第37話 母への相談
アルフェのためという表向きの理由を得たが、実のところ今世で表だって錬金術を使うのは初めてのことだ。僕のトレードマークでもある帽子に使う防水や劣化予防の薬剤はごく簡単なものなのでよしとしても、今回目的としている
材料は先生の協力を得て調達できていたが、道具については子供では到底手に入らない。学校で作った後、クリフォートさんからなにか言われても……と思うところもあり、相談も兼ねて道具一式については、錬金術師である母に頼むことにした。切り出すとしたら、家事が一段落した夕食後が妥当だろうということで、夕食を食べながら念入りに頭の中でどう頼むかの練習を繰り返し、食べ終わったタイミングで実践に移した。
「ごちそうさまでした、母上」
いつものように夕食後の片付けをしながら、キッチンに立つ母に声をかける。
「ありがとう。流しにおいておいてね」
母は明日以降の食事の仕込みをしながら、僕に微笑みかけた。
「いいえ。自分が使ったものですから、僕が洗います」
そう宣言して、踏み台を移動させ、皿洗いを始める。母が気を利かせてキッチン用の
「お手伝いができて偉いわ」
「当然のことですよ、母上。母上こそ、いつも僕に食事の用意や、身の回りのことをしていただいて、本当にありがとうございます」
適温に調整された湯で洗剤を泡立てながら、使用済みの皿を洗っていく。
洗いながら母への感謝を述べると、母がいつになく驚いたような声を上げた。
「……リーフ……」
「なにか、変なことを言いましたか、僕?」
皿を落とさないように手に力を入れて支えながら、母の方を見る。母は目元を擦りながら苦笑を浮かべて首を横に振った。
「いいえ。本当に親孝行ね、リーフは」
まな板の上には玉葱がある。確か切ると目に染みるんだったな。そのせいか。
「母上と父上から受けている恩恵を僅かでも返せていると良いのですが……」
「そんなこと、考えなくてもいいのよ。あなたはあなたの好きなように、もっと自由にしていいんだから。それがパパとママの幸せなのよ」
母のその考えには薄々気づいていたが、改めて言葉にされるとやはり驚きを隠せない。本当にそうだとしても、だったらなんのために命がけで僕を産み、育てているのだろうか。仮に僕がそういう環境に置かれたとしても、怖くてとても出来ないような真似だというのに。
「……そうなのですか?」
子供らしさの反応に困って、そう問い返すのがやっとだった。母はにこやかに頷き、僕の目を見つめて続けた。
「ええ、そうよ。でも、自由にって話したところで、その選択肢をもっと見せてあげないと難しいかしらね」
我が親ながら、本当に欲がない人なんだな。こういうことが仮に女神の言う『普通』なのだとしても、当たり前だと思わないでいよう。僕がルドラとナタル夫妻の元に生まれたのは、紛れもない幸運に他ならないのだから。
「……自由に……」
とはいえ、今のところ僕にはこれといった目標や夢があるわけでもない。自由にというのを、自分の意思でなにかをしようとする、と読み替えると、これはお願いをする機会ということになるんだろうな。そう考えながら皿洗いを済ませると、僕は改まって母と向き合った。
「……母上、折り入ってご相談があるのですが」
「なあに、リーフ」
僕のお願いを予想していたのか、あるいは元々期待に応える準備があったのか、母の笑顔はどこか嬉しそうだった。
「錬金釜を使わせてもらいたいんです。もし、この週末仕事で使わなければ……の話なんですが」
「予備の小さいもので良ければ構わないわよ。学校の宿題かしら?」
問いかけられて、逡巡する。そう思ってもらった方が、都合がいいだろうか。それとも正直にアルフェのための
仮に僕が親の立場なら、子供が作るものを目の中に入れるというのは、親としては怖いだろうな。クリフォートさんへの説明も気になるところだ。安全性には自信があるが、僕はまだ子供なわけだし、大人のお墨付きをもらった方が間違いないはずだ。
