第209話 武侠宴舞前夜

 武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯への出場権を獲得してからの一週間は、あっという間に過ぎた。


 参加申請書類は無事に受理され、僕たちのチームは『リインフォース』として正式に武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯にエントリーされた。


 工学科の自由課題『武侠宴舞ゼルステラにおける機兵の効果的な運用と開発』のレポートを提出し、午後の授業時間を自由に過ごせることになった僕は、アルフェの魔法の先生になってくれたメルアへのお礼をかねて、魔導具の錬成に勤しんだ。


 追試実験で錬成したブラッドグレイルで満足したとは言いながら、次から次へとアレンジしたい魔導具の名前が飛び出してくるあたりが、さすがはメルアだ。


 僕も大会前にリラックスしたかったこともあり、これらの魔導具の錬成は気分を落ち着かせるのにかなり役立ってくれた。


「……それにしても、いよいよ明日かぁ~。トーナメントも当日発表だなんて、なんだか落ち着かないよねぇ~」


 メルアが人差し指に嵌めたきらめく星空の指輪を親指でくるくると回しながら、頬杖をついて呟いている。


「まあ、当日発表にすれば組み合わせに文句のつけようもないだろうしね」


 懸念しているのは、ヴァナベルたちのチーム――『ベルと愉快な仲間たち』と初戦で当たらないかという点だ。ちなみにチーム名はヌメリンの命名で、ファラが面白がって賛成したために多数決で決まったらしい。ヴァナベルはかなり恥ずかしがっていたが、満更でもなさそうな笑顔から、ヌメリンとファラとの友情が垣間見えて微笑ましかった。


「あー、その手もあるよねぇ。まあ、理事長も来るし、来賓だって観客だって入れるわけだし、いくら教頭がトーナメント編成に口だし出来るからってそこまで露骨な真似しないでしょ」

 理事長というのは、この学園の理事長ハインライヒ・フェリックス伯爵のことだ。普段は帝都ニブルヘイムにいるが、武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯に合わせて数日間こちらに滞在するようだ。


「それにしても、入学式にはいなかったように思うけど、どうしてまた?」

「そりゃ、オトナのじじょーってヤツでしょ! 武侠宴舞ゼルステラって貴族の嗜み~みたいに人気の賭け事でもあるしさ、生徒の実力も見た目にすっごくわかりやすいじゃん。そこで学園の運営資金とかさ、寄付とかさ、ぱーっと集めたりするんだよ。よくわかんないけど!」


 なるほど、メルアの話も一理あるな。校長が教頭先生に意見出来ない現状はともかくとして、理事長が来るならば学園の状況を改善できる一助になるだろう。


 エステアも今回の武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯でそれを狙っているのかもしれないな。


 帝国全体が差別主義というわけではないのは、生まれ故郷のトーチ・タウンでの経験で知っているので、イグニスの目に余る言動についても看過されないことを祈るばかりだ。


「ところでさ、ししょー。最近アルフェちゃんとどーお?」

「アルフェなら、大会に向けて特訓を続けてるよ」

「あの子、真面目だもんね~。じゃなくてぇ~っ」


 僕の返答に相槌を打ってから、メルアががっくりと机に突っ伏した。


「なにか変なこと、言ったかな?」

「うちは、アルフェちゃん『と』って聞いたんだよぉ~。ししょーと、上手くやってるのかなーってさ」


 どうやら微妙にずれたことを言ってしまったらしい。メルアが丁寧にというか直接的に聞いてきたので、思わず噴き出してしまった。


「上手くもなにも、アルフェとは生まれた頃からずっと仲良くしているよ。今日も部屋に泊まりに来るしね」

「へっ!? 明日大会なのに!?」


 僕の応えを聞いて、メルアは机にだらしなく投げ出していた上半身を起こし、前のめりに訊ねた。


「そうだよ。夜寝るときだけだけど、最近二人きりで過ごす時間も話す時間も少なかったからね。コミュニケーションをしっかり取れるようにって、ホムが気遣ってくれたんだ」

「へぇ~。ホムってあんな淡々飄々としてるのに、意外と優しいんだね」


 あまりホムと接点のないメルアが興味深げに相槌を打つ。


「そうだよ。錬成過程で僕が感情抑制をかけてしまったからわかりにくいけど、とても優しい子なんだ」

「あー、ホムンクルスってそうやって錬成しがちだよね~。うちも多分錬成するときはやりそう」


 同意を示すメルアの浄眼が金色に輝いている。錬金術の話題になると、メルアの目は一際輝きを増すのでわかりやすい。


「メルアもホムンクルスを錬成するの?」

「そのつもりだったんだけどさ、ホムを見たら、理想が爆上がりしちゃってー。やるとしてもとーぶん先だね。きっと師匠の域に行けないと満足出来ないもん」


 才能溢れるメルアだけれど、僕の域に達するのはかなりかかりそうだな。僕は前世で真理に触れているけれど、正直あまりおすすめ出来ない気もする。そもそもあの『管理者』とメルアが渡り合えるかというと難しそうだ。


「まあ、在学中なら手伝えないこともないよ。メルア次第だけどね」


 師匠と呼ぶことを許容しているからには、出来ることはしてあげたいところだ。


「えっ!? あぁ~~っ、その手があったかぁ~!!!」


 メルアは僕の手が借りられることを本気で忘れていたかのように額を叩くと、悶えるように机の上でごろごろと上体を動かした。


「ん~~、でもさ、でもさ! ホムンクルスって100パーセント自分の好みに出来ちゃうわけじゃん!?」

「そうだね」

「喋って動くわけじゃん!?」

「そうだよ。ちゃんと思考もするし独立した個体にすることも出来るね」


 事実僕はホムをそういうふうに錬成したわけだし。


「ってことは、ってことはだよ~。うちの趣味全振りみたいなコが出来ちゃうわけじゃん、ししょーみたいに!!」

「え……?」


 なんだか急に話が読めなくなってきたな。


「あれっ? 違うの? めっちゃ拘ってるから、ホムみたいな子が好みなんだって思ってたんだけど……ほら、アルフェちゃんとは違うタイプだし……ぃ?」

「……もしかしてメルアは、僕がカスタマイズしたホムがアルフェに似ていないことを気にしてくれているのかな?」

「んー、まあ……心配っていうか……」


 僕の聞き方が微妙なのか、メルアが落ち着きなく身体を左右に動かしている。


「心配しなくても、アルフェとホムのことは容姿に関係なく大好きだよ。二人は僕にとってかけがえのない存在だからね」


 ホムンクルスの錬成に拘ったのは事実だが、それは僕がそばに置いておきたいと積極的に思える造形を重視しただけだ。今となっては、その造形に感情が宿り、表情となって現れたホムのことを大切な家族として認識しているけれど、見た目が変わっても別に僕の感情は変わらないと思う。


「はぁ~。そういうのさらっと言っちゃうししょー、やっぱ男前だわ……」


 メルアはどういうわけか、少し頬を赤らめて溜息を吐いた。



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