Re:第10話
「待った?」
休日を利用して、おれは単身トウキョーへやってきた。
待ち合わせ時刻ジャストに滑り込んできたこの男と会うために。
「いや?」
待ち合わせ場所はトウキョー駅。
いつ来ても混んでるなここ。
人がいない時はないのか?
深夜とか?
終電のあととか?
「本当は何か用意したかったんだけど、急に『明日! 映画を観に行こう!』っていうもんだから慌てちゃって」
「支部長から昨日渡されたチケットの期限が今日までだった。致し方あるまい」
おれの答えに「なるほど?」と、わかっているようないないような表情を浮かべているこの男の名前は風車総平。
仕事でもないのにネイビーのスーツを着ており、肩からは一眼レフと推測されるカメラのケースを提げていた。
「せっかくならオーサカ支部の人と行けばよかったのに。わざわざトウキョーまで来なくても」
「おれは総平に会いたかった。これは会うためのエサのようなもの」
映画好きじゃないし。
好きじゃないは言いすぎた。
映画館が苦手で。
人多いし。
なんかこう……キラキラしている感じが……。
「俺はそのエサに食いついちゃったってことね?」
シアターへの道を歩きながら、周囲を見渡す。
土曜日ということもあり街は賑わいを見せているが、この数多の人の中でもやっぱりこの世界の篠原幸雄めちゃくちゃかっこいい。
超目立つじゃん。
すごい見られるから自然と背筋もピンとなってしまう。
「幸雄くんはポップコーン食べる?」
「映画館で絶対に食べなければならないものなら食べよう」
「そういうものでもないけど……」
食べたーい。
ポップコーン食べたい!
食べたいけど次のセリフで断らないといけない。
「なら、いらない」
本当は食べたいってどう伝えればいい?
テレパシー?
今からでも使えるようになる?
「映画終わったらどうする? ランチ?」
ランチ食べる!
ここまで来たからにはちょっと足を伸ばして寿司かな!
天ぷらでもいい!
「総平に委ねよう」
おれも“ぼく”もトウキョー生まれトウキョー育ち。
そのわりにはトウキョーの名所を深くは知らない。
新幹線の中でいろいろ調べたけれどどこも人たくさんいそうだし。
土曜やめときゃよかったな。
平日に休み取るでも全然よかった。
総平のヒーロー研究課は暇だろうし。
「俺が決めていいの?」
「ああ。おれとしては学術的な見識を深めたい」
さりげなく神佑大学の別館に連れて行ってもらえるよう頼んでおこう。
伝わるといいなあ!
これで博物館に連れて行かれそうになったらどうしよう。
無理矢理にでも神佑大学に向かうか?
「期待に応えられるよう、頑張るよ」
シアターへ辿り着き、受付で座席を決める。
映画のジャンルも総平に一任したが、どうやらハリウッド映画のシリーズもののようだ。
おれは1作品も観ていない。
大丈夫?
3から観て平気?
「智司と観に行こうと思ってたけど、まあ2回観に行けばいいか」
「智司とは?」
「俺の弟。幸雄くんと同い年か一個下かな」
今回は智司に会えるかな。
うまくいけば忘年会ぐらいで会えるはずだけど。
おれと兄との関係は冷え切っていたのでこの風車兄弟の成人していても仲良く映画を観に行く関係性はよくわからん。
年齢差を鑑みるにおれと導がふたりで出かけるようなもんだし。
「ポップコーンと飲み物買ってくるから、幸雄くんは先に座ってて。あ、飲み物何がいい?」
総平は現在32歳。
13回目の32歳だから実年齢は、えーっと、44歳?
「結構だ」
ふと背後に視線を感じて振り返る。
ロビーには家族連れやカップル、誰かを待っているような人、ふらふらと歩き回っている人、などなど。
白菊つくもの視線だというのはわかっている。
白菊美華の手下で、おれを見張っている99番目のクローン的なやつ。
姿は見当たらなかった。
「テキトーに好きそうなのを買っておくね」
総平はおれに座席番号の書かれたチケットを1枚渡して売店に向かっていく。
ついでにポップコーン買ってくれない?