そう結論づけた僕は、母に正直に話し、意見を仰ぐことにした。
「……実は、アルフェのために、
「……それは、アルフェちゃんに頼まれたの?」
「いいえ。僕が提案しました」
アルフェの深刻な悩みは、産みの親であるクリフォートさんには知られない方がいい。きっと悲しむだろうから。だからあくまで、僕の判断であることを主張することにした。
「アルフェが、浄眼のことで悩んでいるようで、なんとかしたいと思って――」
「意地悪の限度を超えた振る舞いをした子がいるそうね」
言い終わる前に、母が核心に触れる一言を述べた。
「……どうしてそれを?」
「アナイス先生から、少し、ね?」
驚いた。ここでアナイス先生の名が出てくるとは思わなかったな。
実は、決闘を終えて教室に戻る途中、中庭でアナイス先生に呼び止められていたのだ。
召喚した黒竜神か、あるいは
困ったことがあれば何でも言ってほしいと言われたので、早速アルフェの目の色に似た青色を持つ水の魔石の粉末と、魔素液化触媒である錬金水と、錬金物質の一種である透明グラオライトのペーストを試しに頼んでみたのだ。
アナイス先生はリオネル先生にその場で相談を取り付け、旧図書館で日課の予習復習をしている僕たちに届けてくれた。
つまり、母の話と統合すると、アナイス先生は全てを把握した上で僕たち子供に対してはなにも追求しなかったということになる。
「……なるほど、理解しました」
込み入った内容は、大人が話し合うべきという判断か、あるいはそれを見守るという立場を貫くのかはわからないが、アナイス先生の判断には間違いがないだろう。僕が両親やアルフェ以外の人間を信頼しているというのは、自分でも面白い変化だが、それだけアナイス先生の行動は理に適っている。
「リーフがいつも守ってあげてるのも聞いたわ。ありがとう、リーフ」
「大したことはしていません。アルフェは僕の友達ですから、当然のことです」
「凄いわね、リーフ。誰にでもできることじゃないわ」
そうだろうか。母も父も僕の立場ならば、迷わずそうしそうなものなのに。
「……それで、アルフェちゃんは、なんて?」
「……アルフェは、親しい人や家族以外に浄眼を見せたくないようです」
正確には、僕にしか見せたくないと言っていたが、そこはぼかした。
「それで、
「検討済みです。形状最適化の術式を応用すれば、装用時の異物感も排除できるかと。あとは、自動洗浄の術式で涙や空気を透過させるように……」
母の理解が得られそうなので、僕が考えている仕様に問題がないかどうか確認の作業に入る。話し始めたところで、母の微妙な表情の変化に気づいた。相手は現代の錬金術師なわけだから、今の知識の披露の仕方はやり過ぎだっただろうか。
「……って、考えてみたのですが、可能なものでしょうか?」
苦し紛れに無理矢理質問にしてまとめてみる。母は難しい顔をしながら、相槌を打ち、手指でなにか書くような仕草をした。
「え、ええ……。理論上は可能よ。私もまだ作ったことはないのだけれど、そこまでリーフが調べて考えているなら、やってみるといいわ」
教育においての立場は、母もアナイス先生とそう変わらないのだな。あるいは、このことさえアナイス先生に言い含められているのかもしれない。
「ただし、アルフェちゃんに渡す前に同じものを三つ作ること。一つはあなたがテストして、もう一つは私がテストするわ」
なるほど。現役の錬金術師である母の意見は的確だった。錬成の成功と実用に耐えられるか否かは別の問題だと、ちゃんと僕に教えようとしてくれているのが伝わってくる。
「最後の一つはアルフェの分ですね。わかりました」
「他に必要なものがあれば教えてくれる?」
「道具だけで大丈夫です。先生たちに相談して、材料は用意出来ましたから」
そうした流れで、母のアトリエを週末限定で借りられることになり、僕はアルフェのための
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