第181話 第五世代機兵

「さて、大学部の工房の使用許可は取ってあります。搬入も済んでいますので、今から作業を始められますよ」


 プロフェッサーがそう言いながら、作業に使う箇所を示してくれる。


「あの飛雷針といい、このアーケシウスといい、君の独創性と着眼点には驚かされます。どのような機兵が完成するのか楽しみです」


 僕たちの作業には、格納庫の片隅にある大学部の機兵工房が割り当てられていた。見た目は少々雑多で、工房と言いながらも研究所のような雰囲気だ。ロメオによると、機兵メーカーであるヘパイストスが出資しているだけあって、起動試験用のエーテルタンクも潤沢に揃っており、設備としては一級品らしい。


 機兵ハンガーと呼ばれる専用の固定器具で固定された製造中の機兵が幾つも並びんでいる。


「……驚いた。昨日のレギオンとレムレスじゃないか」

「待っている間に搬入したでござる」


 つまりレギオンとレムレスが固定されているこの区画が、僕たちに割り当てられた作業場ということなのだろう。重作業用のクレーンや、作業用の従機なども自由に使えるようだ。


「それで、なにから始めたらいい?」


 待ちきれないと言った様子で、ロメオが訊ねて来る。


「まずはレギオンの解体作業からだね。改造するには、まずは外装を外さないと」

「装甲のボルトを外して、クレーンで一枚ずつパーツを剥がして行くのが手っ取り早そうでござるな」


 僕の発言にアイザックが素早く提案してくれる。ロメオも同意を示し、作業用のクレーンを視線で示した。


「クレーンの作業なら僕がやるよ。実家が魔導器工場だから、こういう作業は慣れてるし」

「さすがロメオ殿、見事なアシストでござる」

「まだなにもしてないだろ、アイザック」


 親指を立てて八重歯を見せるアイザックに、ロメオが照れくさそうに笑う。


「頼むよ、ロメオ」


 ロメオが頷き、早速クレーンを操作して外装を外し始める。僕とアイザック、プロフェッサーは少し離れた場所でそれを見守りながら、次の作業手順を考えることにした。


「しかし、装甲を外してしまうとは……」

「内部構造を変えたいんだ。ホムがより操作しやすいようにね」

「なるほど……」


 僕の意図を汲み取ったように、腕組みしながらアイザックが頷く。


「ホム殿は格闘技を得意としていたでござるな。……となると、装甲に代わるものを用意した方が良さそうでござる」

「装甲に代わるもの? 装甲は装甲で戻すつもりでいたんだけれど……」


 内部構造を変更した後は、元通りにするつもりでいたのだが、アイザックの話から察するになにか問題がありそうだ。


「第五世代の機兵には、共通して内部骨格が存在しないという特徴があるでござる。この世代の機体はモノコック構造というものを採用していて、機体を覆う外装自体が機体を支える構造体の役割を果たしているのでござる」


 アイザックがそう言いながら、装甲を剥がしたレギオンを示す。


「大体終わったよ。これでどう?」


 丁度、ロメオの作業が終わったので、続きは機体を間近で見ながら話し合うことにした。改めて見てみると、確かに骨格にあたる部品が存在しないのが窺える。


「……つまり骨が無くて、装甲という殻だけで機体を支えているというわけだね」

「これだと、安定しないだろうね」


 外装を剥がし終えたレギオンの装甲の内側にあったのは、魔力収縮筋とそれを冷却するための動力パイプだけだ。


 しかし何故、第五世代機兵はモノコック構造などという歪な構造をしているのだろうか。それまでの機兵には骨にあたる内部骨格が存在したし、それを製造する技術もあったはずだけれど。


「どうしてこの構造にしたんだろう?」


 前世の知識を誤って出してしまわないように、言葉を選びながら訊ねる。アイザックは腕組みしたまま、レギオンの内部構造を見つめながら口を開いた。


「レギオンは帝国が聖王国と開戦するにあたって用意した機体でござる。当時の機兵は地べたを走ることしかできず、地上をホバー走行する陸上戦艦に追いつけず、ただまとになるだけの存在だったでござる」


 ああ、そう言えば、戦史の授業で習ったかもしれないな。聖華暦500年代に起きた産業革命で技術力が向上し、陸上艦の性能が飛躍的に上がったのだ。そのため、大艦巨砲主義が戦場を支配していたというような内容だったはずだ。


「そこで帝国軍は機兵に噴射推進装置バーニアを搭載することを思いついたでござる。噴射推進装置バーニアによる跳躍と高速機動で翻弄し接近することで聖王国の大艦隊をボコボコに叩き潰したのでござる」


 つまり、第五世代機兵の開発により戦場の主役は再び機兵のものとなり、聖王国も帝国の後を追う形で第五世代機兵を開発。その後、戦争は泥沼の長期戦へと突入し、七年に及ぶ長い戦乱の時代となったわけだ。


