすれば高慢にすら見えるあの態度は、恐らくイグニスに足許をすくわれないための強がりだったのかもしれないな。
「でしたら、手っ取り早く
「ありがとう、マリー」
今にも飛び出していきそうなマリーに、エステアが頭を垂れる。
「いいんですのよ。こういうのは、特別講師もやっている
「さすがマリー先輩、頼りになるぜ!」
ヴァナベルが褒めると、気を良くしたのか、マリーはそのまま
「……では、早速行ってきますわ~!」
「あ、やっぱそうなるよねぇ~。じゃあ、マリーが戻るまではそれ以外のメンバーで話を進めよっか。エステア、仕切って!」
アトリエの鍵を開けたメルアが、僕たちに中に入るよう促しながらエステアに呼びかける。
「ええ。そうさせてもらうわね」
エステアは大きく頷くと、アトリエにある黒板の前の教壇に立った。
「……まずは、みんな、生徒会編成に賛同してくれてありがとう。まずは各役割を確認していくわね。メルア、書き出してくれる?」
「はいはーい!」
メルアはいつもの調子で元気よく応じると、魔法の杖を振るって黒板に自動書記魔法を施した。
今回の生徒会編成は、生徒会長エステア、副会長は僕、副会長補佐はヴァナベルとリゼル、ライルの三人、会計のマリーと会計補佐ヌメリン、書記と技術相談役はメルア、魔法相談役にはアルフェ、武術相談役ホムとファラの合計十一名だ。
「異論ありません」
「こちらもだ」
ホムが確かめるように頷くと、リゼルとライルも口を揃える。
「ありがとう。リゼルとライルについては、表向きは生徒会と貴族寮の橋渡し役を担ってもらいます。なにかあった場合、なくても何か起こりそうな場合は、辞退してもらうということでいい?」
「そうならないことを願いたいね。こっちとしても建国祭の運営に携わったり、生徒会の編成に加わったというのは大きなアドバンテージになる」
未だ残る不安を包み隠さず吐露するエステアに、リゼルは信頼を寄せている印象だ。リゼルの発言も彼なりのメリットに基づいているので、それが本心だろうと推測出来る。
「俺も同じです。今までのやり方は間違ってる。トーチ・タウンのようにとは言わないけれど、教育の機会は平等であるべきで、才能は活かされるべきだから」
ああ、同じ学校だったこともあって、グーテンブルク坊やはセントサライアスの理念をしっかりと身に着けてくれているんだな。こんなところにも彼の成長を感じるのは、やっぱり不思議な気分ではあるのだけれど。
「改めて、あなたたちの協力に感謝します。これからどうぞ宜しくお願いします」
エステアが改まって挨拶をし、僕たちもそれに倣う。ただ、ヴァナベルだけは少し居心地悪そうに立ち上がって挙手した。
「……エステア先輩、オレはさ、お堅いのは苦手だし、実務に入りたいんだけど、いいかな?」
「私もよ。ここから先は、どうぞ気軽に話しましょう」
ヴァナベルの言うことをしっかりと理解したエステアが、人好きのする笑みを浮かべる。
「にゃははっ、やっぱり生徒同士だもんな、先輩後輩ってのはあるけど、あたしもその方が気楽でいいし」
ファラがいつもの調子で笑い、その場の空気はぐっと和んだ。
「早速だけど、建国祭の出店や催しの申し込み告知を行いたいの。掲示物を貼り出して、広く募集をかけるわ」
この話自体は、マリーの誕生日パーティーでも聞いていたことだ。特に違和感はなかったのだが、アルフェだけは反応が違った。
「……あの、いいですか?」
「アルフェちゃん、どうしたの?」
「去年のことを知らないから、建国祭では実際どんな催しや出展があったのかなって」
「ああ、それはいい質問だね。僕も是非知りたい」
アルフェの質問は、僕たち一年生の質問に通じるだろう。具体例があった方が申請のハードルが下がるのは想像に難くない。
「確かに、禁止事項をずらずらーって並べられるより、これはオッケーみたいな前例があった方が申し込む方もやりやすいもんな」
メルアが配布した建国祭の資料に目を通しながら、ヴァナベルが頷く。
「基本的には生徒の自主性を重んじているから、周囲に危害を加える可能性が少ないものは基本的に許可が出るようになっているの。建国祭では多くの観光客も学園を訪れるし、出店することで経営を疑似体験できるのは社会体験になるから、去年はちょっとしたショーのようなものや、食べ物の屋台が人気だったわ」
「にゃはっ! まあ、危なくなければなんでもオッケーってわけだな」
「じゃあ~、色んな出身地の人がいるから、郷土料理とか~?」
「創作料理もいいよな」
ファラの発言にヌメリンとヴァナベルが相槌を打つ。
「おいおい、食べ物ばっかりだぞ? それで良いのか?」
リゼルが早くも不安げな表情を見せたが、ファラは大丈夫だと言わんばかりの笑みを見せた。
「あたしはさ、アルダ・ミローネ出身なんだけど食べ物ばっかでも盛り上がるもんだよ」
「確かに俺の地元のトーチ・タウンも、祭となると黒竜神様の意向ってことで、基本的に甘い物ばっかり並ぶな」
グーテンブルク坊やの言う通り、甘いものばかりが並ぶ店のどれもがそれなりに繁盛しているのを僕たちは目の当たりにしている。ファラの言うように食べ物ばかりでも盛り上がるというのは、間違いないだろう。
「いいじゃん、それ! じゃあさ、アルダ・ミローネをこっちに再現しちゃう? 甘味にごはん、おかずに飲み物とか?」
みんなの意見にメルアが浄眼を輝かせて賛成の意を示す。
「昨年は一流シェフを雇った高級店が多くて、社交場としてのニュアンスが強かったのが気になってたから、それはそれで楽しそうね」
エステアが庶民的な屋台には興味津々な様子で楽しげに頷いたところで、マリーが戻って来た。
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