第125話 タヌタヌ先生の軍事訓練

 グラウンドには、二つの直線コースと二つの曲線コースからなる角丸長方形の走路が白線で示されている。一周は四〇〇メートルあり、十二レーンから構成されているやや大きなものだ。


「さて、今日は初回だから軽めにいくぞ。グラウンドを十周する」


 四キロほどを走る計算になるが、これぐらいならなんとかなりそうだ。とはいえ、身体能力が他の生徒と違いすぎるので、今後のことを考えると免除申請の道も探りたいな。似たような体格の小人族のロメオはどうするつもりなのだろう。意外と体力はあるのかもしれないが。


 そう思いながらロメオの方を見ると、彼もこちらを見ていたのか、目が合った。真っ赤な顔をして俯いているが、熱でもあるのだろうか。


「タヌタヌ先生、そんなの一瞬で終わっちまうぜ?」


 兎耳族のヴァナベルは、走りに自信があるらしい。


「まあ、そう焦るな」


 タヌタヌ先生がそう言ってグラウンドの入り口を視線で示す。ちょうど、ギードが一人で荷車を引いてくるのが見えた。荷車には背嚢はいのうがうずたかく積まれている。


「冗談はよすでござるよぉ~」

「必修科目だって言われてただろ」


 情けなく叫び、その場に大袈裟に崩れたアイザックをロメオが宥めている。


「にゃはっ。これはこれは」


 いつの間にか近くに来ていたファラが吹き出し、楽しげに尻尾を揺らした。


「これからの軍事訓練に慣れるため、この背嚢を背負ってもらう。各々自分の持てる範囲で重さを足してくれ。その分を成績に加点する」

「おっ、いいな! やろうぜ、ヌメ」

「おっけ~」


 負荷追加の宣告をものともせず、ヴァナベルとヌメリンがギードから意気揚々と背嚢を受け取る。背嚢は、ひとつあたり二〇キロほどあるらしく、ヴァナベルは三つ、ヌメリンは五つを軽々と背負った。


「わたくしも加点に貢献しましょう」


 ホムは六つを背負い、飛び跳ねながら身体の調子を試している。


「ホムちゃんは凄いなぁ。ワタシ、一つが限界かも」

「僕はこれ一つも持てそうにないな」


 体重とあまり変わらない荷物は、僕には持ち上げられそうにない。ロメオも同じようで、荷車のところまで来たものの、困り果てた様子だ。


「おっと。忘れてたぞ。……リーフ、ロメオ。お前たちは、こっちの小さい方だ。これでも一〇キロはあるからな」

「ありがとうございます」


 ほっとした様子で、ロメオが背嚢を受け取り、僕の分も手渡してくれる。


「昨日はすまない。わざわざフォローを入れてくれて」

「あ、う、うん……」


 受け取ったついでに昨日の礼を伝えたが、ロメオは顔を伏せて走り去ってしまった。一〇キロくらいならロメオの体格でも問題なく担げるようだな。


「「白い肌のエルフの人、リリルルは二つずつ持つことにする」」

「あたしも二つかなぁ」


 リリルルとファラがそれぞれ二つ持ち、肩に背負う。他のクラスメイトたちも、概ね二つから三つの背嚢を取った。


「自分、残りを持とうと思います」


 残っていた背嚢八つを四つずつ片手に持ち、ギードがのしのしと歩いて行く。


「おお! 今年のわしのクラスは優秀だな!」


 空になった荷車の荷台を腕組みして眺め、タヌタヌ先生が快活に笑う。

 かくして、僕たちは背嚢を背負い、あるいは持ちながらグラウンドを十周することになったのだが……。


「せ、拙者……も、もう、限界でござるよぉ~」

「なんでいつもいつもボクより先に弱音を吐くんだよ、ボクだって限界だよ!」

「…………」


 僕はなぜか、ロメオとアイザックとともに最後尾をふらふらになりながら走ることになった。負荷を軽減されたとはいえ、運動量も調整してもらわないことには、消耗が激しすぎるな。このままでは、エーテル過剰生成症候群のせいで、回復するとはいえ、精神が追いつかなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る