さっき「いらない」って言っちゃったからダメ?
ほら、そういうのってさ、セットだと安かったりしない?
おれがまごまごしているように見えたのか、総平から「先座ってていいよ」と背中を押されてしまった。
番号と座席を確認しながらシアターの中へ入り、最後列の端に腰掛ける。
空席がまだ目立つが、始まるまでには埋まるのだろう。
(風車総平。風車宗治の息子)
本人が来るまで、調べさせてもらった情報をまとめておこう。
風車宗治首相。
内政に外交にと奔走し、経済は上り調子、国民からの支持率は非常に高かった。
時が経った現在、考えてみれば“非常に”というよりは“異常に”高かったともいえる。
誰も彼の打ち立てた政策を否定しなかったし、実際にやることなすこと間違ってはいなかった。
それを“おかしい”と全国民が気付かないようなフィーバー状態だったのだ。
(風呂場で足を滑らせて彼が亡くなるまで、その“独裁状態”は続いた)
史上最悪の能力者。
アカシックレコードにそう記されている。
能力は【威光】という名の“洗脳”だ。
全国民は気付かないのではなく気付けなかった。
彼の掲げた理想論を、彼が死ぬまで信じ続けてしまった。
地球上の全ての人間が幸福であるようにと願った。
もっとも影響を受けたのが作倉さんだ。
作倉さんは風車首相の秘書であり、過去と未来の視える【予見】と【威光】が組み合わさって無敵の状態を生み出してしまっていた。
おれはあんまり政治とか社会情勢とか興味なかったんで、当時のことはイマイチ覚えてないや。
「お待たせ!」
総平がぼくの好きそうな飲み物として買ってきたのはアイスティーだった。
嫌いではないが特段好きというわけでもない。
当たり障りのない選択だ。
「……もしかしてコーヒー派だった?」
「いいや、別に」
上映前の予告編が5作品分流れて、コマーシャルののちに、本編が開始される。
2時間ほどある上映時間の中で隣の席をチラリと見やると、ポップコーンを1粒ずつ頬張りつつ視線はスクリーンに釘付けの総平がいた。
映画のほうは、どうやら前作の続きからのストーリーらしい。
派手な映像が飛び出し、爆音は劇場内を揺らす。
思わず歓声をあげそうになって、そういえば映画館だったなと口を塞いだ。
ようやくエンドロールが流れる。
テーマソングが響き渡る中、おれはようやくアイスティーを啜った。
ほのかに甘いのは、総平がガムシロップをためらい気味に入れたのだろうか。
水分が五臓六腑へと染み渡っていく。
劇場内が明るくなった瞬間に、総平は嬉しそうに「面白かったー!」と歓声を上げた。
「シリーズ最高傑作かもしれない」
「ちゃんと追おう。1作目と2作目レンタルで見る!」
テンションの高い総平と、ストーリーにはついていけなかったが映画らしい豪勢なアクションやメカに魅せられたおれ。
ちゃんと前作と一作目を見る。
その後、今観たものをもう一度映画館で観たい。
総平はそそくさとポップコーンとドリンクの空容器を捨てると、パンフレットを購入しておれの元に戻ってきた。
体型にそぐわぬ機敏な動きをしてみせる。
「幸雄くん、おなか空いてる?」
実は総平のポップコーンを半分ぐらい食べた。
だって気付かれなさそうだったし……。
実際気付かれてないっぽい。
「いや、まだ……」
「そっかそっか。ならバスに乗ろう。晴海埠頭ってところまで行くバスはどの停留所で待っていればいいのかな、っと」
バスか。
車窓から街並みを眺めつつ、次の目的地へ向かおうということか。
小休止にもなる。
「はるみふとう? 終点まで乗るのか」
「一回行ってみたいと思って」
バス停には時刻表のほかにバスの終点が一覧で並べられている。
そこには“晴海埠頭”の文字があった。
晴海埠頭は客船ターミナルのある場所で、トウキョーの海の玄関口だ。
船を見るのが趣味なら、他にも適した場所はありそうなものだが。
「今日は総平の案内だからな。オーケー、ついていこう」
小一時間の移動。
バスを提案したのは総平だが、本人はバスの中で眠っていた。
具体的には目的地についておれが「おい、起きろ」と肩を揺らすまで眠り続けていた。
もし無理矢理起こさなければそのまま車庫まで運ばれていただろう。
呑気なものである。
「あれ? パンフレット」
しかも先程購入したパンフレットをバスの座席に置き忘れていた。
おれが気付いたからいいものの。
「ほら」
「しっかりしてるね! ありがとう!」
しっかりしてたらこんなところまで来てないよ。
映画ですっかりすっ飛んでたけど、神佑大学は!?
