第87話 夏休みの合宿

「アルフェ、老師になにか手土産を持って行きたいのだけど、なにがいいかな?」


 魔法歴史学の授業前に聞けなかったことを、下校時間に切り出してみた。


「もしかして、夏休みは毎日いくの?」


 アルフェが僕が考えていたことを先読みして、顔を近づけてくる。


「いや、毎日は老師にも迷惑だろうし、そうじゃないけれど、ホムの上達も順調だし数日間集中する機会を与えてもいいんじゃないかなと」

「合宿だね! 良かったね、ホムちゃん!」


 僕の話の先を読み取ってアルフェが小さく飛び跳ねる。アルフェの明るい声に、ホムは胸に手を押し当てて頭を垂れた。


「ありがとうございます。マスター、アルフェ様」


 ホムもその気でいてくれているということは、やはり僕たちの身を守る命令を遵守すべきと考えているんだろうな。初めてのホムンクルスということもあり、多少の不安はあったものの、この兆候は安心できる。


「基礎も応用もほぼ終わっているというような話だったけれど、ホムは次に何を身に着けるつもりだい?」


 タオ・ランがそれとなく僕たちにホムへの奥義伝授をほのめかしていたが、ホムの答えはもっと具体的なものだった。


「老師様にお許しいただけるのならば、雷魔法と組み合わせた技を伝授いただければと考えております」

「ああ、もしかして僕たちを助けてくれたときのあれかな?」


 どうやらホムは本格的な攻撃力を有した技を身につけたいようだ。身体能力を限界まで高めてはいるが、複数の大人相手には武装錬成アームドをはじめとした魔法との組み合わせが有効だと判断しているんだな。


「いいと思う! あれ、すごく格好良かったし」


 アルフェも手を叩いて賛同の意を示している。やっぱり合宿にもついてくるつもりなんだろうな。


「それで、アルフェ、手土産のことなんだけど――」


 話が逸れてしまったので、強引に戻すと、アルフェは考え込むように口許に手のひらを当てた。


「うーん……。食べ物はあまり長持ちしないし、買ったものなら誰でも渡せるよね? リーフが、ホムちゃんの修行のお礼を兼ねて渡したいと思ってるはずだから、それならリーフにしか作れないものがいいんじゃないかな?」


 僕が思っていたよりも、かなりしっかりとした答えが返ってきて驚いた。だが、アルフェの言うように、僕の感謝の気持ちを伝えようと思ったら、その方がいいな。なにか錬金術で作ってみよう。


 その夜、両親に許可を得た僕は、赤い丸屋根の宿屋に取り次ぎを頼んでタオ・ランに連絡を入れ、普段の週末の練習とは別に五日間の約束で泊まり込みの合宿の了承を得た。


 タオ・ランからの条件は、夏休みの宿題を終わらせておくことだったので、夏休みも中盤に差し掛かった八月上旬の週末から合宿をスタートさせることに決まった。


 お礼に持って行く手土産は、少し悩んだが、僕特製のフライパンにすることにした。僕のとアルフェの家では毎日大活躍しているし、ジュディさんも勤務先の港の食堂用にもう一つ欲しがっていたらしいので、予備も含めて三つ作ることにした。


 アルフェには夏休みの宿題に集中してもらい、僕とホムで三つのフライパンを仕上げる。出来映えは二度目ということもあり、かなり満足のいく出来だった。


 そうして迎えた八月上旬。タオ・ランの元で泊まり込みの合宿が始まった。


「これはまた、良い品を作ってくれたのじゃな」

「恐れ入ります、老師」


 タオ・ランは一目見て僕の手土産を気に入り、手放しで喜んでくれた。旅の武芸家ということもあり、やはり物を見る目はかなり優れているらしい。アルフェのアドバイスに従って自分の作ったものにしておいて正解だったな。


 初日と二日目は、ホムがどのレベルに達しているのかを見極める試験に費やされた。ホムは言われた動作を淀みなく、一度のミスもなく順調にこなし、その正確さとそれらを持続可能にするスタミナでタオ・ランを驚嘆させた。


 僕とアルフェはといえば、基本動作の段階からホムに置いて行かれ、休憩用の軽食や飲み物を用意する役に回ることになった。それはそれで、タオ・ランの役に立てていたし、アルフェも楽しそうにしているので良かったんだと思う。


 やれやれ、ここに初めて来たときには見学なんて生温いことはしたくないと思っていたが、あの時すでにタオ・ランにこうなることを見抜かれていたんだろうな。


『アルフェ嬢ちゃんは、魔法が得意じゃろう? それを活かす手はいくらでもある。リーフ嬢ちゃんは、地頭が良い。どう戦えば活路が開けるかを常に読むことができるじゃろう。わしと出会った時のようにな』


 タオ・ランの言葉が脳裏に蘇る。改めてその言葉の意味を考えて見ると、いざというときは、アルフェの魔法も活かすべきという教えが含まれているように思われた。僕はといえば、錬金術というよりは地頭――つまり僕の前世からの記憶と経験が、活路を開くのだと諭されたようだ。


 出来ることなら、そんな危機にはもう起こってほしくはないけれど、あの気まぐれな女神たちに目をつけられているようでは、それは無理な願いだろうな。



   * * *



 合宿も三日目に入り、遂に奥義修得のための機会が設けられることになった。


「ホム嬢ちゃんや、そろそろわしの奥義を伝授しようかと思う。覚悟はよいかの?」


 事前にタオ・ランからその話を聞いていた僕は、朝食の席で交わされるタオ・ランとホムの会話にいよいよかと身構えた。


「いつでもそのつもりでおります、老師様」


 ホムは真っ直ぐにタオ・ランを見つめて答え、わざわざ立ち上がってカナド式の礼をしてその敬意をしっかりと示す。タオ・ランは身振りでホムに座るように促すと、満足げに目を細めて頷き、残っていた鶏粥を飲み干した。


「……それにしても、リーフ嬢ちゃんのこのフライパンは素晴らしい。土鍋では考えられんほどの速さで米に火が通る。洗い物もほとんど手を加えずに綺麗になって助かるぞ」

「お役に立てているならなによりです」


 合宿に入ってからというもの、タオ・ランはなにかと僕のフライパンを使った料理を試してくれている。今日の朝食はほろほろに煮込んだ鶏肉が入った鶏粥で、鶏から出た出汁が浸みた優しい味が特徴のものだった。使われている米は、僕たちが普段使っているものよりも小さく短いカナド米と呼ばれる品種で、少し粘り気があり、味が濃いのが特徴のものだった。


 そろそろ宿の台所にも慣れて来たことだし、食事を任せて貰えるようお願いするのも良いかも知れないな。朝は他の宿泊者との兼ね合いがあるので難しいにしても、昼と夜は融通が利くはずだ。

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