第169話 特級錬金術師メルア・ガーネル

 放課後のメルアの居場所は、学園の研究棟か商店街のカフェだというので、まずは職員室から程近い研究棟へ向かうことにした。


 特級錬金術師であるメルアは、将来を嘱望されている錬金術師であり魔導士であることから、特別待遇を受けているらしい。両目が浄眼であり、魔法戦闘力も優れているメルアは、マチルダ先生の選択授業の代わりに、宛がわれたアトリエで錬金術の研究に打ち込んでいる時間が増えてきているそうだ。


「メルアさん、アルフェはまだ選択授業で見たことないんだけど、あっという間に課題をクリアしちゃうんだって」


 アルフェが魔法科で聞いた話を僕に伝えてくれる。リリルルとアルフェの組み合わせよりも早く、それもたった一人でアイアンゴーレムを倒せるのだとすると、メルアの魔法戦闘力は相当なものだろう。かといって、メルアに合わせては、他の生徒がアイアンゴーレムを倒せないということになりかねない。だから選択授業の魔法学の授業がほぼ免除されているのだと思うと、合点が行った。


 メルアがアトリエにしている部屋は、研究棟の西側に位置していた。


 扉は開いたままで、中の様子が良く見える。沈みかけた夕陽の光に橙色に染まった部屋で、メルアはひとり、錬金術の研究に勤しんでいるようだ。


「……失礼します、メルアさん」


 扉を軽く叩いたアルフェが、緊張した面持ちで中のメルアに声を掛ける。


「あっ、ホムンクルスのマスターじゃん」


 作業台でなにか作業をしていたメルアは、アルフェではなく僕の方に反応した。


「うちになにか用ー? この前のお礼ならエステアにたーっぷりもらったからいらないよ」

「そうではなくて、折り入ってお願いがあるんです。ここにいるアルフェの魔法の先生になってほしいんです」

「忙しいから無理~」


 メルアの応えは素っ気なかった。アルフェには興味がないようで、ふいと視線を逸らして、また作業に戻ってしまう。


「なにがそんなに忙しいんです?」


 問いかけながら作業台に近づくと、メルアは作業台の隅に置いていた腕輪を指で示した。


「この腕輪……」


 信じられないことに、僕がグラスだった頃に作った、『優しき一角獣の腕輪』に瓜二つの腕輪がメルアの元にある。


 なぜこれが、ここにあるのだろう。


「もしかして初めて見る? これって、人魔大戦期に作られたアーティファクトの一つなんだよね」


 もちろん知っている。トネリコの樹液にユニコーンの角を粉末状にして溶かした物をベースにした腕輪に、研磨した魔石をカラータイルのように貼り合わせて一角獣の姿を描くのだ。


 前世の僕グラスが作った初期の作品で、この腕輪を身につけると、自然治癒力、免疫力が大幅に向上する。これを身に着ければ、怪我だけでなく、毒の排出や病気からの回復も早くなるのだ。唯一の欠点は、黒石病についてはなんの効果も発揮出来なかったというところだが。


「あ、でもこれはうちの再現実験の作品ね。本物よりいいやつが作れないかなって思って、まずは再現を試みてるっちゅーわけ」


 忙しいといいながらも、錬金術の話になるとメルアは饒舌だ。


「けど、当時の文献は全然残ってないし、誰が作ったかもよくわかんないんだよね。だから、マチルダ先生から本物を借りて解析してみたんだけど、どれだけ精巧に似せて作っても腕輪が持つ浄化の力が発動しなくてさぁ……」


 メルアはそこで大袈裟に溜息を吐くと、今度は本物の優しき一角獣の腕輪を僕の目の前で左右に振って見せた。


「……あーあ、これが完成できたら、うちもちょっとは暇が出来るんだけどなぁ」


 メルアの口角が少し上がっている。つまり、アルフェの魔法の先生になるという条件を明言しないまでもちらつかせているのだ。それも多分、僕には出来ないと思い込んでいる。


 ――それを作ったのは、前世の僕グラスだというのに。


「……手伝います。まず、解析された材料から聞いても?」

「腕輪の材料はトネリコの樹液と魔石でしょ? それは分かってるんだよ。魔石の配置なのか、簡易術式なのかなってところかと――」

「一角獣の名は、見た目だけじゃない。トネリコの樹液にユニコーンの粉末を溶かさないと『優しき一角獣の腕輪』のベースにはならないよ。ほら、色が違う」


 僕はメルアにそう指摘して、本物とメルアの作った腕輪を並べて内側のベースの色を見比べてもらった。


「ホントだ! 色が違うじゃん! じゃあ、ユニコーンの粉末を追加すればいいってこと?」

「いや、それだけだと駄目だ。簡易術式にも不安があるって言ってただろう? 腕輪の裏側のルーン文字は上手く掘れているけど、魔墨を流し込んで術式を作っている」

「それがフツーでしょ」


 僕の指摘に、メルアは首を傾げている。


「材料を変えて、ユニコーンの角の粉末を追加する。すると、ユニコーンの角を材料にした触媒が出来上がることになるんだ。つまり、その触媒に正しくエーテルを流そうとするならば、ユニコーンの血で術式を描かないといけないんだ」

「……確かに、オリジナルの簡易術式の溝って、赤紫にくすんでる……」


 僕の指摘にメルアは素直に応じ、拡大視の魔法を使って本物の腕輪の簡易術式を熱心に観察した。


「ねえ、どうして見ただけで全部分かっちゃうの? キミは一体何者なの?」


 一通り観察を終えたメルアが、僕の肩を勢い良く掴んで前後に揺さぶる。驚きと好奇心でメルアの両目の浄眼が金色に輝いている。


 さすがに自分が作ったとは言えないのは分かっているので、僕は適当に昔解析をしたことがある、と濁すことにした。


「……ホムンクルスを錬成したって話を聞いたときから、只者じゃないって思ってたんだよね。キミは、何級錬金術なの?」

「三級だけど……」

「嘘でしょ!? なんで、特級錬金術師のうちより低いの!?」


 メルアが驚きの叫びを上げ、ふと手許の腕輪に視線を落とす。


「……あ、わかった。もしかして、うちをからかってるんでしょ? 出鱈目言っても、その子の先生にはなってあげないんだからね」

「そんな姑息な真似はしないよ」


 アルフェの手前、その誤解だけはどうしても解いておかなければならない。


「じゃあ、その証拠を見せてよ。アトリエにある材料なら、なーんでも使っていいからさ」


 メルアは、それをアルフェの魔法の先生となる条件として引き合いに出さなかった。言質を取れるのではないかと、少し期待したけれど、そんなには甘くないみたいだ。


「もちろん。僕が嘘を吐いていないと証明できたら、僕たちの話を聞いてくれるね?」

「いいよ。じゃ、お手並み拝見だね♪」


 メルアは楽しげに頷くと、僕に作業台の椅子を明け渡した。


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