Re:第9話

 ここんところ順調にいけている。

 意外とやればできるじゃん。

 おれ。

 もっと自分に自信を持っていこう。

 外面だけじゃなくて内面もね。


 白菊美華みたいに、手元に本があったら確認しながらいけるんだけど。

 不公平じゃん。

 おれの買った偽アカシックレコードのほうはクリスさんに回収されちゃったもんなあ。

 あのとき死守していたらやりやすかったかもしれん。




 現実がスムーズな代わりなのか、何なのかはわからないけど昨晩は変な夢を見た。


 おれと純白のウェディングドレス姿のレディがヴァージンロードを歩き、神父の面前に立ち止まり、向かい合う。

 ヴェールをどけると麗しくメイクアップした天平先輩。


 なんでそこで天平先輩が出てくんの。

 おかしくない?


 突如教会に鳴り響く轟音。

 扉のほうを見れば大型バイクに跨った白無垢姿のキャサリン。

 バイクをその場に倒し、どすどすと駆け寄ってきておれの左手を取る。


「ダーリンはキャサリンのダーリンだからぁ!」


 神父に宣言してから、キャサリンはおれをぐいぐい引っ張ろうとする。

 そのキャサリンの左頬を平手打ちする天平先輩。

 キャサリンはひるまない。

 おれの腕にしがみついて「芦花ちゃんには絶対に渡さないから!」と主張している。


「せやったな。ほなら、勝手にやっとけ」


 天平先輩はキャサリンの背後を指差した。

 その先に立っていたのは総平だ。

 なぜか真っ赤なジャージ姿。

 この教会のこの結婚式の雰囲気には似つかわしくない。


 ふざけてんの?

 なんかのコスプレ?

 

「うちはオーサカ支部がこれからどうなってもええし」


 夢とはいえとんでもないことをおっしゃる。

 自分よりも体格の良いキャサリンを突き飛ばすと、総平の方へ駆け寄っていく。 


「ダーリン……!」


 赤絨毯に尻餅をついたキャサリンが、潤んだ碧眼でぼくを見上げた。

 ぼくはキャサリンに手を貸して立ち上がらせる。

 天平先輩は“かつての仲間に危害を加えてまでも新たな仲間を選ぶ”ような女性……ではないはず……?

 疑問符が浮かんでしまうのは、心のどこかで天平先輩を信じきれていない気持ちがあるのだろう。


「さっちゃん、顔色悪いよ? 寝不足?」


 総平はおれの心配をしてきた。

 天平先輩でもなければキャサリンでもなく、総平がぼくの体調を気遣うとは。

 みんながみんな前回の記憶を忘れてしまっている中で、知恵ちゃんによる記憶のリカバリーが可能な総平を頼りにしたい気持ちの表れか?


 でもひとつ言いたい。

 つい最近3日間も眠っていたのに寝不足なわけがあるか。


「わしはねえさんのことが好きじゃ!」


 不意に導の声がした。

 振り向くと、神父の背丈がみるみるうちに縮む。

 神父は能力【変装】を使った導だった。






「……という夢を見ました」

「なんでそんなおもろい夢にわては出てこないのかな」


 おれは大真面目に相談している。

 相談している相手は、心底つまらなさそうな顔をしている築山。


 まあ、この世界の篠原幸雄はともかくおれはお前のことを信用してないからじゃん?


 やがて頬杖をついて、片手で週刊誌のページをめくり始めた。

 天平先輩は外回りに出かけていて不在。

 導は修学旅行でトウキョーへ行っており、今日の夕方に帰ってくる。

 気になる女の子とおなじ班となったとかで、築山や天平先輩にデートスポットを訊ねていた。


 いいなあ。

 おれもそういう経験してみたかった。


「おれが気付いていないだけでどこかにはいらっしゃるのでは」


 おれと天平先輩の結婚式なのだとすれば、上司である築山がいないのはおかしい。

 夢に真面目に突っ込んでも仕方ないか。


「まあ、キャサリンと芦花ちゃんが幸せになってくれればどうでもええ話やな」

「おれのことはどうでもいいとおっしゃる?」


 質問に対して築山は「さっちゃんなら自分で考えて自分で決めるだろうからな」とせせら笑った。


 確かにそうだ。

 本来の“ぼく”ならば悩まない。

 自分のことは自分で決めて突き進んでいくだろう。


 見た目も人生も違うのに、“ぼく”はおれを篠原幸雄と信じてくれていた。

 もしおれが篠原幸雄ではなく別の人間だったら何を話しても信じていなかっただろう。

 この世界の篠原幸雄=“ぼく”は自分大好き人間だったから。


 待てよ。

 何を根拠に“ぼく”はおれが真の世界の篠原幸雄だと信じた?

