第274話 バンド結成
それぞれ気に入った楽器を選んだ後は、予定通り音楽室で練習をすることになった。ドラムと
エステアのギターは、マリーが特注した赤と龍樹の花を思わせる桃色を基調とした少し特徴的な形をしたもので、帝国では縁起がいいものと言われている竜の模様が美しい。僕は身体に合っていてかつ、かなり軽いものを選んでもらった。ホムはというと――
「んもう、新品がいっぱいあるのに、わざわざおんぼろのジャンクを選ぶなんてどういうことなんですの?」
マリーがそう言うのも無理はない。ホムが選んだのは、辛うじて音は出るものの、一般的にはジャンクと呼ばれる不良品なのだ。
「急かしたのは悪かったですけど、もし決められなくて咄嗟に取ったのなら、何本か選んで全部持っていっても構いませんのよ」
「いえ、わたくしはこれが欲しいのです」
溜息を吐くマリーにそう告げるホムはどこか嬉しそうだ。
「どうしてそれがいいと思ったんだい?」
「手に取って弾かせて頂いたときに感じたのです。このような姿になっても音を奏でようとしている――ですから、わたくしにぴったりなのです」
ああ、それで試し弾きした時に泣き出しそうな、でも嬉しそうな顔を見せたのだな。
「ん~、よくわかりませんわ。わざわざボロボロのものを選ばなくても新品が――」
「これが良いのです。いけませんか?」
理解不能とばかりに首を傾げるマリーに、ホムが不思議そうに訊ねた。
「修理すれば問題ないわ。楽器というのは相性もあるから、あのギターはホムに弾いてもらいたいんじゃないかしら」
「はい。それにマスターに直して頂けるなら、きっと以前より輝いてくれるはずです」
エステアが助け船を出し、ホムが自信たっぷりに応える。いわゆるジャンク品を復活させるのは、僕としても好きな作業だ。そう思うと、なんだかアーケシウスと出会った時のことを思い出すな。
***
音楽室に移動し、ドラムと
特定の曲というわけではなく、各々思いついた音を奏でているだけなのだが、元々のセンスがあるせいか、既にかなりバンドっぽい雰囲気だ。それにアルフェの歌声は優しくて力強くて、やっぱり凄く心に響く。この歌をもっと聴きたいと思わせてくれるのは、単に僕が昔からアルフェの歌声に馴染んでいるせいだけではないだろう。
「んん~っ!! 完っ璧ですわぁ~! やっぱり
マリーが満足げに拍手をしながら皆を称賛する。なんだかここに素人である僕とホムが入っていいのかわからなくなってきた。
「……ねえ、エステア。僕とホムがいなくても充分じゃないかな?」
「そんなことはないわ。私はこのメンバーだからこそ、バンドを組みたいの」
そこまで言い切って、エステアは不意に不安げに顔を曇らせた。
「……それとも、なにか嫌になった?」
「違うよ。それくらい素晴らしい演奏だったって言いたかっただけだ。早く僕も追いつかないとね」
「わたくしもです」
卑屈になったわけではないけれど、求められているし協力を申し出ていたのに今の態度は良くなかったな。反省しながら言い直すと、エステアはほっとしたような笑顔を見せた。
「ギターを直す間、私のギターを使ってホムに教えるわね」
「光栄です」
「これでやっとスタートラインに立てましたわね。これからの伸び代に期待しかありませんわ」
マリーの視線からプレッシャーを感じるが、まあどうにかなるだろう。僕とホムが加わってどう成長するのかが僕も楽しみになってきた。
「きっと総選挙の頃には、みんなうちらに大注目してるよ」
「ライブでみんなを惹きつけないとね!」
「アルフェの歌声なら出来るよ」
意気込むアルフェに微笑むと、アルフェは頬を薔薇色に染めて大きく頷いた。
「……ライブといえば、バンド名はなんですの?」
「そーいえば決めてなかったね」
マリーがふとバンド名のことを切り出したので、その場の全員が顔を見合わせた。
「どうする、エステア?」
「実は、もう決めてきたの。みんなが良いと言ってくれたら……の話なんだけど」
「ダメって言うわけないじゃん! ねっ、ししょ~!」
メルアが即答し、僕に同意を求める。もちろん肯定するつもりだった僕は、エステアに問いかけた。
「エステアのことだから、願いを込めた名前にしたんだろう?」
「ええ……」
思ったとおり、エステアは彼女なりにかなり考えて名前を決めて来たようだ。出来ればその由来まで聞けるといいな。
「……
「素敵……」
エステアの説明にアルフェがうっとりと呟く。素敵、という言葉が本当に似合うと思った。祈りにも似た願いと強い意志が込められているのが、はっきりと伝わってくる。この学園の実情を知っていて、それを変えたいと願う生徒であれば、そこに込められた意味に気づけるはずだ。
「自由で楽しい学校にしたいエステアが思い描く理想が込められていると思う。良い名前だよ」
「ありがとう」
僕が頷くと、エステアは目を潤ませて改まったように頭を下げた。
「どうか、みなさん力を貸してください!」
「もちろんですわ~!」
マリーが勢い良く声を上げ、拍手を贈る。僕たちもエステアを讃えるように拍手を贈りながら、生徒会総選挙――そしてこの学園の改革に乗り出すための第一歩への決意を新たにした。
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