第270話 人魚の歌声
一通りの食事が終わり、運ばれて来たデザートを食べ終わるころ、夜だというのにサングラスをかけた黒服の男が店内にやってきた。
「お待たせ致しました、マリアンネ様」
テーブルの傍まで来た黒服の男は、そう言って手にしていたトランク型のバッグを開く。
「仕事が早くて助かりますわ、ジョスラン」
「執事たる者、このぐらいは当然でございます」
マリーの執事を名乗るジョスランが運んできたのは、手のひらほどの大きさの貝殻型の品物だった。表面には人魚を象った揃いのマークが記されているので、何らかの商品なのだろう。
「うっわ!! 最新型の
「それはなんだい?」
メルアが早速手に取っている横で、マリーに訊ねる。マリーは僕たちの分を配りながら、丁寧な口調で説明してくれた。
「携帯型音声魔導器、
「音楽カセットって?」
今度は僕の代わりにアルフェが訊ねる。どうやらエステアやメルア、ファラは知っているらしく嬉しそうに操作を始めている。
「あら、なんにも知らないんですのね。この
マリーが貝殻を開き、真ん中にある黒く薄い板のようなものを示す。カセットと呼ばれているものには簡易術式が彫られており、魔導器であることが理解出来た。
差し込むための窪みが設置されていることから、このカセットを入れ替えれば、様々な音楽を聴くことが出来る仕組みになっているのだろう。
貝殻の下部には差し込み口が付いており、そこから線が伸びて耳孔に挿入するタイプの
「この線を使わずに貝殻を開けっぱなしにすれば、直に音楽を流すこともできますわ」
なるほど、原理は理解できた。そうなると、あとは使い方を教えてもらえばいいだけだな。
「で、肝心の使い方ですけど、この音楽カセットに記録した音楽データを脳内でイメージするだけですわ。魔導器ですから、エーテルを流す際にこの曲が聴きたい、という感じでいいんですの」
僕たちの次の質問を想定していたらしく、マリーが先に説明してくれた。
「最新盤ってなると500曲はあるから、操作の手間がないちゅーのがまたいいんだよねぇ」
「今日聴いたロックアレンジは流石に入っていないようね」
「希望とあれば音源を手に入れて独自に編集しますわよ?」
エステアが冗談めかして言うと、マリーが大真面目に片眉を上げて応じた。
「その手間をかけるくらいなら、アレンジして自分で弾けるわ。ありがとう、マリー」
彼女なりの冗談だったらしく、エステアが楽しげに笑いながら小さく片手を挙げる仕草をする。
「あ、じゃあうち、それ聴きたい! エステアのリサイタルにしよーよ!」
「ちょっとメルアってば」
「それはいつ開催されるのですか?」
メルアが大声を上げたのをエステアが叱責するのと、ホムが真面目に食いつくのとはほぼ同時のことだった。
「ほら、ホムが本気にしてしまうでしょ?」
「冗談……だったのですか?」
メルアに向けたエステアの発言に、ホムが哀しげに眉を寄せる。
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「では、聴かせていただきたいです」
ホムが素直に自分の気持ちを向けると、エステアは苦笑しながらも頷いて見せた。
「じゃあ、明日音楽室を借りて披露しましょう。ところでバンドのメンバーは、ここにいる全員ってことでいいのかしら?」
「やってもいいの!?」
「もちろん」
自分のアイディアが採用されたことに実感がないのか、アルフェが確かめるように問いかける。エステアは即答し、メルアとマリーと目を合わせて柔らかに応えた。
「アルフェちゃんの美声があればもう、みんなうっとりして立ち止まっちゃうって!」
「がんばろうね、リーフ!」
やれやれ。ひょんなことから、色んなことが決まってしまったな。僕も手伝うと言った以上、全力で協力しないといけないのだけれど。
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