第20話

(ちゃんと目的地にアライブできてえらい。

さすが“もう1人”のぼくだ)


 今朝からどうも“ぼく”の態度がおかしい。

 うまく言い表せないけど、なんというか、こう、キモい?


(ぼくはオールウェイズこの通り。

気持ち悪くなどない)


 まあ、おれの気のせいならいいんだけど。


 というわけで、神佑大学の正門前にやってきた。

 オーサカからトウキョーへ。

 腕時計(調べたら数百万する超高価なものだった。これを『中学校の卒業記念でパパからもらった』と言うのだからやばすぎる。金銭感覚ー?)で時間を確認する。

 待ち合わせ時間の5分前。


 まだ総平の姿は見えない。

 一般的な社会人なら早めに行動して先に待っているもんじゃね?

 いや、おれにまともな社会経験がないから一般論として。

 向こうが誘ってきたんやぞ。


(あの中年男性が総平では?)


 ぼくが指差す先を見る。

 横断歩道を待っているおじさんが風車総平だ。

 カーキ色のモッズコートにショルダーバッグといういでたち。

 平日の昼間とあってトウキョーのでかいキャンパス付近にしては人通りは少ない。

 信号が変わって、おれの姿に気付いたのか手を振ってくる。


(振り返すべきでは)


 えー。

 恥ずかしくない?

 ついこの間知り合ったばかりのおじさんに手を振り返す美形の青年って何?


「いやー、ごめんごめん! 借りておいた鍵が見当たらなくて探してたらギリギリになっちゃって」


 言い訳しなくても時間通りには着いてるから。

 おれが怒ってるように見えたんかな。

 表情の作り方を研究しとこ。


 鏡見てイケメンが映るの、いまだに慣れてない。

 元のおれには鏡を見る癖がなかったし、むしろ意識的に避けていたから余計に。


「持っていこうとしていたカバンの中に入れっぱなしだったよ。電車に乗る前に気付いてよかった」


 ありがちなやつだ。

 財布やスマートフォンが見つからなくて焦るパターンもある。


(パーフェクトなぼくは出発する前に荷物のチェックを怠らない)


 そうだな。

 おれがオーサカの自宅を出る直前に指差し確認してたもんな。

 おかげでハンカチとティッシュまで持たせられたけど。

 いらんやろ。


「ところで、真の世界の“もう1人”の篠原幸雄くんって長くて言いづらいから略してシンでいい?」

「めちゃくちゃな略し方するじゃん!?」


 ササハラサチオから1文字も取らないのかよ。

 偽“アカシックレコード”に対しての真の世界が現実世界って言いたいのはわかる。

 偽の反対は真だからね。

 現実世界から転生してきたおれだし。


「その反応、こっちの世界の幸雄くんっぽくないから今はシンの方が前に出てきてるってことね?」

「というか、おれのほうがホンモノの篠原幸雄なんだからさ。こっちの世界の“ぼく”のほうにニックネームをつけてやってくれない?」


 シンか。

 いい名前だ。

 よろしく、“もう1人”のぼく改めシン。


 あのなー。

 ぼく。

 適応するの早すぎない?

 おれは納得いかないぞ。


「真の世界の篠原幸雄くんと俺には接点がなくて、こっちの世界の篠原幸雄くんとのほうが付き合い長いから」

「ぼくが総平と会うのは今日が二度目では」

「声のトーン変えるとか瞳の色が変わるとかしてほしいよ……今は幸雄くんのほうね?」


 ああ、そうか。

 はたから見ると主導権がどちらにあるのか分かりにくいのか。

 見た目が変わればみんなわかりやすそうではあるな。

 明らかに違うのって口調ぐらい?

 こちらの世界の“ぼく”、日本語の中に英語混じるよね?


 まあ、どっちもおれだからどっちと会話してもいいんじゃね?

 見ている映像は共有できているし。


「この前話したけれど、。幸雄くんは覚えていないが前回も前々回も前々前回もずっと前から俺は幸雄くんと会ってるよ」


 待てよ。


 その理屈だと総平が忘れていないのはなんで?

 リセットされるなら総平も例外じゃなくないか?

 真の世界から転移してきたから?

 でもなんかクリスさんに頼んで転移させてもらった的な話してたし?

 総平もまた偽“アカシックレコード”の登場人物である、よね?


「どうして総平はメモリーをキープできている?」


 そうだそうだ!

 矛盾を作るな!

 このかっこよくて頭もよくて非の打ち所がない“ぼく”にできないことなんてない!

 できなくても努力と根性でなんとかする!


「この世界で大事なのは記憶じゃなくて記録だよ。今日はこれから偽“アカシックレコード”のシステムに巻き込まれない、記録の保管庫へ連れて行く」





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