第3話 1-3

「あ~、お腹空いた! 早く食べよ」

 由香が弁当を持って、守の机に現れた。


「品田……なんで、お前、いつも昼は俺と一緒に食べるんだ?」

「だって、一ノ瀬君、いつも一人で寂しそうなんだもん。友達ができるまで一緒に食べよう」

 由香はそう言いながらも、既に箸を手に取っている。

「俺に構うな。お前はお前の友達と一緒に食べればいいだろう」

「あ、一ノ瀬君、気を使ってくれているの? いいってば! それより、赤穂さんとはいつ頃知り合ったの?」

 守は由香の問いに少し、息詰まったが直ぐに冷静さを取り戻した。



「小学生の時だよ。同じクラスだったんだ」

「へえ、でも、なんかピンとこないんだよね」

 由香は箸を口に銜えて考え込んでいた。

「な、なぜだ?」

 守は少し、裏返った声で訊いた。

「いや、なんていうか、一ノ瀬君の小学生時代がイメージできないんだよね。一ノ瀬君っていつもクールだからさ。一ノ瀬君がランドセルを背負ってるなんて……ハハハッハ、可笑しすぎるよ!」

「お前は……」

 守は少しでも由香の洞察力に恐れた事が自分でも馬鹿馬鹿しく思えた。


「ん? どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「ふーん。そう言えば、うちの2組以外にも、3組に転校生が来たんだってね。珍しいよね」

「なんだって!」

 守は急に机から立ち上がった。

「そいつはどういう奴だ?」

「えっ、直接、見てないからわかんないけど、なんか男の子らしいよ」

「ちっ!」

 守は慌しく教室を出て行った。

「また、知り合いかな?」

 由香は厚焼き玉子を頬張りながら、守の言動について考えてみた。


   *


 守は隣のクラスの教室に入ると、ドア近くにいた生徒に問いただした。

「おい、転校生ってのはどこにいる!」

「えっ、相場あいばのことか? あいつならそこにいるぜ」

 その生徒が指差した方向には楽しそうにクラスメイトと話す少年がいた。


「おい! お前までここに来たのか!」

 守は少年の顔を見るなり、殴りかかっていくような勢いで迫っていった。

「よう、守じゃねぇか。なに怖い顔してんだよ」

「いいから、来い!」

 守は少年の耳を引っ張って無理矢理、教室から廊下に連れ出した。

「どういうことだ! 史樹ふみき! 夕貴やお前はなにを企んでいる?」

 相場 史樹あいば ふみきは赤くなった耳を撫でながら言った。

「そんなに怒んなくてもいいだろう。なにも企んでなんかいないさ。ただ、お前が心配になって来ただけだ」

「お前達以外にも来ているのか?」

「ああ、この三枝さえぐさ高校の近くにいるはずだぜ。なんなら、召集でもするか?」

「バカ野郎! なんのために俺はお前らを研究所から逃がしたのか分かっているのか! この一年が無駄になるだろうが!」

 守の怒鳴り声が廊下に響き、それに驚いた生徒達がケンカだと勘違いして、野次馬と化す。

「こんな所で大声出すなよ。野次馬が集まっちまったじゃねぇか」

「ちっ、どいつもこいつも勝手なことばかりしやがって!」

 守は唇を噛み締め、悔しそうにその場を去って行った。


   *


「赤穂さん、途中まで一緒に帰らない?」

 夕貴が教科書を鞄に入れていると由香が守を引っ張って誘ってきた。

「うん、じゃあ、一緒に帰ろう」

「お、おい、品田、お前達だけで帰ればいいだろう。俺は一人で帰る」

「またまた~、一ノ瀬君、カッコつけないの」

 守はどうにかしてその場を逃げようとしたが、由香の右腕がガッシリと自分の左腕に組まれている。

「さっ、行きましょう。赤穂さん」

「え、ええ……」

 さすがに夕貴も由香の強引さにはタジタジであった。



 守は学校から最寄りの駅まで来ると由香に聞こえないように夕貴に耳打ちをした。

(おい、夕貴。品田をどうにかしろ。俺は隙を見て逃げ出すからな)

