7.
「気をつけるべきなのは、あの速さで繰り出される『突進』――逆に言えば、それさえ気をつければ手強い相手じゃないわ。
作戦……だなんて、大層なものじゃないけれど……私が囮になって引きつけるから、朝野さんはタイミングを見計らって、そのフランスパンでトドメをお願いしても良いかしら?」
「分かりましたっ!」
さっきは一人で先走ってしまったが、もう同じ失敗はしない。しっかりと役割分担をして、与えられた役割をきちんとこなす。わたしはそう、心に刻みつけた。
わたしに向けてそう言うと、彼女は静かに口を開き――
『Thirt all Mistue Delive【
彼女の詠唱、その間に挟まれた魔法名――『
詠唱と共に、彼女の周りに十、二十、三十と――次々に、大量の『ガラス瓶』が生み出される。
「……これが
やはり、サポポンがわたしに言った通り『ネタ切れ』みたいだ。
炎とか水とか、魔法と言われて思い浮かぶようなメジャーな能力ではなく、わたしの能力同様、どこかニッチな『瓶を生み出す』……という魔法だった。
魔法少女と言われて、ガラス瓶を生み出して戦う――だなんて、わたしの『パンを焼く』という力と同じく、どう戦うのか想像もつかない。
「――発射――ッ!」
大量の瓶を生み出した彼女は続けて、一言。そう叫ぶと、指先で指し示した方向――目の前に浮かぶ大きな眼球に向けて――生み出された瓶が全て、弾幕を張るかのように、一斉に飛んでいく。
――ガシャガシャガシャバリバリバリバリィィッ!!
眼球へと飛ばされたガラス瓶は、耳を刺すような高く激しい音と共に次々と割れ、砕けていき……その中から、無色の液体が溢れ出る。
わたしは最初、それがただの水だと思ったが――
『グギイイイイイイイィィィィィィィッ!!??』
眼球に発声器官なんてあるはずもなく、一体どこから出しているのかも分からないが――確かに目の前の眼球は苦しそうな『叫び』を上げていた。
そして、眼球はあっちこっちへと飛び、暴れ回る。……とてもじゃないが、ただあの瓶が当たって砕けただけで、ここまで苦しむとは思えない。――その答えは、
「……あの中身は『塩酸』よ。理科の実験で使うやつ――なんかとは比べ物にならないくらい、濃いんだけれどね。もし、間違って触っちゃったら大変な事になっちゃうわね……?」
塩酸。たしか触れたら火傷するんだったっけ。そんな危険物をあんなにびっしゃりと浴びれば、そりゃあ、あんなに発狂して暴れまわり、のたうち回るだろう。
このままいけば、八坂さんのガラス瓶による砲撃だけであの眼球を倒せてしまいそう。そう思ったが――
「でも、私の攻撃はどうしても……相手をじわじわと苦しめることしかできないの。朝野さんみたいに、一発でトドメを刺せるような、必殺技みたいなものが私にもあれば良かったんだけどね」
確かに、わたしよりも遥かに魔法少女としての経験も、場数も違うので当然かもしれないが――あれは圧倒的で、強烈な攻撃だ。
しかし、彼女の言う通り――ゲームで言うならば毒にかかったような……いわゆる『状態異常』のように。じわじわと、確実に相手を追い詰めていく、そんな攻撃。
しかし、あの眼球はネガエネミーの中では小さい方にしても、十分に大きい。それだけタフな訳で、彼女のじわじわと削っていく戦法とは相性が悪い。
現に、あれだけ暴れていたネガエネミーが、次第に落ち着きを取り戻しているのがわたしにも分かった。
「だから朝野さんには、私にできないトドメの一撃をお願いしたいの。怒りの矛先はきっと私に向かうはずだから、その間に横からバシッ――っとね!」
でも、わたしには彼女のような戦い方はできない代わりに、この右手のフランスパンで強烈な一撃を叩き込むことが出来る。
なるほど。と、わたしは一人、心の中で納得した。
魔法少女の共闘とは、それぞれの能力、得意分野が異なるのを互いに補い合うこと。そうして力を高め合うことができるということ。
ただ、さっきのわたしの独断専行のように。それぞれが闇雲に戦っては力が相乗しないどころか、かえって魔法少女同士で邪魔になってしまったりして、サポポンが言っていたように互いの力が最大限に引き出せず、反発し合ってしまう。
ならば、八坂さんのような器用な戦い方ができないわたしは――わたしが得意とする、強烈なトドメの一撃を叩き込むのが仕事なんだ。
「――グギギギギギギギギィィィィッ!!」
暴れ回っていて手のつけられなかった眼球は、完全に落ち着きを取り戻し――ギロッ、と、そのグロテスクな目で八坂星羅の方を睨み付けた。
「それじゃ、任せたわっ!」
「はいっ、任せてください!」
――ゴウッ!! という風を切る音と共に――触手の生えた不気味な眼球が、彼女へと向けて真っ直ぐに突進していき、襲い掛かった。
そして、対する彼女は、それを華麗に避け――目にも止まらぬ超速の『追いかけっこ』が幕を開ける。
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