11.
わたしと八坂さんは、静かにピクピクと鳴動する赤黒い壁に囲まれた、黒いクジラの体内を進んでいく。
内部はもっと複雑だろうと思っていたが……そんなこともなく、長く曲がりくねった一本道が続いているだけだった。
そして、目的のモノは――案外すぐに見つかった。
「あっ、光が……っ! もしかして――」
「そうね。これはきっとコアの光に違いないわ」
――コア。どんなに大きなネガエネミーでも、結局はそれ一つが、その身体、力を維持するのに必要なエネルギーの供給源なのだ。それはもちろん、この大きなクジラのネガエネミーも例外ではない。はずだ。
「ちゃちゃっと壊して、終わりにしちゃいましょうか。氷乃さんにこれ以上負担を掛けられないし……」
「そうですね……」
そんな事を言い合いながら。眩い光の差す、一本道の曲がり角の先を見たわたしたちは――思わず息を呑む。
目の前に広がっていたのは――広い部屋に、無数に散らばり、浮かび上がっている――ひとつひとつ数えるのが馬鹿らしくなるほどの、
それぞれ、赤、青、黄、緑、白、黒、紫――別々の色に光り輝いている、そのどれもが――ネガエネミーの力の源、間違いなく『コア』だったのだ。
「どッ、どういう事なの……!? 原則、コアは一体につき一つ――なはず……ッ!?」
「もしかして、これを全部……壊さなきゃいけないんですか……?」
ざっと百、二百、三百――それ以上はあるだろう。途方もない数のコアを前に、わたしたちは呆気に取られる。
「道理で、私たちの攻撃なんて効くはずも無いわよ。こんなに力を貯め込んでいるんだもの……」
コアが一つでさえ、魔法少女としての力を使ってやっと戦えるような相手なのに。それを何百個も持っている相手――ハナから、正々堂々と力勝負で戦える相手であるはずがない。
しかし、こんな所でいつまでも立ち止まっている訳にもいかない。とんでもない力を宿すこのネガエネミーを倒すには――あのコアを全て、一つ残らず壊さなくてはならない!
「行きましょう、八坂さん。ここで諦めたら、外で操られてるみんなが……っ!」
「ええ、もちろんよ! ひとまず二手に分かれて、全て――壊してしまいましょうか!」
そう言い、わたしと八坂さんは――それぞれ右、左へと分かれて、夜空の星のように散らばり光り輝く無数のコアに向かって再び、飛び立った。
***
『――Deliele Ga Full Flowa【
詠唱し、生み出したのは――わたしの得意武器で、右手に握る、硬く長いフランスパン。そして、それを剣のように――一振り。
――キイイイインッ!
剣と剣が互いに刃を交えた時のような、甲高い金属音が響く。しかし、対するコアには傷一つさえ付かない。
「……そんなっ、あの時はこれで壊せたはずなのに……」
それを後ろで見守る、パンの姿をしたわたしのサポポンが、少し悩みながらも口を開く。
『もしかすると――ここにある全てのコアが互いに、硬度を補いあっているのかもしれない。……そもそも、一体のネガエネミーに複数のコアがあるなんて、例外中の例外だから――断言は出来ないけれどね』
「そんな……。それじゃ、一体どうすればいいの……?」
サポポンでさえ『例外中の例外』だと――そう言うこの状況を前に、わたしはすっかり途方に暮れる。そして、わたしとは反対側に向かった八坂さんも、しばらくするとこちらへ飛んできた。
「そっちはどうかしら……? 私の方は無理だった。擦り傷すら付かないわ」
「こっちもです……。コアが、互いに力を補い合っている……って、サポポンが……」
「なるほどね……。外側も中も、守りは万全って所かしら」
八坂さんは右手で額を抑え、悩み始める。その間にも、わたしは近くにあったコアをもう一度フランスパンで殴ってみるが……やはり、びくともしない。
「闇雲に攻撃しても無駄でしょうね。……互いに補い合っている、というのなら……例えば、このコアを全て、同時に攻撃する――とか」
「それなら、八坂さんのガラス瓶で……」
「確かに数は撃てるけど――威力が足りないわ。私だって、自分の強みくらいは理解してるつもりよ。だから、それはさっきも試してみたのだけれど……でも、無理だった――」
「……じゃあ」
それなら――と。わたしは、一呼吸置いて。
「わたしと八坂さんの、足りない部分を――こちらも、補い合えばいいんですっ」
「……?」
戸惑う彼女を前に、わたしは一つ、ふと思い付いたことがあり……それを試してみるべく、詠唱する。
『――Deliele Ga Full Flowa【
わたしの詠唱で、丁寧に焼き上げられたのは――ひと口サイズの、小さなパンだった。そして、そのパンは心なしか、光り輝いているような気がした。
魔法によって焼き上げられたそれをわたしは掴むと、そのまま八坂さんに手渡した。
「わたしの魔力をたくさん練り込んだ、特製のパンです。これを食べれば、一度きりですけど……わたしの得意な『
……パン自体に魔力を込めて、それを食べることで魔力を受け継ぐ――それが、無数のコアの力からこちらも発想を得た、わたしと八坂さんの長所を補い合う、
もちろんこんな事をするのは初めてで、成功するかどうかは分からない。しかし、相手も同じく初めての、イレギュラーな敵。それが僅かな望みの賭けだったとしても……とにかく試してみるしかない。
「……なるほど。朝野さんは本当、突拍子のない事を考えるわね……。分かったわ。試してみる」
彼女はそう言うと、受け取ったパンを――ぱくりっ! 一口に……何度か噛んだのち、そのままごくりと飲み込んだ。そして、八坂さんが静かに口を開くと――
『Thirt all Mistue Delive【
十、二十、三十。百、二百、三百――大量のコアに負けじと、こちらも大量のガラス瓶が生み出される。
そして何より、そのガラス瓶には――金色の
「――発射――ッ!」
八坂さんの叫びと同時、オーラを纏った無数のガラス瓶が一斉に飛ばされる。
そして、コアとガラス瓶がぶつかり――バリバリバリバリバリバリィィィィンッ!!
目の前に浮かぶコアが砕けるのをただ一瞬、二人は目の当たりにしたその直後――全方位に浮かぶ無数のコアがあったそれぞれの場所から放たれたのは、虹色の光。
息をする間もなく、二人は虹色の光に包まれていき――
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