第298話 マリーの誕生日パーティー
補講上がりのホムとファラと合流し、平民寮の見慣れているはずの食堂の扉をくぐると、見たこともない光景が僕たちを迎えた。
「ここは、どこですか……?」
「にゃははっ! 貸し切りってこういうことか~」
ホムが戸惑い、ファラが手を叩いて喜ぶのも無理はない。
食堂は、マリーがプロデュースしたと思しき装飾と模様替えにより、煌びやかな社交場のような姿に一変している。色とりどりの布や紙、リボンを使った装飾だけでなく、どうやって取り付けたのか、小型の魔石灯が天井を美しく彩っている。
「すげぇ……」
「豪華なパーティー会場だね~!」
大人しいと思ったら、ヴァナベルはそう呟いたきり絶句して、きょろきょろと辺りを見回し、ヌメリンはその隣で嬉しそうにはしゃいでいる。他の生徒も似たような反応で、マリーによるものだとはわかっていつつも、一体何事が起きたのかと目を白黒させている。
普段は調理や給仕に回っている食堂のおばちゃんたちもマリーに招待されたらしく、目の前で惜しみなく出来たての料理を提供する一流シェフたちと楽しげに歓談している。
テーブルには光沢のある白と臙脂色のテーブルクロスが敷かれて、まるで高級レストランのようだ。そのテーブルひとつひとつと、窓辺にはたくさんの花々が飾られて隙がない。
「お祝いモードだね。凄く素敵!」
マリーに少し慣れて来たアルフェも、この食堂の変貌には驚いたらしく、そわそわとしながらも華やいだ雰囲気に笑顔を見せて僕に同意を求めてきた。
「マリーの本気を見たような気がするね」
実際のところは、もっと豪華にすることも出来るのだろうけれど、平民寮でやるからには、という気遣いも感じられるところに好感が持てた。生徒たちの反応は、豪華すぎて驚いてはいるものの、皆、一様に嬉しそうにしているのがマリーによる絶妙なさじ加減のお陰なのだろう。
「……こ、これは、一体何事でござる~?」
「ア、 アイザック。ぼ……僕たち、こんな普通の服でいいのかな? 場違いじゃないか?」
少し遅れてきたアイザックとロメオが戸惑う声がしたので振り向くと、その更に後ろに笑顔のマリーの姿を見つけた。
「オーホッホッホ! 気にすることはありませんわぁ~! サプライズですもの、堅っ苦しいことは一切抜きでお願いしますの~!」
マリーはそう言いながら執事のジョスランを従えて、笑顔を振りまきながら食堂に入っていく。自然に拍手が湧き起こり、マリーはそれに嬉しそうに手を振りながら応えると、食堂に設けた小さなステージの上に立った。
「さぁて、みなさまお揃いですわね?」
優美な笑みを湛えながら、マリーがその場に集まった生徒達を見回す。
「本日のサプライズは、他でもない
「「リリルルもマリー先輩の誕生日を祝そう。この先には幸福のみがあるだろう」」
「なんだ! 誕生日か! マリー先輩、おめでとうございます!!」
「おめでと~~~!」
マリーの発言に、生徒たちからおめでとうの声と拍手が沸き起こる。マリーはそれを嬉しそうに受け止めると、余韻を味わうように胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「ん~~っ♡ 快っ感ですわぁ~! こういう親しみある誕生会というものを、一度盛大にやってみたかったんですの~!」
「にゃはははっ、一度『盛大に』やってみたかったってあたり、流石マリー先輩だな」
本気か冗談かわからなかったが、ファラがすぐに反応して笑うと、周りからも親しみを込めた笑いが起こった。
「うふふっ。褒め言葉として受け取らせていただきますわ~。さっ、ファラも遠慮は無用ですわよ」
「もちろん。これだけ各国料理を揃えてこられたら、全部食べたくなるし!」
既に会場の料理を見回ったらしいファラは、食べる気満々の様子で周囲を見渡す。
「みなさんの郷里のお祝いのお料理を取りそろえましたの。帝国風ばっかりじゃ飽きますし、この食堂のおばさま方のアイディアなんですわ~。ねっ、おばさま?」
マリーの言葉に食堂のおばさんたちも嬉しそうに頷いている。マリーといい、メルアといい、こうして人に溶け込むのが上手いのは、天賦の才だな。
「気に入ったのがあったら、食堂のメニューに取り入れるからね。私たちに教えておくれ」
「お安い御用だぜ! よし、片っ端からいくぞ、ヌメ! ファラ!」
「あ~~い」
ヴァナベルとヌメリン、ファラが先陣を切り、生徒達が料理に手を付け始める。こういうのは乾杯をしてからかと思っていたけれど、マリーは気にすることなく、生徒たちに声を掛けながらステージを降りて、こちらへやってきた。
「ようこそ。
「ご招待いただきありがとうございます、マリー先輩」
マリーの挨拶にアルフェが笑顔で応じ、僕とホムもそれに倣って頭を垂れる。
「サプライズは大成功でしたわね! さっ、ホムは補講でお腹ペコペコなんでしょう? ファラたちに負けず劣らず召し上がってくださいましね」
「お気遣いありがとうございます。そうさせていただきます」
マリーの気遣いが伝わったのか、ホムが丁寧に応じる。マリーは満足げに頷くと、僕とアルフェが手にしているバスケットに顔を近づけた。
「ところで、リーフ。その包みはなんですの? ……あら、随分といい匂いが致しますけど」
マリーが鼻を動かして匂いを嗅ぎながら、僕とアルフェが持っている包みを目ざとく見つけて問いかけてくる。流石にこんなご馳走の前にクッキーというのは、タイミングが悪いな。後で渡すにしても、どう言い訳するのがいいだろうか。
「いや、これは……」
「下手に隠さない方がいいわよ、リーフ」
考えながら口ごもっていると、エステアの声が背後から響いた。
「エステア!」
「うちもいるよ。ししょ~!」
いち早く反応したホムの声に、メルアが手を振りながらアピールしている。
「んもう! 遅刻ですわよ、エステアもメルアも。乾杯を待ちくたびれてしまいましたわ」
「喉が渇いたってことね。さっそく乾杯しましょう」
エステアが苦笑を浮かべながら応じるのとほとんど同時に、いつの間にか近づいて来たジョスランが丸いトレイに載せた飲み物を恭しく差し出した。
「ありがとう」
柑橘系の果実を搾ったらしきオレンジ色の飲み物を受け取り、周囲を見回す。ジョスランが手際良く合図したのか、先ほどまでいなかった白と黒の給仕服に身を包んだ係が、生徒たちに飲み物を配って回っているのがわかった。
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