第179話 エステアとイグニス
機兵の選定と仮確保を終えた翌日、僕は早速『機兵製造許可証』の提出のため、生徒会室へ向かった。
この機兵製造許可証は、大学部の設備を使うため、設備使用許可も兼ねているらしい。高等部と大学部を通じて機兵をカスタマイズして製造し直すという生徒は非常に珍しいらしく、プロフェッサーが率先して許可証の事前チェックをしてくれたので、書類自体は難なく揃えることが出来た。
書類が揃ったところで、次の問題は、生徒会が素直に受理してくれるかどうかというところだろうな。メルアとエステアがいれば全く問題ないだろうけれど、イグニスがいる場合が厄介だ。最悪の場合は出直して、メルアに相談するのが良いのかもしれない。
校舎二階の中央に位置する生徒会室は、生徒の立ち入りがそれほど多くないのか、誰とも遭遇しないまま辿り着いてしまった。
「……許可する、入れ」
扉をノックすると、中からイグニスの声が返ってくる。随分と良くないタイミングに来てしまったものだ。廊下で誰とも擦れ違わなかったこととも関係があるのかもしれない。そう思いながら部屋に入ると、応接ソファで寛ぐイグニスが露骨に面倒臭そうな顔を向けた。
「……ヒトモドキの紅一点人間が、ここになんの用だ?」
ここでイグニスと話すのは、あまり賢くないやり方だ。エステアかメルアを訪ねたことにして、一旦出直した方が良いだろうな。
「実は――」
「イグニス」
言いかけた僕の言葉に、エステアの厳しい声が重なる。奥の書棚で見えなかったが、エステアも在室していたようだ。
「今の発言――あなたの考えを矯正出来るとは思ってはいませんが、この生徒会室での言動としては、許容出来るものではありません」
コツコツと靴音を立てながら、エステアがイグニスに歩み寄る。その目は鋭くイグニスを見据えていた。
「速やかに良識ある発言に訂正してください」
「……生徒会長だからって、俺に指図出来ると思うなよ」
「指図ではありません、『お願い』です」
苛立った声を上げて立ち上がるイグニスに対して、エステアは一歩も退かない。
「……毎度毎度、イイコちゃんの屁理屈に付き合うほど、俺は暇じゃない。貧乏ったらしい平民の相手は、お前に任せるぜ」
イグニスは大きく溜息を吐くと、僕を押しのけるようにして扉を開く。
「待ちなさい、イグニス。生徒会としての責務を行わないのであれば、副会長である意味など――」
「責務だ仕事だなんだっていいながら、雑務ばっかだ。俺様が生徒の代表として君臨するだけで、生徒会としては充分すぎるほどの貢献だというのに」
扉に手を掛けたまま、イグニスが唾棄するように低く呟く。
「それはあなたではなく、あなたの家柄を背景としてのことです。この学園の理念に従うならば、あなた自身の人格や振る舞いが――」
「説教をされる覚えはない。失礼するぜ」
やれやれ、横に退いて躱したつもりが、結局押されてしまったな。相変わらず嫌な相手だが、ここで生徒会室を出て行ってくれたのは有り難い。これで話がしやすくなった。
「……ごめんなさいね」
イグニスの足音が遠ざかるのを待ち、エステアが頭を下げる。
「それは癖みたいなものなのかな?」
「……癖……?」
エステアは僕に何を指摘されたのか、わかっていない様子だ。
「エステアのせいじゃないのはわかっているから、謝ることはないよ」
「……ああ、そういう意味でしたか」
改めて言い直すと、エステアは苦笑を浮かべて頷き、生徒会長のための机に寄りかかった。
「手を焼いているみたいだね」
「メルアにまたなにか聞いたのですか?」
「今ので充分すぎるくらいわかってしまったよ」
メルアは何もかも話してくれるだろうけれど、僕もそこまで鈍い訳じゃない。首を竦めて見せると、エステアは困ったように眉を下げた。
「あの調子じゃあ、貴族の生徒はどうあれ、平民の生徒からの支持を得るのは難しいだろうね」
「……ええ。だから、F組を作って差別しているのでしょう」
「それって解決になるのかな?」
昨年から始まったという亜人差別は、要するに見下しても良い層を作り、不満の矛先を向けさせるというものだ。
「少なくとも、『作られた弱者』を作ることで、一般的な生徒の目をくらますことは出来るでしょう。現に昨年はそれが成功したようです」
「成功……?」
エステアは悲しげに目を伏せた。
「……差別に耐えられなくなったF組の生徒の多くが、この学校を去ることになりました。残っている亜人の生徒も、目立たないように過ごすために、専攻を変更したりしています」
ああ、もしかして僕の専攻である工学科が他の専攻に比べてかなり平穏な雰囲気なのは、その差別から逃れてきた生徒が多いからなのかもしれないな。
「このままでは、この学園は滅茶苦茶になります。いつまでもこんな差別を許容するわけにはいきません」
「……だろうね。僕たちF組の代表が、善戦して実力を多くの人に認められると良いのだけれど」
ヴァナベルたちはそれをかなり強く意識している。僕も、アルフェやホムが謂われのない差別に傷つかないように戦う覚悟を決めた。
「期待しています。生徒会長として、負けるつもりはありませんが」
「その方がいいよ」
エステアの複雑な胸中を察して、僕は笑って見せた。エステアも僕の気遣いを察して、微笑んだ。
「……ところでその書類、機兵製造許可証ですね?」
「うん。
「メルアも話していましたが、非常に賢明な判断です」
エステアはそう言うと座席側に回り、引き出しから承認印を取り出した。
「今この時から、私の権限において承認致しましょう」
「もう? いいの?」
手続きで他にもなにか必要だと思っていたので、エステアの判断で認められたことには驚いた。
「あなたのことですから、もうプロフェッサーに根回しは済んでいるのでしょう? この許可証を私が持って行く先がプロフェッサーなのです」
「……どおりで話が早いわけだね」
「その方がいいでしょう?」
先ほどの僕の返しを真似てエステアが微笑む。メルアに僕の話を色々と聞いたのか、随分話しやすい雰囲気になったな。普段のエステアは険しい表情をしていることが多けれど、こうして笑っている方が彼女らしさが感じられるような気がした。
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