第242話 再充電

-----ホム視点-----


 墜落の衝撃に備えたが、アルタードはセレーム・サリフ諸共柔らかな風に受け止められた。


 背から叩き付けられているはずのセレーム・サリフは、わたくしの攻撃を刀で受け続けている。わたくしの渾身の一撃に対して、押されながらも決して刀を退かないのは驚異的な精神力だ。


 ――どうして。


 セレーム・サリフは噴射推進装置バーニアの出力を上げていない。だが、エステア様には風を操る力がある。


「まさか……」


 エステア様がセレーム・サリフの背部に風を起こし、衝撃を逃したのだと気づくのとほぼ同時に、セレーム・サリフが渾身の力を込めてアルタードの蹴りを押し返し始めた。


 機体を包み込む暴風は徐々に加速し、激しく吹き荒れていく。


「――――!!」


 がむしゃらに叫び、帯電布の出力を限界以上に引き上げる。これで最後だ。わたくしの切り札は、もうこれしかない。


 だが、エステア様も決して引き下がろうとはしない。風の刃でアルタードの稲妻をまとった一撃を受け止め続け、二機は拮抗状態に陥っている。


 プラズマ・バーニアの加速を借りて辛うじて拮抗させているものの、もうこれ以上機体を加速させることはできない。それどころか、失速に向かう終わりの音が聞こえ始めている。


 黒血油こっけつゆを大量に失った機体は、もうプラズマ・バーニアを維持できない。アルフェ様の規格外の雷魔法で帯電布に大量に充電チャージしていた電力も今や尽きかけている。


 アルフェ様とマスターがここまで送り出してくれたにもかかわらず、わたくしの技は不発に終わってしまう。


「素晴らしい技です。あなたの研鑚に敬意を評します。けれど、勝つのは私です……!」


 エステア様が自らの勝利のために動きはじめている。風の刃の圧が更に高まり、拮抗していたはずのアルタードが徐々に押し返され始めた。


 機体がぎしぎしと軋み、悲鳴を上げている。けれど、まだ動ける。


 絶対に勝ちたい。


 もう二度と、負けたくない――


 わたくしは、わたくしであるためにこの試練を乗り越えなければならない。マスターのために、アルフェ様のために――なにより、わたくし自身のために。


「わたくしは、負けません!!」


 自分の口から迸った声に、誰よりもわたくし自身が驚いた。わたくしは、いつの間にかマスターがくれたお守り――飛雷針ひらいしんを血が滲むほどに強く左手で握りしめていた。


 ――諦めません。


 自分に言い聞かせるように誓い、わたくしは自らの魔力を飛雷針ひらいしんに集中させた。飛雷針はわたくしのエーテルを吸い取り、小さな稲妻を幾つも迸らせる。


 わたくしの行き着いた答えは、きっと無謀だろう。操縦槽ここから外の帯電布を充電チャージするなんて、マスターが作ってくれたアルタードでなければ絶対に出来ない荒技だ。


 覚悟を決めて、全身からエーテルを放出させる。


「あぁぁああああああ!!!」


 全身が痺れて焼き付き、張り裂けそうに痛み、気がつけば喉が破れるほどの悲鳴を上げていた。飛雷針が機兵のパーツを充電するために設計されていないことを考えれば、何が起きても不思議ではない。魔導器は暴走し、媒介となっているわたくしの身体は雷に焼かれる。だけど、勝つためならばどんなことにも耐えられる。


 握りしめた飛雷針が限界を迎え、左手の中で砕け散った。でも、これで準備は調った。


 アルタードはまだ押し負けてはいない。セレーム・サリフと拮抗状態を維持し続けている。


 これは、謂わばわたくしとエステア様の意地の張り合いだ。


『帯電布、充電率200%——ブラズマ・バーニア、充電完了レディ


 祝福の言葉のように、アルタードからシステム音声が降ってくる。その音声はただの機械音声ではない。わたくしが敬愛して止まないマスターの愛すべき声だ。


 ――マスターは信じてくれていた。


「参ります、マスター!」


 わたくしは一人ではない。だから、まだ戦える。


雷鳴瞬動ブリッツレイド!」


 再起動したプラズマ・バーニアが激しく放電を始める。再起動の一瞬でエステア様に押し返された分はもう撥ね付けた。


「ホム選手!! ここに来て更に加速してきたぁああああああああっ!!!」


 司会のジョニーが驚愕の叫びを上げている。その声につられるように、観客席から激しい声援が起こっている。


 脚部の雷が威力を増し、アルタードを更に前に押し出そうとしてくれている。


「はああああああああっ!!」


 強力な圧に耐えかねたエステア様が、遂に刀の峰を支える形でセレーム・サリフの両腕を突き出す。


「私は負けない……! カナルフォードの生徒会長は最強でなくてはいけない。この学校を変える為に私は必ず勝ちます!!」


 エステア様が持てる全ての力を出すように風の力を集結させる。暴風が大闘技場コロッセオに吹き荒れ、泥の飛沫を上げて巻き込みながら、アルタードに襲いかかる。


 再び力関係が拮抗し始めるが、わたくしも最後の力を振り絞った。


「わたくしも負けません!!」


 全身が悲鳴を上げてくすぶっている。皮膚が焼けた嫌な臭いがする。


 でも、そんなことは気にならないくらい身体が熱い。負けてたまるかと魂が叫んでいる。


 けれど、けれどエステア様は岩のように動かない。暴風がアルタードを切り刻み、押し返し始めているのがわかる。


 ――なにか、なにかあとひとつ。あともう少しだけ。


 祈るような気持ちで操縦桿に力を込めたその瞬間、大きく身体が揺れる感覚と同時に、世界が暗闇に包まれた。


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