第117話 平民寮への入寮
遠目から緑色に見えた屋根は、どうやら銅板製のようだ。年月をかけて表面に付着した緑青が表面の酸化を防ぐ被膜を作っている。耐用年数もあり、かなり実用的な屋根だということが窺える。
一方の貴族寮だが、青い瓦で装飾された屋根は、近くで見ると金色の縁取りがなされており、白い壁面にも細かな装飾がなされている。屋根の上にある荘厳な装飾が施された小さな半円状のものは、どうやら鐘が取り付けられているらしい。その鐘も手入れが行き届いているのか、あるいは真新しいものなのか金色に輝いていた。
「同じ建物でも、こうも違うのか……」
ある意味で感心するほど、貴族寮と一般寮ではかけられている金額が明らかに異なる。同じ四階建ての建物ではあるけれど、天井高がそもそも違うのか、貴族寮のほうが階数にして一階分ほど高くなっていた。
「貴族寮は、立派だね。なんだか、落ち着かなさそうだけど」
「僕もこっちの方がいいかな」
呟くアルフェに肩を竦めて応え、平民寮の入り口へと向き直る。荷物を持ったホムがもう入り口の扉を開いて待っていた。
「ありがとう、ホムちゃん」
ホムが待っていることに気がついたアルフェが、扉に駆け寄る。と、ホムの背後に大きな黒い影が見えた。
「リーフとアルフェ、それにホムだね!」
現れたのは、がっしりとした体格の、人の良さそうな婦人だ。熊の獣人で、熊の耳に人間の腕、ふさふさとした黒い毛に覆われた熊の足が前掛けのついたロングスカートの裾から覗いている。
「カナルフォード学園へようこそ! あたしは、この一般寮の管理人ウル・ベアーズだよ」
「今日からよろしくお願いします」
親しみやすそうな寮の管理人に、僕たちは揃って頭を下げる。
「おやおや。礼儀正しいこと」
僕たちの挨拶に目を細めた管理人さんは、ふっくらとした頬を緩ませて笑い、僕たちを中へと促した。
「今日からは、この寮であたしがご両親に代わってあんたたちの世話を焼くよ。あたしのことは、親戚のおばさんだとでも思っておくれ。みんなには、ウルおばさんと呼ばれてるよ」
ウルおばさんは、僕たちを誘導しながら大きな身体を揺らして進んでいく。寮の広いエントランスの脇には、管理人室というプレートがかけられたガラス張りの一室があった。
「ありがとうございます。それで……」
「はいはい。部屋の鍵だね。用意してるよ」
そう言いながら、ウルおばさんが管理人室のガラス窓を開け、中から鍵を出してくれる。その手に鍵が一本しかないことに気がついたアルフェが、飛び上がって喜んだ。
「三人部屋だね、リーフ!」
喜ぶアルフェを横目に、ウルおばさんが申し訳なさそうに眉を下げる。どうやら違うらしいと気がついたアルフェは、顔を曇らせてウルおばさんの次の言葉を待った。
「……希望に添えなくて悪いんだがね、あんたたちは抽選に漏れて別々の部屋なんだよ」
「じゃあ、鍵は……?」
「鍵は各部屋一本ずつ。どうしても、というときはあたしが預かっているスペアを使うよ」
そう言いながら、ウルおばさんは、僕に鍵を渡した。鍵には二○六号室という札がついている。
「アルフェの入る部屋は、二階の二○一号室だ。ルームメイトは、ファラ・イルミンスールって名前の
「……わかりました、ありがとうございます」
なんとか笑顔を浮かべているが、アルフェの声が震えている。ぬか喜びしてしまったこともあって、ショックが大きいようだ。
「大丈夫かい、アルフェ?」
「……うん。勝手に勘違いして喜んじゃった」
苦笑を浮かべるアルフェだが、かなり残念に感じているらしく、その目が潤んでいる。
「わたくしと代わった方が良いでしょうか?」
「いや、従者は主人と相部屋というルールだ。これはあたしでも曲げられないよ。悪いがね」
ホムの申し出をウルおばさんがきっぱりと断った。
「ホムちゃんはリーフと一緒がいいよ。お部屋は別々でも、遊びに行くし、ワタシも平気だよ」
目許を擦って涙を我慢したアルフェが、どうにか笑って見せる。まるで自分に言い聞かせるようなその言葉は、肯定すべきだろう。
「そうだね。じゃあ、ひとまず部屋に行こうか」
「うん。リーフに付き添ってもらえるなら安心だもんね」
そう言いながら、アルフェが僕と腕を絡ませてくる。いつのまにかアルフェに付き添うことが決定しているが、まあいいか。それだけ、アルフェが僕を信頼しているということなのだし、僕としてもアルフェが安心できるなら何でもするつもりだ。
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