第164話 生徒会長エステア・シドラ
生徒会長のエステアとの決闘は、貴族寮にある練武場で行われることになった。
イグニスの取り巻きに、エステアの取り巻きが加わり、貴族寮からかなりの人数の生徒が集まってきている。決闘の噂はたちまち広がり、練武場に直接脚を運ばないにせよ、貴族寮の廊下から決闘を一目見ようと多くの生徒が詰めかけているのが見えた。
「すごい注目だね……」
成り行きでついてきてくれたアルフェが、好奇の目にさらされて少し怯えたように首を竦めている。
「にゃはっ。完全に敵側って感じだよなぁ」
ファラが苦笑を浮かべる隣でヴァナベルが珍しく無言で頷き、ヌメリンも注意深く周囲の様子を探るように首を動かしている。
「心配することはありません。イグニスに勝った以上、あなた方の権利を脅かすことはないのです。私がこれから行う決闘は、生徒会の評判を維持するため」
僕たちの呟きを聞き取ったのか、先を行くエステアが振り返る。
「ですから、安心して負けてください」
優美な笑みの中に、確固たる自信が窺える。二年生にして生徒会会長を務めるエステアの実力は本物だ。
「イグニスのような戦いをするつもりはありません。どうぞご心配なく」
ホムも負ける気はないようで、強く拳を握りしめてエステアに並んだ。
「あら、ではゆめゆめ油断せずに参らなくてわね」
エステアは微笑み、腰に提げている刀に触れる。
「私は、この魔法剣を使います。あなたも好きな武器をお好きなように使いなさい」
エステアはそう宣言すると、円形の武舞台に悠々とした足取りで上った。人垣でほとんど見えなかったが、武舞台を囲むように観覧席のようなものが設けられており、既にたくさんの生徒たちが着席してエステアとホムの動向を見守っている。
当たり前だが一般寮の生徒の姿はなく、僕たちは好奇の視線にさらされた。
「はぁ、ここでも亜人差別か……」
ヴァナベルが舌打ちしながら、武舞台から少し離れた場所に腰を下ろす。
「オレはここに陣取らせてもらうぜ」
「ベル~。そんなとこに座ってたら危ないよぉ~」
「元はと言えば、オレのせいだぜ。遠巻きに応援するみたいな変な真似できるかよ」
まあ、ヴァナベルの気持ちはわからなくもないが、武舞台からは距離を取った方が、ホムもやりやすいだろうな。
「「我々F同盟は運命共同体というわけだな」」
なぜだか一緒についてきていたリリルルが妙に感じ入った様子で頷くと、ヴァナベルの後ろに立って揃って腕を組んだ。
「「リリルルもここで戦いの行く末を見守ろう」」
そう言いながら、リリルルが風魔法でカーテンのような防御結界を展開する。
「じゃあ、僕たちも便乗させてもらおうか。ホム、自分が思うように戦っておいで」
「行って参ります、マスター」
僕に送り出されたホムは緊張した面持ちで武舞台の上に跳躍した。それだけ目の前のエステアの能力が卓越したものであると、その佇まいから感じ取っているのかもしれないな。
「リリルルちゃんは、どうしてついてきたの?」
アルフェが僕の手を握りながら、リリルルにそっと話しかける。リリルルは揃ってエステアを指差し、淡々と述べた。
「「同じ風魔法の使い手を、間近で見極めるいい機会だ」」
リリルルの言葉にエステアがぴくりと反応し、こちらの方に視線を寄越す。
「ダークエルフのお嬢さんたちには、どうやらお見通しのようね」
エステアが刀を抜き放つ。その瞬間、冷たい刃のような風が吹き抜け、新緑色に輝く風の刃が刀身に宿った。
「カナド流刀剣術、
ホムが険しい表情で頷き、首から提げていた
「参ります!」
ホムは初手からエステアとの距離を一息に詰め、その懐に飛び込んだ。
「果敢ね!」
エステアはホムの打撃を躱し、宙に身体を躍らせると素早く背後に回った。
「ホム!」
背中をとられたホムは咄嗟に体勢を低くする。エステアの一太刀が逃げ遅れたホムの髪を薙ぎ、白髪が宙に散る。
「壱ノ太刀『
エステアの叫びは詠唱となり、素早く引かれた刀に旋風のような刃が重なる。エステアが踏み出すその一呼吸の間に突風が吹き抜けたかと思うと、ホムの正面を十字の風が引き裂いた。
「
ホムは拳を固めていた籠手を肥大させ、胸から上をガードするが、エステアの攻撃はそれを一撃で貫き、二撃目がホムを捉えた。
「はぁああっ!」
ホムが
「おやすみにはまだ早いわ」
「……っ!」
距離を詰めるエステアに反応したホムが、すぐに
「私を下がらせるなんて、なかなかやるのね」
体勢を立て直したホムを、エステアが楽しげに見つめている。次の瞬間、激しい攻守の戦いを固唾を呑んで見守っていた生徒たちの歓声が、湧き起こった。
「エステア! エステア!」
「エステア! エステア!」
生徒会長であるエステアの名を叫ぶ生徒たちの声は、次第に熱を帯びて行く。
ホムを応援する声はひとつもない。僕たちが声を張り上げたところで、掻き消されてしまうほどの大声援が嵐のように激しくなる。だが、武舞台上のホムは、そんな声など届いていないかのように、エステアをただ真っ直ぐに見つめていた。
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