 おれがそう言ったから?


 まあ、本人いないから考えても無駄か。

 答えが返ってくるわけでもないし。


「キャサリンはあれでいてメンタル弱いんだよな。昔から変わらん」


 築山は古い週刊誌を引き出しの中のBB弾から取り出した。

 オーサカ支部のスターティングメンバーは築山とキャサリンのふたりだったと、この間キャサリンが話していたのを覚えている、


「ちょろっとでもへこむとひきこもるからな。がきんちょに『ブス!』ってののしられて1週間出て来いへんかったな」

「その子どもに日が暮れるまで説教してきます」

「してきてもええけど、その前に昔話をさせてもらおうかな」


 あっ。

 前回の築山の死因に直結してきた“昔話”だ。


 築山は週刊誌のページをめくり、開いた状態でぼくに手渡してきた。


「この事故とキャサリンとに関係が?」


 正確にはキャサリンと、だけではなく築山とも関係がある事件。


 飛行機事故があった。

 日本からアメリカへ向かって離陸したのに、太平洋の海上で爆散。

 乗客1名を残して全員行方不明ないし死亡。

 いまだにすべての遺体を発見できていない。


「キャサリンのガールフレンドがスッチーでな。巻き込まれて亡くなられたんだと」


 このときの生き残りの1名が築山ご本人だ。


 おれは自慢話を聞かされている。

 当時は“奇跡の奇術師”としてメディアに取り沙汰されていたし。


「ガールフレンドを亡くしたキャサリンはそのガールフレンドの姿になろうとして【縫合】を手に入れ、パーツとパーツとを縫い合わせて、亡き彼女の姿に近づいた」


 おれは“ぼく”の思考回路に近づくため、“ぼく”が興味を示していた能力者保護法について調べた。

 能力の定義は“科学では証明できない不思議な力”らしい。

 なんというか、ふんわりしている。


 この世界で“能力”を発見し“能力者”を判別する装置を作り上げた氷見野雅人博士によれば、人間が“能力者”となる契機としてが必須となっている、のだとか。

 これがはっきりと原因であるとまでは言い切らない形で論文に書かれていた。


 キャサリンのように、大事なガールフレンドを不慮の事故で亡くしたとなれば。

 追い求める理想像。

 失われて戻ってこない彼女。

 思い出のなかで美化されていく姿。

 ……キャサリンの自宅の壁に、キャサリンの写真が貼ってあるスペースがある。

 特段気に留めることもなかったが、あの写真はキャサリンではないのかもしれない。


「そういや当のご本人は今日も寝坊かな」

「ぼくが出てきた時はまだシャワーを浴びていました」

「まあ、ここんとこ暇だからええけどな。ジャックもまだ入院中っていうしな」


 築山が週刊誌を閉じて、保管されていたBB弾のサイズに戻した。

 ハロウィンの日に導が昏倒させた(おれは倒れてしまっていたのでその光景を目の当たりにしていないが、相当強い力で殴ったらしい)ジャック。

 一連の窃盗事件の重要参考人として警察の方が捜査すると聞いた。

 ジャック本人は関与を否定していたが。


 それもそのはず、楠木は窃盗団とは一切関係ない。

 予告状を出したのは篠原幸雄を呼び出したかったからだ。

 犯行場所と決闘の場所が被っただけと考えると窃盗団が気の毒。


「ところで、ここに映画の鑑賞券が2枚ある」


 引き出しから取り出したチケットをひらひらさせる築山。

 おれが「2回観に行けますね」と答えると、ムッとしたような顔をされてしまった。


「知り合いからもらったんやけど、わては映画館で観るより家で好きなつまみを食べながら観る派なんだな。だからさっちゃんに渡そうと思う」

「おれにですか?」

「変な夢を見るのも、疲れとるからやろうしな。息抜きになるといいな」





【紅を塗ってもブスはブス】

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