(え、ちょっと、そんなこといきなり言われても……)

 守はせわしい由香から脱け出すつもりなのである。

(自分の家にでも誘うとかすればいいじゃないか)

(え~っ、そんな~)



「あれ、どうしたの? 二人とも」

 由香が二人の行動をいぶしげに見つめている。

「あ、由香ちゃん。今から私の家に遊びに来ない?」

「え、いいけど、いきなりお邪魔してもいいの?」

「あ、うん。平気だよ」

「じゃあ、一ノ瀬君も一緒に……ってあれ!」

 由香が周りを見渡すといつの間にか、守は姿を消していた。

「あれ~、一ノ瀬君は?」

「ハハハッ、どこに言っちゃったのかしら……」

 笑う夕貴の笑顔は引きつっていてとても不自然であった。

「ん~! 赤穂さん、なんか私に隠してない?」

 由香の大きな目がギラリと光る。

「い、いや、なにも……」

 夕貴は由香の視線に驚き、一歩、後退りした。

「一ノ瀬君と二人して私をハメたんじゃない?」

「あ、いや、その……」

 夕貴の口調は段々、おかしくなっていく。

(もう! おやっさんのせいだ!)


   *


 由香は頬を膨らませて駅の自動改札口に定期券を入れた。

「もう、一ノ瀬君ったら、いつも私を避けるんだから!」

「ごめんなさい。おやっさんって、人の親切とか苦手なの。信頼っていう言葉とはかけ離れた生活をしていたから……」

 そう言うと夕貴は少し寂しそうな顔で定期券を財布にしまった。


「あ、赤穂さんが謝ることないよ。でも、一ノ瀬君も苦労してきたのね。私には何も話してくれないけど」

「おやっさんってそういう人だから……でも、私、安心したよ。おやっさんの周りに由香ちゃんみたいな人がいてくれて、心配してくれる人がいて。これからもおやっさんのこと、よろしくね」

 夕貴はそう言うと改まって腰を深く下げた。

「ちょ、ちょっと、赤穂さん! やめてよ。私だって安心したよ。赤穂さんみたいな優しい人が一ノ瀬君の友達だってこと。こんなに一ノ瀬君のこと考えているのだもの。彼は幸せ者だよ」