ここからだとめっちゃ遠いな、あのキャンパス!
「ところでここは」
「聖地に向かってゴー!」
「聖地?」
あー、思い出してきた。
総平はヒーロー研究課。
正面から階段を上り、2人で建物に入っていくも誰も見当たらないので、おれは気味が悪くなって「おれたちのような関係者でもないやつらが立ち入っていい場所なのか?」と訊ねる。
照明は最低限しかついていないが、鍵は開いていた。
ひょっとして、営業日ではないのではないか。
どう見ても歓迎ムードではない。
係員の姿はどこにもなければ清掃員も見当たらない。
「たぶん大丈夫なはず……あのエレベーターに乗ろう」
警戒しながらエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
総平の案内で、って言っちゃったもんな。
ここまで連れてきたからには何らかの目的があるのだろう。
「ところで、幸雄くんは日曜日の朝のヒーロー番組って見たことある?」
「いいや」
「そうか……じゃあ、見覚えないかもな……」
エレベーターが上の階へ着いた。
建物の外に出られるようで、通路を進んでいく。
目の前にレインボーブリッジが見える。
船は行き来しているが今はこの港には泊まらないようだ。
青空に太陽がひとつ。
「この場所はよくヒーロー番組のロケ地として使われている」
その太陽の光を乱反射するオブジェが置かれた広場。
オブジェのほかには何もない。
イスやテーブルの類がなくただのスペースがある。
なかなか景色は良い。
「ここで幸雄くんに質問。ヒーローの条件とは?」
海を背にして、総平はおれに問いかける。
この質問は総平が“ヒーロー研究課”だからなのか?
「ヒーローに条件があるとすれば、そうだな……やはり、この世界の篠原幸雄のようにエクセレントでビューティフルな存在だろう」
英雄とは気高く美しく、華々しく、歴史上に名を残していく。
総平は肩をすくめて「それだと、俺はヒーローになれないな……」と自嘲気味に笑った。
おれにもなれないと思う。
今の“この世界の篠原幸雄”の姿をしたおれは、やらなければならない。
なれるかなれないかじゃない。
おれは、この世界を救う“ヒーロー”にならないといけない。
それが今のおれの存在意義だから。
「でも俺は、あのときからずっと、誰かを助けられるようなヒーローになりたいと思ってる。だから、今回も幸雄くんを助けられるように努力する。ここで誓おう」
「!」
おれにはわかった。
あとはアンゴルモアに気付かれないようにするだけだ。
気付かれないように、総平はおれにヒントを与えようとしている。
「今度俺から幸雄くんに電話をかけたとき、周りに誰がいても、誰かと話していても、どんな状況下であっても、絶対に! 電話に出てほしい! ……多分、これで何かが変わると思う」
【ループしている世界で俺は生きる】
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