第13話


「だいたいわかった」


 扉を開けてリビングに初見のおじさんが入ってきた。

 トレンチコートの中にフード付きの灰色のパーカーとダメージジーンズというラフな服装である。

 季節感……?

 まあ、9月だから寒く感じる人もいるか……。


 おい。

 ぼく。

 この人誰か知ってる?


(知らない。

本部にもこんな冴えない男がいた覚えはない)


 だよね。

 家主どこ行った?

 さっき“電話してくる”って言って出て行ったきり戻ってこない。

 扉が開いたからてっきり戻ってくるものだと思って見たらおじさんだった。


 困ったな。

 もし空き巣だったらどうしよう。

 下はオートロックだったけどマンションに入っていく人について行っちゃえば入れちゃうもんな。


 片手になんか持ってる……VRゴーグルって言うんだっけこれ?

 おれは使ったことないけどVR動画が見られるやつでしょ?

 おれは使ったことないけど。

 高いし。


「そんなポカーンとしなくても……“もう1人”の幸雄くんなら俺のことを知っているはずだよ」


 知らんが?

 名を名乗れよ名を。


 ん?

 いや?

 わざわざ“もう1人”の幸雄くんって呼んできた?

 なんで初対面のおじさんがおれの存在に気付いている?


「おれをご指名と」

「幸雄くんが自分のこと“おれ”って言うの、俺としては聞き慣れていないせいで違和感あるよ」


 おれの向かい側の席におじさんが座る。

 テーブルの上に置かれるVRゴーグル。


 ぼくのことを昔から知っているかのような口ぶりで話してくれるじゃん。

 ぼく、本当に知らないの?

 なあ。


(嘘をついてどうする)


 ほんまそれ。

 でもこのセリフ、以前からの知り合いからしか出てこないもん。


(“もう1人”のぼくのアカシックレコードの知識から絞り込めないか)


 というか向こうが名乗ってくれれば早いんだけど。

 天平先輩のたぶん知り合いで、これぐらいのおじさんでしょ?

 知り合いじゃないんだとしたら今すぐ追い出さないといけない。

 冷静に考えて女性の一人暮らしの家に上がり込んでくるおじさん、親族かやばい奴じゃん?


 天平先輩の親族は確かこの辺には住んでいないはず。

 父親にしてはちょっと若い気はする。


 ストレートに名前聞いていくか。


「どちら様でしょう?」


 おれが訊ねると、おじさんはスマートフォンを取り出してその画面を点けた。

 目を細めて画面を遠ざける。

 老眼が始まっている人の動きだ。


「今日ってまだ9月1日か。これまでだと11月に出会っていたはず」


 いや、だから名を名乗れよ。

 勿体ぶるなって。

 スマートフォン出したのって今日の日付を確認するためか。


(これまでとは?)


 わからん。

 今年の11月3日が何曜日かは確認してみないとわからないけど、その週の金曜日に築山から映画のチケットを渡されて翌日に風車総平と映画を観に行く。

 みたいなエピソードがあったはず。


 11月3日はこの世界でも祝日だろ?

 この日の天平先輩と風車総平のデートをぼくは妨害しに行って「風車総平が天平先輩にふさわしい男かどうか」を判断しようとするんだよ。


 ということは?


「お前が風車総平か」


 まさかな。

 確か30代前半ぐらいのはずだ。

 目の前のおじさんはもう40は過ぎていそう。

 そりゃあ、ぼくもめちゃくちゃ可愛い天平先輩の相手としてどうなの? ってなっちゃうわ。

 はたから見たらパパ活と勘違いされかねない。


 天平先輩が年上好きなだけ?

 枯れ専ってやつ?


「そうだよ。俺が風車総平だ」


 うーん、そうかー!

 想像と違う!

 アカシックレコード読んだ感じだともうちょい若そうだったけど?




【Grade】

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