第19話
中学生の姿の“もう1人”のぼくへと届くように「それは違う!」と声を張り上げる。
しかしこの声への返答と、この事件の結末を見る前に別のシーンへと移行した。
夢は残酷だ。
ぼくは今、ビルの屋上にいる。
正確には屋上へとつながる出入り口の上空だ。
「どうして死のうとしているんですか?」
作倉部長が問いかける。
その視線の先には先ほどの姿からは成長した“もう1人”のぼく。
無事に成長しているなら、先ほどのシーンは切り抜けたということか。
ぼくのパパは“もう1人”のぼくを見捨てはしなかった。
やはり“もう1人”のぼくは気付いていないだけで、こちらの世界のパパもぼくに愛情を注いでいるのだ。
そうに違いない。
それでこそぼくのリスペクトするパパだ。
「わたし個人としては別に引き止めたいわけではないので。死ぬなら死んでもらっても構いませんよ」
作倉部長も現在の姿より若い。
くたびれたカーキ色のスーツを着ていて、濃い色のサングラスをかけている。
とんでもないセリフをおっしゃるが本心からの言葉ではないだろう。
その証拠に「わたしは“能力者保護法”に基づいて結成された組織の代表者で、自らが赴いてメンバーを集めるのがメインの業務です」と“もう1人”のぼくに説明している。
「そんな組織なんか知らない!」
あと1歩踏み出せば落下しそうな位置から“もう1人”のぼくは叫んだ。
今度は身体をフリーに動かせる。
ぼくは“もう1人”のぼくの身体を力一杯に押して安全なポジションへの移動を試みた。
足の裏が地面とくっついているかのように動かせない。
ふむ。
夢の中でのぼくは無力と。
「あら。それはそれは」
作倉部長は“もう1人”のぼくの答えに肩をすくめる。
ご自分のアクティビティが助けるべき対象たる能力者たちには広まっていないことが、あるいは、“もう1人”のぼくが能力者保護法に無関心であることに落胆したのだろう。
ぼくは命を粗末にする人間の気持ちはわからない。
だから、現在目の前にいる“もう1人”のぼくの心境はこのパーフェクトなぼくの知能をフル活用しても理解できない。
ここまで来たからには強い覚悟ともっともな理由を以て自らの命を絶とうとしていたはずである。
「これから長い付き合いになりますので、詳しくわたしの能力でも紹介しておきましょうかねぇ」
「これからおれは死ぬ!」
マイペースにトークを進行させていく作倉部長へと言い返す“もう1人”のぼく。
このやりとりが具体的に何年何月何日何時何分かまではわからない。
夢の中なので探索はギブアップさせていただく。
日付や時刻を確認できる何らかがぼくの見える範囲には見当たらない。
それよりも作倉部長と“もう1人”のぼくとのやりとりを聞き取るほうがインポータントである。
「あなたは『死にたくて死にたくてしょうがない』と悩んだ末に、これから先の未来には『何もない』と諦めている。未来が見えないくせにねぇ」
サングラスを外した。
左右の瞳の色が異なっている。
その両眼を除けば、全体的には変哲もないどこにでもいる老人といった風貌である。
風車宗治元首相の秘書として働いていた時代には身なりに気を遣っていたのだろう。
当時も“組織”の“代表者”であるのだからある程度は整えたほうがこの“もう1人”のぼくにも怪しまれずに済んだのではないか。
「わたしには“過去”と“未来”が見えますので。あなたがこれまでどのような人生を送っていて、これから進んでいく道が見えていますよ」
8月26日に“もう1人”のぼくが話していた“未来“では、作倉部長が霜降先輩に殺されるとのことだった。
そして作倉部長はその“未来”を知っていた。
知っているのにあの様子である。
まるでその“未来”を回避する必要性がないかのような、悟り切った表情。
繰り返しになるが、ぼくは命を粗末にする人間の気持ちはわからない。
わからないが、かといって何もしないのは違う。
ぼくは“もう1人”のぼくや総平と力を合わせてここから先の“未来”をチェンジしなくてはならない。
「嘘つけ!」
「それに、あなたも死ぬつもりならわたしがここに着くまでに死んでいるでしょうよ。関係者以外基本的には立ち入り禁止の場所なので大変だったんですよ?」
「うるさい! お前が勝手に来ただけじゃんか!」
「あなたの本質は『死ぬ』だの『殺されたい』だのと騒いで注目されたいだけのかまってちゃんなんですよねぇ?」
……なるほど?
中学生の頃の“もう1人”のぼくは「認めてもらえない」と嘆いていた。
満たされない承認欲求が“もう1人”のぼくを死へと駆り立てるファクターか。
「あなたは無価値な存在などではありません。あなたは“未来”を変えなくてはならない人なので、こんなところで脳みそぶちまけて死なないでくださいよ」
作倉部長には何が視えているのだろう。
間違いなく夢の中なのに、ぼくは作倉部長と目が合った気がした。
「この……おれが? おれに価値が……?」
「わたしはあなたの頑張りも努力も積み上げてきた過去も認めてあげましょう。多くの人命を救えるのなら安いもんですねぇ」
「!」
ふらふらと左右に揺れながら作倉部長へ近づいていく“もう1人”のぼく。
「あなたがコンプレックスと感じているその見た目ですが」
ぴたりと動きが止まる。
中学の卒業式ではぼくが“もう1人”のぼくであるとその顔だけでは判別できないほどに瓜二つの顔をしていた。
だが、この時点までに“もう1人”のぼくの身に降りかかったのであろう“事故”で、この“もう1人”のぼくには顔半分に火傷の痕が残っている。
火傷だけではない。
随所に青あざがあり、手首にはいくつもの切り傷があった。
「怖がる人もいるでしょうし、あなた自身にまた死のうとされても困りますので、わたしのほうでなるべく人と関わらないような働き方を考えましょうかねぇ」
ぼくは、
なんて、
「あー! よく寝た!」
まだ未開封のダンボールが残るワンルームの部屋。
引越し業者が適当なポジションに置いたベッドの上。
おれは目を覚ました。
「久しぶりに夢も見ないで爆睡したなあー」
夢は見ていたのかもしれない。
かもしれないけど覚えてないってことは見てないのと同じ。
まあ、これだけしっかり眠れたなら今日も元気に動き回れるだろう。
で、どうしたの?
なんか悩み事?
もう一眠りす……る時間はなさそうだな……。
(ぼくときみは一心同体、いや、二心同体といえよう。
運命共同体とも言える)
う、うん?
どうした?
今更?
(もしぼくに肉体があるのなら、今すぐにきみをハグしてやりたい)
いや……それは別にいいかな……。
あったとしても遠慮しときたい……。
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