灰色ノラ猫のクリスマス
無月弟(無月蒼)
第1話 名前の無いノラ猫
目を覚ますと、冷えた空気が全身をおそってきて、ボクはブルッと体を震わせる。
寒くなってきたなあ。もうちょっと暖かい所で寝られたら良いんだけど、あいにくボクの住みかは公園にある遊具の中。
ドーム状の遊具で、昼間は人間の子供が中に入って遊んでいるけど、夜になるとボクのマイホームになるのだ。
ボクは遊具からピョンと抜け出すと、四本の足でピタッと地面に着地をした。
ボクは全身を灰色の毛並みでおおわれた、猫の男の子。名前は無い。
誰もボクのことを名前で呼んだりしない、一人ぼっちのノラ猫さ。ボクには名前なんて、必要ないんだ。
けど名前はいらなくても、ご飯はいる。食べないと、生きてはいけないからね。
ボクは吹き付ける北風を全身に受けながら、朝ごはんの調達に向かった。
行った先は、商店街の一角にある食堂の裏。
朝ここに来れば人間の食べ残したご飯が、袋に入れておいてあるんだ。ボクはそれをあさって、ゆっくり朝食を取る……と言いたいとこなんだけど。
残念ながら、そうのんびりしてはいられない事情があるんだ。
やって来たボクは、さっそく袋をあさって、朝ごはんになりそうなものを探していく。
お、これはお魚の骨じゃないか。ふふふ、今日のご飯は、豪勢になりそうだ。
だけどお魚の骨を袋から取り出したその時、すぐ後ろに気配を感じた。
「おい、その魚の骨を、オレ達に寄越せ」
振り返るとそこには、ボクよりも体が大きなノラ猫が三匹。コイツら、ボクの朝ごはんを横取りする気か。
さっき言っていた、のんびりしていられない理由がコレ。
この餌場はここいらのノラ猫達の間では有名な場所で、毎朝激しいご飯の取り合いになるのだ。
けど、このお魚はボクが見つけたんだ。誰がお前達なんかにやるもんか。
お魚をくわえて、三匹のノラ猫に目を向けたまま、少しずつ後ずさりしたけど。それに気づいた三匹も、すぐに距離をつめてくる。
「聞こえなかったのか? その魚の骨を置いて、さっさとどこかへ行け。ここはオレ達の縄張りだぞ」
やなこった。
ボクはさっと彼らに背を向けると、お魚の骨をくわえたまま一目散に走り出した。
「あ、待て!」
三匹は慌てて追いかけてきたけど、駆けっこは得意なんだ。
商店街の中を右へ左へと逃げ回り、やがて三匹が入ってこれないくらいの小さな通路の中へと、体を滑り込ませる。
「おいこら、戻ってこい!」
後ろから怒った声が聞こえるけど、やだよーだ。
君達には悪いけど、ボクだって生きるために必死なんだ。せっかく手に入れたご飯を、あげたりなんかするもんか。
野良猫達を振り切って公園に戻ってきたボクは、ベンチの下に体を潜り込ませる。
へへ、ここまで来れば大丈夫。
たくさん走ったからもうお腹ペコペコだよ。いただきまーす!
お魚の骨をハグハグ。うーん、美味しい。
ボクはしばらく舌つづみを打っていたけど、不意に誰かが、ベンチの前を通りかかった。
顔を上げて見てみると、それは小さな女の子と、ママとおぼしき女の人。
暖かそうなモコモコのセーターを着た女の子は、なんだかとても楽しそうな顔をしてママを見上げている。
「ねえねえママー。もうすぐクリスマスだよね」
ん、くりすます?
その言葉には、聞き覚えがあった。最近人間達が、やたらとくりすますくりすますって言っているのを聞くもんね。
けどいったい、くりすますって何なんだ? 気になったボクは息を殺して、親子の会話に耳を傾ける。
「サンタさん、うちにも来るかなー? ミカにプレゼント、持ってきてくれる?」
「ミカが良い子にしてたらね。サンタさんに来てもらいたかったら、お片付けもちゃんとする。幼稚園の友達とも仲良くする。そしたらきっと、素敵なプレゼントをもらえるわ」
「分かった。ミカ、良い子にしてる。ふふふ、プレゼント楽しみだなー」
女の子は幸せそうに顔をほころばせながら、ギュッとママの足に抱きつく。それを見てボクは、ふと昔のことを思い出した。
そういえばボクにも、ママがいたんだ。
夜は寄りそって眠ってくれて、ご飯を探して運んできてくれた優しいママが。
でもある日、ご飯を探しに行くって言って出て行ったきり、帰ってこなかったんだよね。
ボクは来る日も来る日もママを探したんだけど、見つからなかった。
寂しくて寂しくて、このまま消えてしまいたいって思ったんだけど、ママはいなくなる前、ボクにある言葉を残してくれていた。
『もしもママに何かあって一人になってしまっても、強く生きなさい。何があっても生きなさい』って。
その言葉があったから、ボク一人でも頑張ろうっていう気になって、今日まで生きてこれたんだ。
ママ、もう二度と会えなくても、ボクはママとの約束を守るからね。
……って、いけない。つい昔の思い出に浸っちゃってた。今はママよりも、くりすますだ。
さっきの女の子とそのママが言っていたっけ。良い子にしてるとサンタさんってのがやって来て、素敵なプレゼントをくれるって。
プレゼント、かあ。いったい何をくれるんだろう? お魚かなあ、おもちゃかなあ?
良い子にしてたら、ボクの所にも来てくれるのかなあ?
ああ、想像したら、ワクワクしてきたぞ。プレゼント、ボクも欲しいなあ。
よし良し決めた。ボク、良い子にしてる。そしてくりすますには、サンタさんからプレゼントを貰うんだ。
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