6.
「あれは……?」
『「浮気心」が具現化したネガエネミーみたいだね。それも、かなり強い負の感情が元となっているようだ。
今までよりも格段に手強い相手だと思うから、油断しないようにね』
目の前に立ちはだかるのは――いつ、倒れてきてもおかしくないような、あちこちが歪んだ形をした大きなアパートみたいな建物だった。地面へと建ち、バランスを保てているのがおかしいほどに。
ネガエネミーであるそれはもちろん、ただの建物なはずもなく――その白い壁を埋め尽くすかのように、ドアが無数に取り付けられていて……ネガエネミー特有の、直球な不気味さがプンプンとする風貌。
そのドアは多種多様で、赤に青に緑に白、柄もさまざまで毒キノコのようにカラフルだ。それがさらに気味の悪さを増幅させている気がする。
「つばめちゃんを操って、どうするつもりだったのかは知らないけど……。そんなことは絶対にさせないからっ!」
わたしは、耳らしきものはないし、そもそもアパートが人の言葉を解するとも思えないし、果たしてこの言葉を聞いているのかも知らないが――目の前の敵に対してそう言い放つと――バサッ! と飛び立ち、歪んだ、奇妙なアパートへと立ち向かった。
(どんな攻撃がくるのか、検討もつかないけど……やることはいつもと同じ。攻撃を誘発させて、まずは相手を見極めるっ)
わたしが動くと、敵も同時に動き始める。……といっても、アパート自体はそこに鎮座したままだった。動いたのは――ドア。
あちこちに取り付けられたヘンテコなドアのうちの一つ。豪邸の玄関のような、煌びやかな装飾が施されたドアが、バタンッ! と豪快に開け放たれ――バババババババババっ!!
そのドアの奥、暗闇の先から無数の銃弾が放たれる。わたしの身体、ギリギリの所を掠めていった銃弾に思わず怯んでしまうも、すぐに次なる攻撃に備える。
……続けて。さっきとは違う、赤く、キャンディーの袋紙のようなポップ柄の扉が、バタンと開け放たれ――その奥、暗闇から。一本の激しく燃え盛る火柱が、わたしを焼き焦がすべく――一直線に、飛び出してきた。
その攻撃はさっきの銃弾よりは遅く、わたしでも軽々と、余裕を持って避けることができた。確かに火柱は、その熱気と威力は凄まじいが……まだ、目視してから避けられるほどの攻撃だった。
そんな攻撃のお陰で少しだけ余裕ができたので、その一瞬の隙で――ギュンっ! 一撃だけ、黄色のエネルギー弾を撃ち込んでみるが……壁に当たると、そのまま感触もなく、バラバラに消散していった。
「……まあ、無理だよね……」
その見た目通りのようで、あのアパートの白い壁は、どうやら並大抵の攻撃ではびくともしないらしい。
さらに。ネガエネミーは、またまた違う扉を開け放ち、その暗闇の奥から――パパパパパパパパッ!! 次は無数の矢が放たれる。矢と矢の間を縫うように、わたしはそれらを全て避けきる。
サポポンが言うには、浮気心……が元になったネガエネミーだと言っていた。つまり――色々な武器に『浮気してる』ってことなのだろうか。ちょっと無理やりな気もするけど……
「ってことは、もしかして……あのドアの数だけ、それぞれ違う武器があるってこと……!?」
もし、そうだとすれば――このまま遠くから攻撃を観察していたところで、毎回それぞれ違った攻撃が襲い掛かってくるのだから意味がない。
普段の戦い方では、永遠にこの戦いは続いてしまうだろう。……ならば。こちらも、攻撃に打って出るしかないっ!
胸に手を当て、心の奥に眠るその『言葉』を呼び覚ます。そして、紡ぐ。
『――Deliele Ga Full Flowa【
その言葉に呼応するように。ドアだらけのアパートの真上に、その長さ――30メートルほどの巨大な、フカフカのコッペパンが焼き上がる。
「いっけえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
わたしの叫びと共に、焼き上がったコッペパンが――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ! という鈍い音を響かせながら、その場で落下をはじめる。
そして、コッペパンはアパートの屋根へと墜落し、瞬間。轟音と凄まじい煙、地震のような揺れに辺りが包まれる。
「やった……、のかな」
初めて、自身の全ての魔力を込めて焼き上げたその超巨大パンに――自分でも引いてしまいそうになる。パンはパンでも、これほどまでに大きければその威力は凄まじい。
これなら……とも思ったが、隣で浮かぶ
『……いや、まだ反応は消えてないっ! 気をつけて!』
サポポンが叫んだのち、晴れた砂煙の先には――多少の傷や崩落はあるが、あれを受けてもなお原型を保つ――頑丈すぎる、不気味なアパートの姿があった。
「うそでしょ……!? いままで戦ったネガエネミーの比じゃない……!」
今まで戦ってきたネガエネミーなら、これで倒せていたはず。サポポンが言っていた通り――本当に、手強い相手のようだった。
続けて紫色の地味なドアが、バタンと開け放たれる。そこから出てきたのは――大量のマジックハンド。
うねうねと曲がりくねるアームに、無数のマジックハンド。わたし一人を的確に狙って、掴もうとするそれを――全て避け切ることは出来なかった。
がっしりと、アームの先に掴まれたわたしは――
「うっ……すごい力……っ! う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『こむぎ――ッ!!』
叫びも虚しく、わたしはそのままマジックハンドの強すぎる力に引っ張られ――抵抗するも、アパートの扉の奥、なにも見えない真っ暗闇の中へと引きずりこまれていってしまった。
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