第135話 アルフェたちの不安


「リーフ、いる?」


 アルフェがファラと共に部屋を訪ねてきたのは、夕食の時間の少し前のことだった。


「どうしたんだい? 食堂が開くまでまだ少し時間があるけれど」

「にゃはっ、鈍いなぁ。だから来たんだよ」


 扉を開いたファラがにっと八重歯を見せて笑いながら、アルフェを部屋に押し込む。


「四人だけで話しておきたいことがあるの」


 ファラが扉を閉めるのを横目で確認しながら、アルフェがおずおずと口を開いた。


「模擬戦のことだね?」


 それ以外に思い当たらないのでこちらから切り出すと、アルフェとファラが揃って頷いた。


「ヴァナベルが作戦を立ててるんだけど、あたしの勘だとあんま上手く行かない気がしてさ」

「ファラはどういう役割なんだい?」

「それが、今日その話をしたら、好きにやれってさ」


 ああ、タヌタヌ先生の話していたヴァナベルの分析はかなり正確らしいな。自信があるように振る舞っているが、ヴァナベル自身は差別を受けて打ち拉がれている――だから、反対意見には耳を貸さないのだろう。


 落ち着いて見えるファラも、もしかしたら冷静ではないかもしれないし、ここはアルフェに説明を求めた方が良さそうだな。


「一応どういう作戦なのか、聞いてもいいかい。アルフェ?」

「あ、うん……。簡単に言うと先手必勝って感じのスタイルなんだけど――」


 アルフェによると、ヴァナベルの作戦はこうだ。


 A組が陣形を整える前に、ヴァナベルを先頭にして縦深攻撃じゅうしんこうげき――つまり、前線のみならず、後方に展開する生徒ら全員を目標として、一斉攻撃を仕掛けることでA組の防御を一気に突破し、殲滅させようとするものらしい。


 その縦深攻撃の先鋒を担うのは、ヴァナベルとヌメリン、リリルルの四名。他の生徒は彼女らに続くという単純明快な戦法だ。とにかく速さが勝負になるあたり、ヴァナベルが考えつきそうなものだし、成績上位の生徒が体力と魔法力が総じて高い傾向にあるF組の性質を考えても順当な作戦だと言える。


「……悪くないね。けど、A組がその対策をしていないとは思えないな」

「にゃはっ! リーフはさすがだな」


 熟考ののち、口を開くとファラが満足げに膝を打った。


「あたしもそう思うんだよ。なんなら、A組は貴族カーストの上位だし、その中でも下位の生徒をおとりに使うことだって有り得そうなんだしさ」

「……なるほど」


 ファラの指摘にぞわりと鳥肌が立った。リーフとしての僕が階級制度に馴染みがないとはいえ、前世の僕グラスには心当たりがあったからだ。まさか現世の模擬戦でその手段を聞くことになるとは思わなかったな。


「模擬って名前だけど実戦だし、例年結構な怪我人が出てる。それこそマチルダ先生が治してくれるけど、腕や足が千切れたって話は別に誇張でもなんでもないらしいからさ」


 毎年というわけではないが、そうした重傷者は出ているのだろう。さすがに見知ったクラスメイトにそんな大怪我を負わせることは避けたいな。


「……ねえ、リーフはどう思う? ワタシたち、どうしたらいいのかな」


 僕が険しい顔をしていたせいか、アルフェがかなり不安そうな視線を向けてくる。ここはタヌタヌ先生と話したことも交えて、僕なりの率直な分析を伝えておいた方がいいだろう。


「アルフェとファラは一歩引いて戦況を見て自由に動いた方がいい。ヴァナベルの『好きにやれ』という発言もそう悪くないよ。言い方を変えれば、自分の作戦に絶対の自信を持っているわけじゃない、だから補って欲しいってことなんだろうからね」

「リーフ……すごい、なんでわかっちゃうの?」

「犬猿の仲かと思ったら、すげー理解者じゃん!」


 アルフェとファラが目を丸くして僕の顔を覗き込んでくる。


「マスターは常に冷静であられるので」


 代わりにホムが誇らしげに答え、僕を嬉しそうに見つめてきた。三人から同時に見つめられると、なんとも気恥ずかしいものがあるな。


「ヴァナベルは、割と見たままの性格だからね。表裏なんてないだろうし、意外と正直なんだよ。だから多分、いつも不安なんだ。不安だから大声も出すし、虚勢も張る」

「なるほどなぁ……。なーんとなくわかった気がするぜ」


 ファラが感心したように頭の後ろで腕を組み、壁に寄りかかる。


「じゃあ、あたしとアルフェは気にせず直感を信じて行動すればいいってわけだ」

「そうだね。いざとなったら、僕も口を出そう。このクラス対抗戦で、F組はあくまでチームなんだからね」

「リーフ、格好いい!」


 アルフェが手を合わせて飛び跳ね、感極まった様子で僕の手を取ってくるくると踊り出す。リリルルの影響か、不思議な行動が増えてきたな。でも、悪くない。


「ワタシね、本当はね、リーフがこの模擬戦に参加できないんじゃないかって、ずっと不安で仕方がなかったの……」

「僕がアルフェを守らないはずないよ」


 アルフェの手を握り返し、僕もぎこちなくステップを踏む。


「ずっと一緒にいるって約束したからね」

「うん……」


 僕の言葉を聞いたアルフェの目に、見る間に涙が溜まっていく。こんなに嬉しそうに柔らかに笑っているのに、涙をにじませているなんて、アルフェらしいな。


「わたくしも、マスターとアルフェ様を必ずやお守りいたします」


 感傷めいた僕の背後からホムが声を上げ、僕を包み込むように踊りに加わる。


「なんだかわからないけど、面白そうだな。ここで、あたしらはリーフ同盟を結ぶとするか」

「ふふっ、そうしよっか」


 改めて四人で手を繋ぎ、狭い部屋をくるくると回って踊る。後で思い返したら、きっと何度も噴き出してしまうくらい、よくわからないおかしな儀式だけれど、僕たちの同盟というのはやっぱり悪くないな。

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