第184話 昼休みのメルア

 アルフェの話によると、メルアは昼休みをアトリエで過ごすことが多いらしい。午後の授業時間を丸々錬金術に宛てているならば、それも頷ける。


 そうなると、エステアとの夕方のティータイムというのは、彼女たちなりの交流の時間なのだろうな。ルームメイトではあるけれど、エステアはどうにも多忙なようだし、メルアも錬金術の研究でかなり頭を使うから、甘い物が欲しくなるのかもしれない。


「……メルア先輩、失礼します」


 アルフェが少し緊張した面持ちでアトリエの扉をノックする。


「はいはーい! 今、手が離せないから、勝手に入っちゃって~」


 中からすぐにメルアの声が返ってきた。アルフェの緊張を解そうとしているかのような、明るい調子に僕たちは顔を見合わせて頷いた。


「ありがとうございます。あの、ワタシ――」

「えっ!? 待って、ししょー!?」


 アルフェが言い終わる前に、驚いたように顔を上げたメルアが僕を指差す。


「なんでアルフェちゃんと一緒なの!?」

「……頼るつもりはなかったんだけど、折り入ってお願いがあるんだ」


 アルフェの邪魔をするつもりはないし、メルアも忙しそうなので早速用件を切り出した。


「ししょーの頼みなら何でも聞くよ! で、なに!?」


 手を離せないと言っていたはずだが、メルアが僕たちに駆け寄り、前のめりに訊ねてくる。


「実は、ブラッドグレイルを作りたくて、魔石を分けてもらいたいんだ」

「へっ!?」


 僕が切り出したブラッドグレイルという単語に、メルアが目を丸くした。


「ブラッドグレイルって、冠位グランデ錬金術師のアルビオン・パラケルススが発明した合成魔石だよね!? エーテルを増幅するっちゅー……あっ! もしかして、アルフェちゃんの機兵のエーテル増幅器にする感じ!?」


 さすがはメルア、頭の回転が速いな。話も早くて助かる。


「そうなんだ。機兵用に魔導杖を作ろうと思って。その方が、メルアの教えも活かせるだろうしね」

「ひゃー! めっちゃ羨ましいんですけどー!!! うちも、それ欲しい~!」

「それは……」


 材料を提供してもらう以上、メルアにもなにか見返りを用意すべきなのだろうか。逡巡する僕の顔の前でひらひらと手を振り、メルアはにこやかに笑った。


「わかってるって、ししょー! アルフェちゃんを勝たせるためだもんね。うちは涙を呑んで我慢するっ!」


 敵に塩を送ることになるけれど、そこはあまり気にならないらしい。裏返せば、それだけ僕たちとメルアの間には実力の差があるということだ。機体の性能もさることながら、エステアとメルア本人の実力――昨年の優勝チームの二人であることが、それを裏付けている。


「……けどさ、諸々終わったらうちにも使わせて?」

「そのときに、壊れてなければね」


 それでメルアが加減するわけではないのはわかっている。それでもメルアは、両手をあげて無邪気に喜んでくれた。


「やったー! じゃあっ、うちの持ってるとっておきの上等なやつをししょーに譲ったげる!」

「ありがとう、メルア」

「そんじゃ、ぱぱぱーっと選んじゃいましょっか。アルフェちゃんも、多層術式マルチ・ヴィジョンの練習の成果を見せたいよね?」

「はい!」


 なんだかんだ言いながら、メルアがちゃんとアルフェのことを気に掛けてくれているのがわかったのは、一緒に来た一番の収穫かもしれない。


 二番目の収穫である五属性の魔石をメルアが木箱にまとめ、運搬しやすいように浮遊魔法をかけてくれた。


「じゃあ、次はアルフェちゃんだね。メルア先生の課題は攻略出来たかな~?」

「自分なりの課題もあるので、まずは見てほしいんです」

「もち♪」


 魔石をまとめてくれたメルアが、今度はアルフェのために多層術式マルチ・ヴィジョンの練習の場を用意しはじめる。


「それじゃあ、僕はここで。助かったよ、メルア」

「ししょーのお願いだったら、いつでも~! うちのこと頼ってくれて嬉しかったよ」


 メルアとアルフェが手を振ってアトリエから僕を送り出してくれる。


 それにしても、アルフェの真剣さや頑張りが伝わってきて、身の引き締まる思いだ。アルフェの努力に応えるためにも、全力でアルフェにぴったりの機体を造り上げなければならないな。


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