第40話 才能の開花

 右目の浄眼を角膜接触レンズコンタクトで目立たないようにしてから、アルフェへの明確な嫌がらせは減った。アナイス先生のお説教の効果が出ているのもあるし、なによりアルフェ自身が浄眼を隠すようになった責任への負い目もあるようだ。グーテンブルク坊やの一味に到っては、僕を怖がって近づかなくなっているし、他人のことで煩わしく考える機会が激減したのは黒竜神の『加護』ということにしておこう。アルフェも黙ってくれていることだし。


 兎にも角にも自分たちのことに集中できる環境というのは、とても良いものだ。アナイス先生が意図したとおり、僕とアルフェの班は他のクラスメイトの影響を受けることなく、文句なしに成長を続けている。僕以外のクラスメイトと組む心配がなくなったことで、アルフェは遺憾なく才能を発揮するようになり、その成績も首位を独走している。


 学年が二年に上がっても、僕とアルフェの班分けは維持され、その手法は他の授業にも応用されていった。アルフェの才能の中で、群を抜いているのは、やはり魔法における才能だ。


 魔法学の授業については、僕がわざわざ加減なんてしなくても、アルフェが飛び抜けて秀でている。豊かな想像力は留まることを知らず、この前は浮遊魔法を驚くべき早さで習得していた。僕はといえば、短時間だけ床からほんの少し浮くことは出来ても、アルフェのように自由自在に高さを調整するのはどうしても無理だった。


 及第点がもらえれば御の字かと思えば、実はこの年齢ならそれでも凄いことらしい。それを難なくやってのけたアルフェの底知れない才能には、苦笑するしかなかった。これは、応用編になるとアルフェに引っ張られて僕もとんでもない評価をもらってしまいそうだな。苦手な分野だからといって油断はできなさそうだ。


 三年次からは、選択授業で興味のある教科の応用編を学ぶことができて、その希望を来週までに提出することになっているが、魔法学は少なくとも避けた方がよさそうだ。


 アルフェはきっと魔法学を選択するだろうし、周囲もそれを期待しているだろう。なるべくならアルフェと一緒にいたほうが僕としても便利なのだけれど、こればっかりは変に僕が加減するとアルフェの才能の邪魔をしてしまいそうだし、そうでなくても今後想定される高度な魔法学教育にはついていける自信がない。


「リーフも、もっといろいろ想像してみたらいいと思うよ」

「僕は、理論的に考えるのが好きだから、アルフェみたいな自由さは持ってないんだよ。あのシャーベットだって」


 本当にアルフェの想像力には驚かされる。この前の実践編でも、アルフェはクリエイト・ウォーターを応用して、現実の水魔法と氷魔法と組み合わせてシャーベットを生み出したのだ。しかもちゃんと果物の味がするから、アナイス先生も驚愕していた。まさか味がつけられるだなんて、思ってもみなかった。試してみたら僕にも一応できたけども。


「リーフも、いちご味の氷を作ってくれたよ」

「あれは別にいちごの味じゃなくて、甘さと色を足しただけだよ。見た目はそれっぽかったかもしれないけど」

「えー。ワタシにはいちご味だったよ?」


 見よう見まねの僕の拙い魔法の産物からも、想像力で味を補えてしまうあたりが、アルフェらしいな。とはいえ、才能を潰されることなく、発揮出来ているというのは実に喜ばしいことだ。


 次の三学年目の選択授業は諦めるとしても、基礎編で僕の方が置いて行かれないように気を引き締めなければ。先のことを心配していても意味がないかもしれないけれど。


「リーフ、またむずかしい顔してるよ。まゆの間にシワ寄ってる。かわいい顔が、だいなしっ!」


 アルフェがそう言いながら、僕の眉間を親指で丁寧にのばす。そんなことしなくても、このくらいの年齢だったら自然に消えると思うんだけどな。


「リーフはかわいいんだから、もっとニコニコしてた方がいいよ」

「アルフェの前ではそう努めようかな」

「えへへ。リーフ、だいすき♡」


 顔を綻ばせたアルフェが、じゃれるように抱きつく。二学年目で学校に慣れたこともあるし、学校の教育方針のお陰で自信もついたのか、入学当時に比べると笑顔が増えた。僕のプレゼントコンタクトも、役に立っているようでなによりだ。


「どうしたの、リーフ。ワタシのこと、じーっと見たりして」

「……あ、ああ。……最近、髪を下ろしてるなって……」


 自分の功績をアルフェに重ねていたのが恥ずかしくて、咄嗟に思いついたことを口にする。そういえば、アルフェが髪をしばったり下ろしたりするようになったのは、髪が伸びたからなのかな。


 僕は手入れが簡単なように母に任せていつも同じ長さだけれど、そろそろアルフェみたいに色々髪型を試してみるのが『普通』なのかもしれないな。


「リーフは、どの髪型がすき?」

「どれも可愛いと思うよ」


 そう言うとアルフェが喜ぶとわかっているので、いつもそう返すようにしている。でも、今日のアルフェの反応は違った。


「……うん。そうだといいな」

「どうしたの、アルフェ? なにか心配?」

「……あ、ううん。次の学年もリーフと一緒だといいなぁって」


 来週はいよいよ二度目の進級試験だ。入学してもう三年が経つというのは早いものだな。


「成績順で行けば問題ないと思うよ」

「そうじゃなくて……その……選択授業のこと……。リーフは、やっぱり錬金術、やるんだよね?」

「そのつもりだけど……。その話、した?」


 アルフェのおかげで、また錬金術をやるのも悪くないと思ってはいるけれど、面と向かってその話題を口にするのは初めてのはずだ。


「ううん。でも、このコンタクトを作ってくれたりして、リーフにはすごい才能があるんだって思うから、その方がいいなって」


 アルフェはあれから、休みの日以外は常に角膜接触レンズコンタクトをつけてくれている。


「ありがとう。でも、もしも目に違和感を覚えるようなことがあれば、ちゃんと教えて。作り直すから」


 長期装用をある程度想定してはいるものの、そろそろ替えを渡しておいた方がよいかもしれない。


「これ、捨てたりしない?」

「アルフェにあげたものなんだから、そんなことしないよ」


 僕の答えに満足したらしく、アルフェが微笑んで頷く。それから僕の顔をじっと見つめて、先ほどの話題に戻った。


「……それで、リーフは錬金術にするの?」


 人生をやり直す関係上、生前の轍を踏まないために今迄は意図的に錬金術を避けていたが、やはり僕は錬金術が好きらしい。魔法のように想像力を必要とするものは苦手だけれど、実際に考えたり設計したりしてなにかを作ることは向いていると思う。母の後を継ぐとかそういう大それたことは考えていないけれど、もう一度錬金術に向き合うのも悪くない。


「……そうだね。そうするつもり」


 錬金術への肯定的な感情を口にすることで、僕の中でも決意が固まった。


「良かった」


 アルフェは意外にも、僕の選択を喜んでいるようだ。


「……良かったって……。アルフェは魔法学だよね?」

「ううん。リーフと同じ錬金術だよ。ワタシも錬金術にするってアナイス先生に相談してたの」


 アルフェがもじもじと身体を揺らしながら打ち明ける。ああ、なるほど。最近旧図書館に来るのが遅かったのは、そのせいもあったのか。


「それでね、今度錬金術系のバザーがあるらしいんだけど、一緒にいかない?」

「僕たちで買えるものがあるといいけどね」


 バザーなら骨董レベルの錬金術の道具もありそうだな。それならお小遣いでも充分に買えるかもしれないと、期待を込めてアルフェの誘いに乗った。

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