「……ただ、当時の技術では噴射推進装置バーニアを機兵に搭載するにはどうしても機体剛性をあげる必要があったのでござる。そうしないと跳躍に耐え切れず機体が空中分解してしまうでござるからな。故にモノコック構造が採用されたというわけでござる」

「……なるほどね」


 アイザックの話を聞いて合点が行った。先日のファラとの模擬戦のとき、ホムが乗ったレギオンの動きは何処かぎこちなかった。なんというか動きにキレがない、そう感じたのは、このモノコック構造が原因なのだろう。


 武術において骨と筋肉の動きは非常に重要とされている。だが、このレギオンには骨が無い・・・・。身体を支える軸の違いが機体を動かすホムには違和感となっていたのだろう。


噴射推進装置バーニアがあれば、戦闘は有利になる。でも、ホムの機体ということを考えると、出来るだけ人間と同じ動きが出来る構造に組み替える必要があるわけだ……」


 レギオンの内部構造の問題が、機兵に乗ったホムの動きを鈍くしていた。レギオンの機体構造はモノコック構造になっていて、内部に骨にあたる部品が存在しない。だから、蹴りを放つ場合でも軸足の動かし方が全く変わってくるのだ。


 この骨格の違いが格闘技を主体とするホムとは致命的に合っていない。まずはこれを解消することを優先しなければ。


「骨格を手に入れる必要があるな……」


 そう呟くと同時に、レギオンの改造が難航することが理解できた。


「……この後はどうする? まだ解体ぐらいなら手伝えるけど」

「レギオンは骨格の問題があるし、今日のところはレムレスの作業を優先しよう」


 時間がない以上、立ち止まっているつもりはない。まずは、出来ることから進めて行かなければ。


「レムレスはどう改造するつもりなんだい?」

「扱い辛い背中の可動装甲は取り外す。片側が壊れているし、これをアルフェが使うイメージは浮かばないからね。それと、魔法戦闘力を上げたいから大鎌は杖に変更する」


 レムレスの本体性能自体は申し分ない。だから、機能を絞って操縦性を上げていけばいいはずだ。


「つかぬことを聞きますが、リーフ。その杖はどうするつもりなんです?」

「もちろん、アルフェに合うように僕が錬成します」


 プロフェッサーの質問に考えていたプランを口にすると、アイザックとロメオが揃って目を丸くした。


「機兵の杖まで作っちゃうのか!?」

「リーフ殿の実力がとんでもないでござるよ~」

「まあ、元々その計画だったからね」


 錬金術に関してはメルアのこともあるし、もう下手に隠さない方がいいだろう。とはいえ、あまり突っ込まれるとボロが出るので会話の流れは変えておきたいな。


「……プロフェッサー、鎌は残しておくべきですよね?」

「そうですね。後で格納庫に戻しておきましょう。いざとなれば、杖の素体にしても構いませんよ」

「もし今考えている杖の錬成に問題が生じたら、検討します」


 プロフェッサーが先々のことを見越して、的確なアドバイスをくれる。自分では考えていなかったアイディアだが、いざというときは使わせてもらおう。


「じゃあ、レムレスの可動装甲も外しちゃうよ」


 ロメオが器用にクレーンを操作して、レムレスの背中の可動装甲を取り外してくれる。作業に慣れてきたらしく、あまり時間はかからなかったが、すっかり日が暮れてしまっていた。


「それじゃあ、次は――」

「ところで、食堂の営業終了まで一時間を切りましたけど、いいんですか?」


 やる気を見せているロメオに、プロフェッサーが苦笑しながら問いかけてくる。


「えっ!?」


 アイザックとロメオは顔を見合わせ、それからポケットに入れていた懐中時計を同時に見て悲鳴を上げた。


「一大事でござる! リーフ殿、飢え死にする前に食堂へ急ぐでござるよ~!」

「馬鹿! 片付けが先だろ!」


 こんな時でもちゃんと僕に気を遣ってくれるのが、有り難いな。片付けくらいは僕一人でも出来るし、食堂が閉まってしまったとしても商店街に寄れば夜食くらいは作れる。


「……後は僕がやっておくよ。二人ともありがとう」


 アイザックとロメオを見送ると、思ったより作業を楽しんでいた自分に気がついた。


「……リーフ」


 残っていたプロフェッサーが思い出したように声をかけてくる。


「なんでしょう、プロフェッサー」

「今年の生徒は本当に面白いですね。明日からも時々見学させてください」


 そう言って眼鏡の位置を直したプロフェッサーが、会釈して去って行く。つかみ所がない人ではあるけれど、思いの外面倒見の良い先生なのかもしれないな。

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