ハダカデバネズミの幸年期 パート2
星都ハナス
第1話 ホットフラッシュ!
それは突然やってきた。夫の方が先だった。
ワクチン接種券ですか? 年金定期便ですか? 特定健康診断、あっ、もういい。郵送ではない。ポストには来ない。
ホットフラッシュだ。サブタイトルに書いてあるじゃん。
相変わらずめんどくさい冒頭部分である。そして態度がデカい。反省。
ホットフラッシュって何? それ美味しいの? とよく聞く時代遅れのツッコミを入れておく。だって若い子って知らないでしょう?
「最近ね、動悸がしてのぼせてね、もう私、更年期かもしれない」
職場で若い子に言った事がある。私の言葉に反応したその子はドヤって言う。
「あっ、それってフラッシュバックて言うんでしたっけ。私の母も……」
お母さん、何を思い出しちゃってるのかな? お大事になさってください。
聞いたことはあるんでしょうね。切実な問題じゃないとね、覚えないよね。私は彼女にホットフラッシュの症状を細かーく説明してあげた。
ホットフラッシュ。
更年期になると、エストロゲンというホルモンが減少するの。それで、自律神経の調節が上手くいかないから血管の収縮や拡張のコントロールが出来なくなって、のぼせやほてりが起きるの。動悸や息切れ、急に顔だけ熱くなったり、汗が止まらなかったりするのよ。それからね、ねぇ、聞いてる?
うん、説明しなければよかった。興味ありませんって顔をされた。
仕方ない、夫に話を戻そう。今から八年前、夜中に突然起きる夫。いつものようにトイレかしら? 行くなら静かに行って欲しいと寝返りをうつ私。パジャマを脱ぐ音が聞こえて、まさか今から致すのですか? 明日仕事ですよ、まっ、別にいいけど。ポッ。違う意味でドキドキ動悸が止まらない私に夫が言った。
「……汗かいてる。びっしょりだ。替えのパジャマ持ってきてくれるかな」
綿100パーセントのパジャマがビッチョリと濡れている。怖い夢でも見たのかしら? それにしてもこの汗のかき方は異常だ。
同じ事が翌日にも起きた。夫はまだ五十代になったばかり。三日続いて焦った私は家庭の医学を調べた。
何ですと! 男性にも更年期がある事を知る。男性の場合はテストステロンという男性ホルモンの低下が原因らしい。性欲減退にもなるのよね、きっと。知らんけど。
夫のホットフラッシュは数日で終わった。嵐のようにやって来て嵐のように去っていく。台風一過のように、夫の更年期症状は軽く済んだ。良かった。
───五年後、私も五十代の大台に乗ると、その時は突然訪れた。
「はっ、鼻血が出そうだよ。顔だけ熱い。のぼせてる。何で? 顔はめちゃくちゃ熱いのに、下半身は冷えてる。こ、これがホッタ、違うホットフラッシュ!?」
夕飯の片付けをしている最中、思わず声を上げる。真冬なのに顔だけ熱い。熱くて頭がボーっとしている。洗い物をした冷たい両手で頬を覆うと気持ちがいい。
私にも来た更年期症状。代表症状のホットフラッシュを体験する。
エストロゲンが減少しているのね。でも大丈夫。あまり酷くなるようならホルモン補充すればいいの。今のところはのぼせる程度だ。頭痛もめまいもない。
私は自分の身体の変化を素直に受け入れる事に決め、浴室に向かった。
若い頃のぴちぴち肌はカサカサ肌になるのだよ。
お腹は痩せないのに、歯茎は痩せる切なさよ。
夫の好きだったポニーテールがもう出来ない。抜けて排水溝にたまる髪の毛の多さよ。シャンプーは香りよりもふっくらというワードに飛びついた矢先のホットフラッシュ到来だ。
「あー、極楽、極楽。今日も一日頑張りましたっ。明日は明日の風が吹く。いや明日はあたしの風が吹く。なんちゃって!」
お風呂に浸かっていつものセリフを言う私。独り言ともいうね。
結婚して二十五年、ケンカもしたし、離婚を考えた事もある。それでもここまでやって来られたのは、夫の優しい性格と忍耐力だ。
二十代の頃の私はイライラすると、感情を爆発させた。怒っていることを論理的に説明出来ない事もあって、物に当たる。
ヒステリックだった。目の前の物を壊す事で精神的に落ち着く。こたつ布団をカッターナイフでビリビリにする。自分の髪の毛をバッサバッサと切る。
夫は私のヒステリー行動が収まると、必ず抱きしめて謝ってくれた。
今はもうそんな激しい怒りもエネルギーもない。髪の毛も無駄にできない。
狂犬、暴れ馬、ん? 色白だから暴れ豚だった私を大事に扱ってくれた夫に感謝しながら、湯船から出る。
湯気の向こうに映るのは何? 鏡に映っているのは誰?
私は鏡をキュッと拭いた。なんか見た事があるような、ないような。
小さい目。上向きの鼻。長い前歯。薄い毛。
ウーパールーパーみたい。けどなんか違う。
───ハダカデバネズミだ!
鏡に映る私は、ハダカデバネズミにそっくりだった。
ここでハダカデバネズミを知らない人に説明したいと思う。上から目線。
ハダカデバネズミとはもちろんネズミの仲間である。猫のヒゲに相当する「感触毛」があり目が見えない。体毛はなくハダカである。
唇の上下から皮膚を突き破って飛び出している出っ歯が特徴。
寿命は約30年。ガン耐性や老化耐性、低酸素状態の耐性がありただのネズミとは思えない。
鳴き声は17種類。それを組み合わせてコミニュケーションをとる。集団での協調した行動ができ、仲間のため、特に家族のために献身的に働く。
見た目に親近感を持った私は、デバネズミの特性を知って感銘を受け、ある事を決意した。
デバネズミのように
───更年期を幸年期に変えましょう! と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます