第285話 ガーネル家の秘密
「……まっ、それからは貴族寮での嫌がらせもなくなったし、色々とやりやすくなったんだよね、このアトリエとか」
「そうだね。僕も恩恵に預かれて光栄だよ」
充実した設備に錬金術に必要な材料を潤沢に備えているアトリエを個人で使えるということは、かなりの優遇だ。だが、それだけにその理由が少々気に掛かった。
「でも、この待遇ってメルアの錬金術の才能だけが理由なのかい?」
「え……?」
「いや、話を聞いていて少し不思議だったんだ。貴族寮に平民がいる――それが理由で差別を生むのなら、貴族寮に留まらせるのではなくて平民寮で厚遇を受けさせるという手もあるんじゃないかって。実際、F組のヌメリンなんかはそうだしね」
アトリエの話にいきなり突っ込むよりは、少し遠回りした方が話しやすいだろうな。メルアの話の中で気になっていたことを持ち出すと、メルアは納得したように頷いた。
「あ~、あのとんでもないお金持ちの子。貴族寮でも有名だよ」
「失礼を承知で言うと、メルアは違うよね?」
「……うん、そう。ついでに言うと、うちが特級錬金術師だからって、このアトリエの待遇でもないんだよね。ししょーが特級錬金術師になればバレちゃうから、先に言っとく」
僕が聞こうとしていたことに気づいたのか、メルアが言いにくそうにしながらも口を開いてくれた。
「特別な厚遇を受けるために特級錬金術師の資格を取りたいわけじゃない。そこは気にしなくていいよ」
僕としてはメルアの厚遇の恩恵に預かれる今の環境で充分満足なのだ。ただ、
「……だよね。あー……なんて言ったらいいのかな……なんか回りくどい言い方って苦手だし、そのものずばりで言っちゃうけど、びっくりしないでね」
もどかしそうなメルアの言葉には迷いと緊張が窺える。無理をさせたくないけれど、なにやら話したそうな雰囲気を汲んであげた方がいいのだろうな。
「メルアが大丈夫なら聞くよ」
「ありがと、師匠。……実は、うちの家系はさ、アーシア人なんだ」
「アーシア人……」
聞いたところで驚きはしなかったが、その名を復唱するように呟くと、不思議な感覚が蘇ってきた。
アーシア人というのは、旧人類によって造られた古代アリーシア人の複製体のことを指す。古代アリーシア人はかつてこの星に存在したと言われている古代文明の人々だ。その起源は科学技術を持つ旧人類よりも更に古く、錬金術による世界でも類を見ないほど栄華な文明を誇ったとされるが、ある時を境にぷっつりとその文明は途絶えた。
天変地異によって滅亡したというのが通説だが、遺跡もなにも残ってはおらず、荒唐無稽とも思える高度な文明の伝承によって、語り継がれてきたことから、その実在は
だが、錬金術師だけはその存在を疑ってはいない。実は僕は、古代アリーシア人の実在を知っている一人なのだ。なぜなら、古代アリーシア人たちが残した異空間こそが『真理の世界』と呼ばれるあの場所だからだ。そしてあの場にいて僕に知識を授けた『管理者』は、古代アリーシア人の集合意識だ。
僕と同じように失われた錬金術を求めた旧人類たちは、何等かの手段で古代アリーシア人を蘇らせることで真理の世界にアクセスして錬金術という知識を得た。そしてそれが新人類たちの錬金術の始まりと言われている。
「……だから、うちが並外れた錬金術の才能を持ってるのも、うちに流れる血のせいなんだよね」
「確かに錬金術の申し子であるアーシア人なら、周囲の期待も大きいだろうね」
僕が驚かなかったことで安心したのか、メルアが少し緊張を解いた。
「うちの秘密を知るのは、錬金学会でも重鎮と呼ばれる人たちだけだけどね」
「そんな重大な秘密を僕に明かしても平気なのかい?」
「なんかいずれ話さなきゃとは思ってたし、そもそもししょーは別に言いふらしたりしないでしょ? あっ、アルフェちゃんには話してもいいよ。っちゅーても、うちの待遇がいいのはアーシア人だからってよりは、ガーネル家が英雄に仕えていた一族だからなんだよね」
ああ、つまりアーシア人という理由で厚遇されている訳ではなく、アーシア人の血を引いていることから優秀な錬金術の一族となり、その秀でた才能が英雄に買われ、特別な家柄になったというわけだ。
とはいえ、あまり秘密を知る人を増やすのもこの場合はいただけないな。アルフェは別としても、アーシア人が優秀であるが故に人魔大戦に駆り出された悲惨さがこの時代においても繰り返されないとは限らない。
「まあ、言ったところでピンと来ないだろうけど、変に二人の秘密~みたいになってアルフェちゃんに誤解されたら嫌だからさ」
「アルフェなら平気だよ。メルアの弟子なんだし」
すすんで秘密を明かすつもりはないことを暗に示しておく。メルアの信頼は嬉しいけどこの問題はまた別だ。平和な時代しかしらないメルアにはそれこそぴんと来ないだろうけれど、メルアだけでなくガーネル家一族の存亡にも関わるだろうから。
「うーん……そりゃそうだけどさ~。うち、アルフェちゃんに嫉妬されたくないよ~」
「メルアはするのにね」
「うちはいいの!」
僕が茶化したとわかったのか、メルアが声を張り上げた。
「……ところで、この学園でその秘密を知っているのは他に誰がいるんだい?」
「エステアとマリーだけ」
それを聞いて安心した。僕はもう誰にもこの秘密を言わない方がいい。
「この学園の厚遇は、さっきの家柄のおかげだけってことかい?」
「そうそう。うちが十歳の頃にお婆に教えてもらった話で、なんか上手く説明できるかわかんないんだけど……。なんでもガーネル家って大昔に六竜帝に仕えてたんだって。だから貴族ではないけど、帝国では特別な立場の家柄なんだってさ。錬金学会も、その筋でゴリ押ししてきたみたい」
なるほどな。英雄と言われた時はわからなかったが、六竜帝といえば、聖華暦300年代に起きた帝国の内乱を収めた英雄のことだ。英雄に仕えていたガーネル家の末裔ならば、フェリックス財団が貴族と同等の厚遇でメルアを迎えたのも頷ける。
「まー、学会の重鎮としてはうちの活躍に滅茶苦茶期待してアトリエまで用意させたっちゅーわけだけど、特別待遇されたばっかりに余計な苦労をさせられるなんて、とんだ災難ってわけ」
「それは随分と苦労したね」
僕の言葉にメルアが目を潤ませて頷いた。
「だからさ、うちはこんな苦労をもう誰にもしてほしくないんだよね。今のししょーたちの待遇だってどうにかしなきゃってずっと思ってる。だから、今度の生徒会総選挙でエステアに当選してもらって、自由で偏見のない楽しい学校を一緒に作りたいんだ」
メルアが立ち上がって僕に手を差し伸べる。話しながらもスパークショットの簡易術式を見事に彫り終えたのだ。
「僕も全面的に賛成だ」
頷いた僕は、メルアの手を取り両手で包み込んだ。
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