第199話 スキンシップのかたち
「ご、ごめん、ワタシ! ワタシ、そんなつもりじゃ……」
どういうことかわからないけれど、アルフェはなにか酷い勘違いをしている。とにかく引き止めなければ。
「待って、アルフェ!」
ベッドから降り、今にも逃げ出しそうなアルフェの手を絡め取ると、アルフェは泣き出しそうな目で僕とホムを見比べた。
「……だって、あの……」
アルフェの視線に気まずさを感じたのか、ホムが衣服を整え始めている。
「違うよ、ファラがくれた軟膏を塗っていただけなんだ。亜人族に伝わるというだけあって、唾液と混ぜないといけなくてね」
そう言いながらベッドの端に置いておいた説明書をアルフェに見せると、アルフェは目をまん丸に見開いて、僕とホムをもう一度見比べた。
「ほんとだ……。ワタシ、早とちりしちゃった……」
真っ赤な顔になったアルフェが、それを手のひらで覆っている。
「ごめん、リーフ……」
気が抜けたようにそう呟いたアルフェは、もたれかかるように僕の頭に額をつけた。微かに触れる吐息が熱いのは、アルフェの顔が赤いのと多分同じ理由だろう。
「……ところで、なにか用事があったんだよね、アルフェ?」
ここは、アルフェのためにも気づかないふりをしてあげるのが良いだろうなと思い、話題を切り替える。僕の問いかけに、アルフェはハッと顔を上げて僕の目を見つめた。
「うん、そうなの。難しいお願いだってわかってるんだけど、メルア先輩に勝つために欲しいものがあって……」
「アルフェのお願いなら、なんでも聞くよ」
僕の負担を考慮してくれているのがわかったので、遠慮はいらないと笑みを浮かべて見せる。僕は僕の武器で、アルフェやホムの役に立てることが何より嬉しいのだから。
「あのね、大会で乗る予定の機体に、エーテルが見えなくなるローブを着せて欲しいの」
「エーテル遮断カーテンを使えば、物自体は簡単に作れるね。大した手間じゃないよ」
アルフェが切り出すのを戸惑った割には、簡単なお願いだった。しかも、理由もかなり明白だ。
「もしかしなくても、メルアの浄眼を警戒してのことかな?」
「うん」
僕の問いかけにアルフェは真剣な眼差しで頷いた。
「
「いいところに気がついたね」
「それとね、もうひとついい?」
僕にとって負担が少ないお願いだと伝わったのか、アルフェの表情に笑顔が戻って来た。
「なんだい?」
微笑んで訊ねると、アルフェはもじもじと指先を合わせながら足許に視線を落とした。
「その……リーフは……ワタシのお願いなら、なんでも聞いてくれるの?」
「もちろんだよ。言ってごらん」
他ならぬアルフェの願いごとなら、なんでも叶えてあげたいと思っている。アルフェは、家族以外で僕に『好き』という感情を寄せてくれた特別な存在なのだから。
「……じゃあね、ワタシもね……、今日は少し疲れちゃったから……。ファラちゃんのね、その軟膏……試してみたいなって」
ああ、なんだそんなことか。ホムの方をちらりと見ると、僕が引き受けるのを見越していたようにベッドを空けてくれていた。
「いいよ。どこに塗ればいい?」
「じゃあ、首に」
アルフェが髪を避けて、うなじを見せる。普段は髪に隠れている細くて白いうなじが露わになった。
「そのままじゃ届かないから、ベッドに座ってくれるかな?」
「うん。ぎゅってしながら、してくれる?」
「もちろん」
アルフェをベッドに座らせて、舌先に軟膏をのせる。そのままだと喋ることが出来ないので、アルフェの身体を抱き締めて、背後から覗き込むように目を合わせた。
「ありがとう、リーフ」
アルフェが首を傾け、僕を促す。僕はその白い項に口許を近づけ、唾液と混ぜた軟膏をそっと這わせた。
「……ぅ、ぅん……」
アルフェの身体がぴくりと反応し、すぐに気持ち良さそうな声が漏れ始める。
「気持ち良いかい?」
「うん、とっても♡」
息継ぎの合間に問いかけると、アルフェはくすぐったそうに微笑みながら頷いた。
「じゃあ、続けるよ」
アルフェの上気した肌の上で、軟膏が滑らかにとろけていく。それを丁寧に舌で塗り広げると、アルフェからうっとりとした声が零れた。
「……あっ……あぁ……リーフ……ぅ……」
とろりと蕩ける甘い軟膏は、アルフェの肌の上に広がり、白く滑らかな肌が薄桃色に上気していく。軟膏の薬効との相性が良いのか、アルフェにはホムよりもかなり強く効いているようだ。
抱き締めた腕から、アルフェの少し速い鼓動が伝わってくる。僕にもほんの少し軟膏『アルナ』の効果が出てきたのか、身体がぽかぽかと温まり、穏やかな気持ちになれた。
ホムも『アルナ』の効果で疲れが取れたのか、いつの間にかすやすやと寝息を立てている。
「ファラには良いものを分けてもらったね。お礼を言わないと」
「部屋に帰ったら伝えておくね」
アルフェがうっとりと目を閉じながら応じ、胴に回した僕の手をそっと撫でる。
「うん、頼むよ」
軟膏を塗るという単純な作業だけれど、亜人族はこうしてスキンシップをとるのだろうな。不思議なもので、肌を触れ合わせているとアルフェが心からリラックスしているのが伝わってくるようで僕まで嬉しくなる。
アルフェは時折くすぐったそうな声を上げるけれど、それもまた幼い頃のアルフェの声にそっくりで嬉しくて、僕は熱心に軟膏を塗る作業に没頭していった。
アルフェの左右の首に丹念に軟膏を塗り広げ終わる頃には、首だけでなくアルフェの全身が薄桃色に上気したような明るい肌色になっていた。
「かなり楽になったみたいだね」
「うん」
手櫛で髪を整えながら頷くアルフェは、幸せそうに目を細めている。
「ありがとう。リーフ、大好き……」
柔らかく優しく抱き締められて、僕もその頬に頬を寄せて囁いた。
「僕もだよ、アルフェ」
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