第280話 僕の弟子
「ねーねー、ししょー、本当に大丈夫なの?」
アトリエに向かう途中で、メルアが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「練習なら、寮に帰ってからやるつもりだよ。あれで追いつけただなんて思ってないからね」
僕の返答にメルアはきょとんとして立ち止まり、何故か大きな溜息を吐いた。もしかして、僕の認識が甘かっただろうか。引き受けたからにはきちんとやるつもりだけれど、所詮素人なのでエステアたちとの温度感が違うのかもしれない。とはいえ、聞かないとわからないから確認しておいた方がいいだろうな。
「……なにかマズかったかな?」
「じゃなくて~! マリーの魔導砲の方!」
僕の問いかけにメルアが身体を揺らして少し大きな声を出した。心配していたこととは全く違う答えが返ってきて、僕は安堵に苦笑を浮かべた。
「ああ、それならもう設計図も書いてあるし、少しくらい試行錯誤するかもしれないけど」
「へ? 今なんて?」
メルアが耳をそばだてるようにしながら問い返してくる。
「……試行錯誤するかもしれないけど?」
聞き取れなかったのかと思い、言い直して見たがメルアはぶんぶんと大きく首を横に振り、小指で耳をいじった。
「いやいやいや! なーんか、設計図とか聞こえたんですけどぉ~!?」
「うん、言ったよ」
ああ、もしかして魔導砲の設計図の方に驚いたのか。ホムのギターを修理したりしていたし、時間がないことを心配されているのかもしれないな。でも、その心配はないと伝えておいた方が僕に魔導砲を頼んだメルアも安心だろう。
「実は、工学科の授業が自由課題だったから、昨日の話から幾つかパターンは考えてあるんだ」
「幾つかパターンは考えた!? ひぇっ! まじで、うちのししょーハンパない! ヤバ過ぎ!」
「……そうかな?」
毎回のことだが、メルアは驚きの沸点が低い気がする。僕に気を遣ってくれているというわけでもなさそうだけど、だとすると、僕は気づかないうちにまたやり過ぎてしまっているようだ。
「そーだよ! ちゅーても、うち、特級錬金術師でさ~、ししょーみたいな本物の天才を見るまでは、天才美少女錬金術師なんて名前を欲しいがままにしてたんだよ? それがね……それがだよ! うちが一年考えて出来なかったのを、どーして昨日今日で出来ちゃうわけ~!?」
メルアが早口でまくし立ててくれたことから、彼女の考えがよくわかった。嫉妬というよりも羨望なのがメルアらしいな。その方が僕も自由に振る舞えて助かる。
「……まあ、元々こういうのを考えるのが好きだし、アイディアにストックもあるからね」
「フツー魔導砲のアイディアってストックするもの!? そもそも自分で作ろうとか思わなくない?」
ああ、そういえば、この時代は比較的平和な時代なわけだから、武器を作ろうという発想がそもそも珍しいか。まさか前世が人魔大戦の時代で、人類だけでなく
「……いや、ホムが軍事科に進むとあって、いつか必要になるかなと思って」
「あ~、ここでもホムちゃんか~。恵まれすぎでしょ! 羨ましい~!」
「ブラッドグレイイルで足りないなら、他にもなにか作ろうか?」
「まさか!」
僕の提案にメルアが恐縮したような反応を見せ、直立不動で目を見開いた。
「そうなのかい?」
遠慮しなくてもいいのに、とは思うがメルアなりの礼儀なら無理に勧めることもないんだろうな。一応確認すると、メルアはもじもじともどかしそうに身体を動かしてから、観念したように口を開いた。
「う……。欲張りだと呆れられるのは承知で言うけど、ししょーが作るものなら正直なんでも欲しいくらいです」
「……っ、ははっ」
メルアがあまりに正直なので、思わず噴き出してしまった。
「じゃあ、メルア用にカスタマイズした何かも作ろう。その方が僕も作った甲斐があるだろうしね」
「いいの!?」
メルアの両眼の浄眼が金色に煌めく。アルフェほど顕著ではないけれど、嬉しい時に浄眼が煌めくのは、彼女たちの共通点だ。
「もちろん。材料なんかはアトリエのものを使わせてもらうことになるけど――」
「もー! バンバン使って! 湯水のように使っていいから!」
メルアはそう言うと、機嫌良く満面の笑顔を見せてアトリエの扉を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます