第252話 夕食のひととき
昼食の具沢山のサンドイッチに続き、夜はクリフォートさんの自慢の手料理がテーブルいっぱいに並んだ。
「食べ盛りの子が揃うから、腕によりをかけて作ったの。ちょっと作りすぎちゃったかしら?」
アルフェとともに配膳を手伝っていたホムにクリフォートさんが説明してくれる。ホムはその視線が自分に向けられていることをきちんと理解して、微笑んだ。
「全く問題ありません。最終的にはわたくしが責任を持っていただきます」
「私も余裕です」
ホムの発言に僕と一緒に皿を運んでいたエステアが自信ありげに挙手してみせる。
「ふふっ、とても嬉しいわ。お腹いっぱい食べてね」
二人がそう言い切ったことで、クリフォートさんの顔にも安堵の笑みが浮かぶ。会話を聞きながら食卓についた父が、嬉しげに皆を眺めた。
「ホムもエステアも軍事科だけあってさすがの食欲だな」
「お父様もかなり召し上がるのですか?」
「まだまだ若い連中には負けていないつもりだ」
エステアの問いかけに、父が快活に笑う。僕たちへの指示を終えた母がさりげなく父に促されて隣に座ると、その腕に触れながら笑った。
「張り合わないでくださいよ、あなた。足りなくなってしまうわ」
「そうなったら、僕がなにか作りましょう」
「買い出しもしていないのに大丈夫なの?」
僕が言い添えて皆をテーブルに促すと、ホムの隣に座ったエステアが不思議そうに問いかけて来た。
「リーフはあるものを組み合わせてなーんでも作っちゃうの!」
「リーフちゃんがそう言うなら安心してゆっくりできるわね」
アルフェとクリフォートさんが皆の分の料理を取り分け始める。
「後片付けはお任せください、クリフォート様」
「ありがとう、ホムちゃん」
アルフェとクリフォートさんの声が揃って、ホムに礼を言った。こうしてアルフェとアルフェの母親が揃うのも久しぶりだし、成長したアルフェの面差しはクリフォートさんの若い頃に似てきたな。もうすぐアルフェも大人になって、ハーフエルフとして成長が止まる期間に入るのかもしれない。
「……そろそろ始めようか。今日のためにとっておきの葡萄酒を用意してあるぞ」
アルフェとクリフォートさんが料理を取り分け終わるのを見計らって、父が葡萄酒の瓶をここぞとばかりに取り出す。
「ふふ、早く飲みたくて仕方ないのね、ルドラ」
「君にはなんでもお見通しだな、ナタル」
ああ、父上も母上も昔から本当に変わらないな。僕が生まれてから約十六年が経つというのに、こうしていつまでも仲睦まじい二人の様子を見ていると安心する。父上も母上もなにも変わっていない。そう思うとやっと家族の元に戻ってきたという実感が湧いた。
「さあ、乾杯しよう」
大人たちには葡萄酒、僕たちには果実のジュースがそれぞれ振る舞われる。ホムが全員の分をグラスに注ぎ終えると、父が嬉しげに食卓にグラスを掲げた。
「皆の帰省と、新たな友人の来訪を祝して――」
「乾杯」
* * *
ゆったりとした和やかな時間だ。夕食の話題は、久しぶりに会う家族の会話を軸に、次第に学園のことへと移っていく。
特に父上は、僕がアルフェ以外の友人を連れて来たことを思っていた以上に喜んでおり、エステアが恐縮するほどだった。
「いやはや! カナルフォード学園の生徒会長が娘の友人とは、親としても誇らしいよ」
「……学年は上ではありますが、リーフからは学ぶことが多く、これからも色々と力添えをお願いすることになると思います。生徒会にも一年の任期が設けられていますし」
苦笑を浮かべるエステアは、僕との仲を嫌がっている訳ではなさそうだ。
あと、会話を聞いていて気がついたことだが、もしかすると僕が思っている以上にエステアは生徒会長という役割に強い責任を感じていそうだな。あの学園を変えようと考えているなら、やはり再選を視野に入れているだろうし、当然なのかもしれないけれど。
「よし、せっかくだからあれを披露しよう。いいだろう、ナタル?」
「ふふっ、そうね。昔を思い出しちゃいそう」
葡萄酒でほろ酔いになった父が母に同意を求めて席を立ったかと思うと、どこからか見慣れない楽器を手に戻って来た。
「ギター? リーフのパパ、弾けるの?」
「昔、ちょっとな。負傷後のリハビリで始めたんだが案外楽しくて、今でもまだ弾けるんだ」
ああ、それで母は昔を思い出すと言ったんだな。父と母の出会いの頃をきっと思い出すのだろう。
「なにを弾いたものかな」
食卓から離れたところに椅子を移動させ、腰かけた父が訊ねる。
「『感謝の祈り』はどう?」
母の提案に、僕とホム以外の皆が同意を示す。歌はアルフェが歌うもの以外にあまり興味がなかったけれど、きっと有名な歌なのだろう。
「では、少しお耳を拝借――」
父がギターをゆっくりと爪弾く。アルフェの鼻歌で聞いた覚えのあるメロディだが、音にやや違和感があるな。違う曲なのだろうか。
「あ、音が少しずれてますね」
僕が違和感を覚えている間に、エステアがその正体を突き止め、ギターを調整する。どうやら弦を押さえるところの上部にあるネジを回すと、音の調整が出来る仕組みのようだ。
「おお、これで良くなった。ナタル、久しぶりに君の歌声が聴きたいな」
「え……?」
「ワタシも歌う! リーフのママ、一緒ならいいでしょ?」
アルフェが笑顔で母を誘い、連れ立って父の隣に並ぶ。父が再びギターに指を滑らせると、アルフェと母上の歌声が耳に心地良く響き始めた。
――懐かしいな、母上の子守歌の声もこんなだった。
優しくあたたかな歌声を聴いていると、子どもの頃の記憶がありありと蘇ってくる。どこまでも僕に寄り添い、安心とは、幸せとはどういうものかをごく自然に教えてくれた母の声を、歌声を、こうして傍で聴けるなんて幸せだ。
「……みんなで歌うのは、なんとも楽しいものですね」
ふと歌声が途切れた合間に、エステアがそっと囁く声が聞こえた。ああ、どうやら僕もいつの間にか歌を口ずさんでいたようだ。
「そうだね」
相槌を打ちながら、内心は自分の変化に驚いていた。グラスの頃の自分なら絶対になかった歌への親しみや楽しみ方は、僕の新しい人生にしかないものだ。
それにしても、自分でも気がつかないうちにこんな楽しみ方をするようになっていたなんて、やっぱりアルフェの影響かな。それとも、魂はどうあれ、この身体は紛れもなく父上と母上の遺伝子を引き継いでいるわけだから、二人の子どもである僕も、案外歌が好きなのかもしれない。
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