「フフッ、そうだね。まっ、あんなの、ほっといて私の家にでも案内しましょう!」

「ハハハッ、ひどーい、赤穂さん」

 二人は笑いながら駅を出た。

 駅を出るとそこは高層マンションの並んだ高級住宅地があった。

「うわぁ~、スゴイな……赤穂さんの家ってどれ?」

「あれだよ」

 夕貴が指差した方向には十五階建ての高級マンションがあった。

「うへぇ~、おっ金持ち!」

 由香は口を開けて、上を見上げたまま、マンションの中へと入っていった。

 由香はマンションに入ると更に驚いた。

 大理石で作られた広々とした静かなロビー、ふかふかのソファーに観葉植物がいくつか置かれていた。



「な、なんじゃこりゃ~」

 由香は思わず、ため息をもらした。

「じゃあ、行こう」

「あ、うん」

 由香と夕貴はエレベーターに乗った。

「でも、こんなお家に住んでるんだから、赤穂さんってもしかして社長令嬢?」

「ん~、ちょっと、違うけどお父さんが貿易会社を経営しているの」

「ぼ、貿易会社! やだ、私、なにか持ってくればよかった」

「そんな、由香ちゃん、気にしなくていいよ。それに家には私一人だけだから」

「え、そうなの? へぇ~、でもこんなマンションで一人住んでるなんてスゴイな」

 由香は興奮しているせいか夕貴の顔に目が釘付けになっている。


「ちょっと、由香ちゃん、そんなに見つめないでよ。恥ずかしいよ」

「あ、ごめん~」

 由香は照れくさそうに舌を出した。

 エレベーターから降りて廊下に来ると辺りを一望できる階だということに気がついた。

「うわぁ~、全部見れちゃうな」

「うん、夜景はすごくキレイだよ。今度は夜に遊びにおいでよ」

「えっ、ホント! 絶対、行く!」

 夕貴は自分の家の前に立つと鞄から鍵を取り出し、ドアの鍵を開けた。

「さあ、どうぞ」

「おじゃましま~す!」

 由香はワクワクしながらリビングに入っていった。

 すると、いきなり何かが目を覆った。


「だ~れだ?」

「きゃあ!」

 玄関で由香の為にスリッパを出していた夕貴が悲鳴に気づく。

「由香ちゃん!」

 スリッパを放り出してリビングに駆けつけると、そこには顔見知りの男が由香の両目を両手で塞いでいる。

「あれ、夕貴? あらっ、じゃあ、この娘は……」

「えい!」

 由香は男の手の力が緩むと、男の右手を掴み、勢いよく床に向けて一本背負いをお見舞いした。

「うおっ!」

 男は無様にリビングに大の字に倒れる。

「あれ、君はたしか隣のクラスに転校してきた……」

 男は顔をしかめて肩を揉みながらゆっくりと身を起こした。


「いつつ……相場 史樹だよ」

「あ、そうだ。でも、なんで君が?」

「あ、いや、その……」

 相場 史樹は助けを求めるように夕貴の顔を見つめる。

 それを追うように由香も夕貴の方を見る。

「あの、由香ちゃん。だからこれは……」

 夕貴は慌てて弁解しようとしたせいか、言葉に詰まってしまった。


「あ~!」

 由香はなにかを悟ったらしく目を大きく見開いた。

「あなた達! その歳で同棲しているのね! なんて不謹慎な!」

 夕貴は由香の一人合点な思い込みに腰をぬかしそうになった。

「ち、違うよ、由香ちゃん。こいつも、史樹もおやっさんと同じでただの幼なじみだよ」

「そ、そうだぜ。由香ちゃんとやら」

 慌てて史樹も付け加える。


「え、そうなの? でも、なんでただの幼なじみが合鍵なんか持ってるの?」

 由香の言うとおりである。家の合鍵を持つ者と言えば、家族と恋人ぐらいものであろう。

「ハハハッ、いや、実は私、今、バスケットに凝っているの。それでバスケットがうまい史樹に放課後、近所のコートでコーチしてもらうように頼んでいたのよ。それで合鍵を渡したんだよ」

 夕貴はとっさに思いついた話をあたかも本当の話のようにペラペラと話した。

 とっさにおもいついたわりにはよくできていると心の中で自分を感心した。

「ホント~?」

 由香の大きな目がギラリと光る。

(ある意味、由香ちゃんって怖いな~)


「まあいいや、でも、相場君も『だ~れだ?』なんて古いよね」

「ハハハッ、まあ80年代を演出したってわけよ」

「嫌だな~、史樹も悪趣味だよ」

 未だに目をギラギラと光らせる由香だが、夕貴と史樹はなんとかその場をごまかせた。


「まあ、由香ちゃんその辺で座ってて、お茶でも持ってくるから」

「そうだぜ、由香ちゃんとやら。まあ、座ろうぜ」

 史樹と由香はテーブルに向かい合って座った。

「ふ~、しかし、ビックリしたぜ。まあ、俺も悪かったけどさ……ん? どうかしたのか?」

 由香は黙りこくって史樹の顔を見つめている。どこか警戒している感じだ。

「君、赤穂さんを泣かしたりしないでね」

 由香は突き刺すように言った。

(な、なんだ、こいつは。勘違いしていやがる)

 その場の雰囲気に耐え切れなくなった史樹はキッチンで紅茶をカップに注ぐ夕貴の所へ逃げ込んだ。

「おい、こりゃ、どういうことだ? 今日は二人でマザーの追手の対策を考えるんじゃなかったのかよ?」

「そのつもりだったけど、おやっさんが由香ちゃんを私に押しつけたのよ」

「マジかよ。しかし、あの娘、なんか俺達のこと、勘違いしてやがるぜ」

 二人は大きなため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る