第203話 禁忌の科学技術

 案内されたプロフェッサーの研究室は、大学部の格納庫の近くにある別棟の地下に設けられていた。


 壁面に対してドアが二つぐらいしかないので、随分広い部屋だと想像できたのだが、扉を開いた先の光景を見て、愕然としてしまった。


「さて、少々散らかっていますが、どうぞ」


 広いはずの部屋には、見慣れない魔導器や機械部品などが幾つも山のように積まれている。その中をやっと人がひとり通れるだけの通路がアリの巣のように張り巡らされていて、プロフェッサーはそこを通り、書類の束を脇にどかして、そこに埋まっていたソファを僕に勧めた。


「いえ、お構いなく……」


 ここに座ったら、魔導器や機械部品、それに書類の束に埋もれてしまいそうだ。僕の背丈ほどもあるそれらの山を見渡すと、かなり古い年代のものが、まとまって置かれていることに気がついた。


 一見雑多なようでいて、実はかなり分類されているようだ。これは、もしかすると、何か見られたくない研究を隠すために敢えてこうしているのかもしれないな。前世の僕グラスは几帳面な性格だったから、隠し部屋なんていうわかりやすいものを作ってしまったけれど。


「ええと、では本題から入りましょうか。今回の最後の問題というのは、ホムの雷鳴瞬動ブリッツレイドの動きに耐えうる、あるいは類似の動きを実現出来る噴射式推進装置バーニアの実装ですね?」

「そうなんです」


 設計図をアイザックとロメオに託してあるので、それを見抜かれたところであまり驚きはしなかった。だが、僕の答えを聞いてプロフェッサーが手渡した書類の束に、僕は顔色を変えてしまった。


「プラズマ推進装置……?」


 手渡された書類の束――そこに連ねられている論文は、錬金術のものでも魔導工学のものでもない。この世界では禁忌とされている失われた科学技術に関するものだ。


「どうしてこれを……」


 女神のことを思い出し、嫌な汗が背を伝う。


「心配しなくても、これを所持している私が無事なのです。そう構えないで」


 僕の前世の最期を知るはずのないプロフェッサーが、小首を傾げて僕に落ち着くよう促した。


「話を戻しましょう。ホムが使う雷鳴瞬動ブリッツレイドという技。あれはリニア・レールガンの理論を応用したものでしょう。カナド地方のどこかには、そのレールガンの砲台の遺跡が今も残るとか」


 それは確かにそうだ。老師タオ・ランの故郷には、今もその巨大な砲台が残るらしい。


 ホムのあの技は、老師タオ・ランから伝授されたレールガンという巨大な砲台の仕組みを真似したものだ。用いるのはホム自身の身体と魔法だが、同じことは、レールガンという武器で代用出来るのだ。


「聞いたことがあります……」


 プロフェッサーが、僕からなんの話を引き出そうとしているのかはわからない。だが、新人類は科学を嫌い、多くの犠牲を払いながら科学を手放したという、老師の言葉が脳裏に蘇ってきた。


「このプラズマ推進装置は科学によるものですが、ここにある理論は、噴射式推進装置バーニア雷鳴瞬動ブリッツレイドを組み合わせた新たな推進装置の発明の一助となるとは思いませんか?」

「……そう……ですね」


 魔導器は新人類による発明だ。だが、それと同じものは、旧人類が作った発明の中に既にある。老師の言葉を借りれば、今の新人類は、それを別の方法で再現しているに過ぎない。


「そんなに警戒しないでください。私にはなんとなく常日頃からあなたに関して感じていることがあったんです。もしかすると、『科学の片鱗に触れているのではないか?』とね。今の話で、それは確信に変わりました」

「……それはどういう……?」


 プロフェッサーの話が読めずに、冷たい汗を感じながら問い返した。


「ですので、これからのあなたの機兵製造の発展のため、私も自分の秘密を打ち明けておきましょう。私の本当の名はクリストファー・ペールノエル。アルカディア帝国軍・公安第三特務部隊に所属しているエージェントです」

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