第93話 夏合宿のおわり

 アルフェのおかげでホムは奥義を修得し、無事に最終日である五日目を迎えた。


 朝食後に特訓をしたいと申し出たアルフェとホムは、庭に出ている。僕は窓からその様子を眺めながら、身支度を調えていた。


 時々窓ガラスが揺れて、二人の雷鳴瞬動ブリッブレイドの発動が起こっているのが伝わってくる。その振動にばらつきがあるところから推察するに、今は威力を制御出来るか試しているところらしかった。


 アルフェは自分の強力な魔法の力をほぼ完璧に制御しているから、成せる技なんだろうな。本来ならアルフェの役を僕が務めなければならないわけだが、あのレベルに到達するのは至難の業だな。簡易術式を使って、正確に魔法を制御できるような仕組みを考えなければ。


 とはいえ、この合宿に来て良かったし、タオ・ランを師と仰いで本当に良かった。


 たった五日のうちに修行だけでなく、僕たちの人間としての成長も促してくれるなんて、老師には本当に頭が上がらないな。


 改めてタオ・ランへの感謝の念を抱いていると、それが通じたのか、老師がひょいと顔を覗かせた。


「……リーフ嬢ちゃんや、少し時間はあるかね?」

「もちろんです、老師。なにかお手伝いが必要でしょうか?」

「いや、手伝いというほどではない。嬢ちゃんからもらったフライパンで、料理を作ろうと思っておるのじゃ」


 せめてものお礼にと持ってきた特製フライパンは、かなり重宝しているらしい。こうして僕の錬金術の成果物を喜んでもらえるのは嬉しいな。


「この前、炒飯を夜食に振る舞ったら、かなり好評でのう。わしも故郷の味を思いがけず出せて嬉しいんじゃ。よければ、覚えていかぬか?」

「ありがとうございます。是非ご教授願います」


 炒飯という料理があることは知識として知っているが、まだ食べたことはない。作り方を見るのも、もちろん初めてだ。


「リーフ嬢ちゃんのフライパンで作ると、かなりパラパラに仕上がって旨いぞ」

「米は、お粥と同じカナド米を使うのでしょうか?」



 カナド米は、この国で主に流通しているクロケット米と比べると、長さは短く、粘り気をもっている。黒竜教の竜堂の近くにある南部料理屋で食べたカレーに添えられていたクロケット米は、パサパサとしてまとまりがなかった覚えがある。


 もしもパラパラに仕上げたいなら、クロケット米の方が良さそうに思うけれど、なにか違うのだろうか。


「もちろんじゃ。カナド米は、水分を含んでふっくらしておるし、故郷の料理である炒飯は、やはりカナド米でないとな。油と卵で米を包み、水分を一瞬で飛ばせば、米の一粒一粒がパラパラになった最高の食感になるぞ」


 タオ・ランの嬉しそうな答えを聞きながら、台所に移動する。台所には、甘く柔らかい湯気の匂いが漂っていた。


「よしよし、良い具合じゃ」


タオ・ランが大鍋の蓋を開けて満足げに頷いている。どうやら、かまどと呼ばれる、古い炊飯のための設備を使ったようだ。錬金釜のような大きな鍋に、かなりの量が炊き上がっているのが見えた。


「たくさんありますね」

「ほっほっほ。アルフェ嬢ちゃんも、ホム嬢ちゃんも朝から張り切っておるからの。魔力を手っ取り早く補おうと思えば、旨い食事が一番じゃ」


 確かにその通りだ。きっとアルフェもホムもあれだけの魔力を消費していたら、かなりお腹を空かせているだろう。


「では、何度かに分けて炒飯を作りましょう」

「そうじゃな。最初にわしが作り方の見本を見せる。後はリーフ嬢ちゃん、頼んだぞ」

「老師の味に近づけられるよう、努力します」

「なに、簡単じゃよ」

 かしこまった僕に、タオ・ランはいつものように快活に笑った。



 台所には、既に炒飯の材料が用意してあった。


 卵が四個、細かく刻んだ長葱やピーマンなどの野菜と焼き豚と呼ばれる豚の塊肉を焼いた後にじっくりと煮込んだもの、炊き上がったごはんと調味料だ。


 調味料が特徴的で、カナドスープの素と呼ばれる鶏の出汁を油脂で固めたものが、この炒飯の味の決め手となるらしい。味見させてもらうとかなりしょっぱくて驚いたが、舌に鶏の旨味を感じた。多分これは鶏粥の隠し味にも使われているんだろうな。母にお土産に買っていくと喜ばれそうだ。


「さて、ではどんどん作っていくかの」

「よろしくお願いします、老師」


 タオ・ランはまず、僕の特製フライパンを強火にかけて熱し、調理用の油を入れてなじませはじめた。熱されたフライパンから煙が立つので、調理用魔導器コンロの火力を弱めて、フライパン表面の熱が落ち着くのを待ってから溶き卵を入れた。


 そこからの動きはかなり素早く、無駄がなかった。まずは卵に完全に火が通らないうちにごはんを入れ、手早く卵と馴染ませながら火を通していく。老師の言葉のとおり、油と馴染んだ溶き卵はごはんの一粒一粒を包み込み、小気味よい音を立てて水分を飛ばしながら火が通っていくと、あっという間にパラパラになった。


「ここで音が変わるじゃろ? そうしたら、残りの具材を入れてさらに炒める」


 タオ・ランが、野菜と細かく刻んだ焼き豚などを入れていく。フライパンの中では具材がまたぱちぱちと音を立て、水分を飛ばしながら火が通っていく様子が窺えた。


 音を調理の目安としているのには驚いたが、こうして実際に音の変化を聞いてみると実にわかりやすい目安になるなと妙に納得した。


 少し焦げ目がつき、香ばしくて良い匂いがしてきたところで、タオ・ランはカナドスープの素が入った瓶を手に取った。


「ここで、カナドスープの素を入れて、仕上げに塩と胡椒で味を調えれば完成じゃ」


 調味料を目分量で入れ、木べらで手早く混ぜていくタオ・ランの慣れた手つきや、嬉しそうな横顔からは、これが老師の故郷の味であることが垣間見える。


 ほどなくして炒飯は完成した。卵を身にまとったご飯がつやつやとして、非常に美味しそうな匂いがしている。


「ほれ、熱いから気をつけて食べるのじゃぞ」


 一口分をスプーンですくってくれたものを受け取り、火傷に気をつけながら口に運ぶ。ぱらりと口の中でほどける米と具の味は、今までに味わったことのない食感と旨さだった。


「美味しいです、老師!」


 柄にもなく大きな声が出てしまった。作り方はそう難しくなく、見た目も素朴なのにこんなにも面白い食感と味の深みが出るなんて驚きだ。

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