20 「闇への誘い」
白銀のオオカミはこちらを見た後、森の奥へ走り去ってしまった。
「まずい!見失うな!」
ハルジオンが俺に指図する。
「あっ、ああ!」
俺はそのオオカミ〈ミスリル〉を追いかけた。
―――――
「ミスリル!おいミスリルッ!」
俺は呼びかける。
まだ昼だ。明るいうちに見つけないと。
ガサッ。
前方の茂みから音がした。
「ミスリル!……そこにいるのか?」
俺は問いかける。
茂みをかき分けると、白銀のオオカミがこちらを睨んでいた。
「うぉほほっ。そんな睨むなって!」
俺は両手を前に出した。
「ミスリル、俺だ。カジバだよ」
「ウウッ」とオオカミが唸る。
「怖くねぇから……こっち戻ってこいよ」
俺はゆっくりとその場にしゃがんだ。
困ったぜぇ……やっぱりトネリコやノーラみたいに動物と話せたら便利だよなぁ。
オオカミが吠えた。
俺の身体が一瞬痙攣する。
「ミスリル。俺はお前が怖くねぇぞ?人間の時もそれくらい威勢よくていいんだぜ?」
俺は笑って見せた。
するとオオカミがゆっくりと口を閉じた。
そして恐る恐るこちらに近づいてきた。
その足取りは、なんとなく人間のミスリルにそっくりだった。
「そうだ。俺は味方だ」
オオカミが俺の胸に飛び込む。
すると、その姿が一気に変化した。
銀色の美しい髪。透き通った白い肌。
いつものミスリルだ。
めっちゃ全裸だけどっっ!!!!!!
俺は狼狽える。
「寒いから服ごと擬態しろって!」
ミスリルは俺の胸に収まっている。
彼女は過呼吸気味だった。
「おっおい……大丈夫か」
俺は問いかける。
彼女の顔がだんだん青ざめていくのがわかった。
「ちょっ、何か着るものがねぇと!」
俺は辺りを見渡す。
「私が用意したわ」
突然、背後から声がした。
振り返るとノーミードが立っていた。
彼女は胸元が大きく開いた服を着ていた。〈ちょっと刺激的すぎぃ!〉
手には衣服を持っている。
「わぁ!」
俺の喉から、情けない声が出た。
「どうやら”土の魔力”はちゃんと得られたようね。体調はどう?」
ノーミードが俺に聞いた。マイペースだ。
「おっ俺は大丈夫っすよ!それよりミスリルを……」
俺はミスリルを指さす。
ノーミードは唇に手を当てると、俺からミスリルを取り上げた。
「この子は私に任せて」
ノーミードが眉を上げた。
「あっ、ああ……」
俺はとりあえず承諾した。
俺は呆然とミスリルの背中を眺める。
「……あまり見ないの。乙女の着替えよ。アナタは勇者の末裔と神殿に行ってなさい」
ノーミードが手で俺を追い払った。
俺は頭の整理ができないまま、その場を後にした。
―――――
ミスリルの変身に子供たちは動揺していた。
「心配ない」と伝えると、彼らは本物のオオカミの埋葬にうつった。
俺はハルジオンに状況を伝え、ひとまず土の神殿に向かうことにした。
ガラス張りの建物に入り、地下へ降りる。
エルフの鍛冶師、デックも連れてきた。
土の聖宝器の再現を手伝ってもらおうと思う。
1人でやっても寂しいしなぁ。
「これが土の聖宝器ですか……ハンマー?ですかね」
デックが顎に手を当てる。
「これは戦鎚(ウォーハンマー)だぜ。聖宝器だから何か仕掛けがあるかもしんねぇけど……」
俺は首を傾げる。
「まさか僕も入れてもらえるなんて……ありがとうございます」
デックが丁寧に頭を下げた。
「いいんじゃね?ちょうどこの森の鍛冶師に手伝って欲しいと思ってたしよぉ」
俺は言う。
ハルジオンは不満そうだったが、何も口に出さなかった。
「この森の鍛冶師ですか……僕なんかはまだ見習いですけど」
デックが両手をもじもじとさせた。
彼の格好は革のエプロンに革の手袋。
鍛冶師の服装だ。
外見はまだ子供に見える。背も俺より低い。
「お前ぇ、エルフなんだよなぁ?」
俺は聞く。
彼は他のエルフとは肌の色が違う。
昨日この森にやってきた時は彼のような肌のエルフは見かけなかった。
「僕は……たしかにエルフですが、”ダークエルフ”という種族です」
デックが目を伏せた。
「ダークエルフゥ?」
俺は首を傾げる。
「はい。光の魔力ではなく、闇の魔力を持つエルフです。……魔族というヤツですね」
デックが言う。
「僕は難民で、同種の仲間数人と一緒にここへきました。僕の故郷である”闇の森”は”岩石王の軍隊”に侵略されたので」
「侵略……ねぇ」
俺は呟く。
「100年前のように、僕らの種族を魔王軍に加えようとしているんです」
デックの表情が曇った。
「ダークエルフはエルフの森に入れない決まりですが、僕らがまだ子供であることと職人であることを理由に特例で入れてもらいました」
そうだったのか……。大変だなぁ。
「お待たせ」
ノーミードが階段を降りて神殿にやってきた。ミスリルを連れている。
ミスリルは白いチュニックを着ていた。胸の辺りにノーミードの文字がある。
子供たちとお揃いの服だ。
「その服……子供たちに配ってるんすか?」
俺はノーミードに尋ねる。
「……?いいえ。私は自分のブランドを安売りしないわよ?」
彼女が答えた。
「あれ?その服、子供がお揃いで着てたっすけど?」
俺は首を傾げる。
「ああ。あれはサンタクロースが買って配ったのよ。彼、いいお客よね」
ノーミードが笑う。
「彼からの収益で、またブランドができちゃうわ」
ははん、そういうことかい。
「ミスリルの擬態……以前から練習していたようだが」
ハルジオンが腕を組み、俺を見た。
「前回は長剣になっていたな」
俺は頷く。
「人間以外に自力で擬態する練習だったっけ?」
そうだ。
火の試練ではミスリルが自ら長剣に擬態することで火の守護霊ウルカヌスの目を欺いた。
ミスリルがオリハルコンに頼んで練習していたようだ。
「前回は無機物の長剣だったから言わなかったが。……生物にもなれるなら話が変わる」
ハルジオンが難しい顔をした。
「どうしたんだ?……すげぇことじゃん」
俺はハルジオンに言った。
「いや、かなり危険だ。自由に擬態できるようになったら俺たちは絶対に気づけない。サイレンスの認識阻害並み……いや、それ以上に厄介な能力だ。いつでも逃げられるぞ?」
ハルジオンが俺を睨む。
「……ううむ、なるほどぉ」
俺は納得する。
今までのミスリルは一目見たら絶対忘れない超美人の姿だけだった。
だけど、その辺の鳥や虫に擬態できるようになったら絶対に気づかないだろう。
擬態の時は魔力も感じないしなぁ……。
やっぱ頭いいな、コイツ。
ミスリルはそんな俺たちを見て、泣きそうな顔をした。
……?
そうだよなぁ!!!怖かったよなぁ!!!
「ミスリル、少し休むか?」
俺は彼女に声をかけた。
「私は……」
ミスリルは何か言いかけてやめた。
彼女はノーミードから離れると、そのまま階段を上がって神殿から出て行ってしまった。
「おっおい!」
俺は声を出す。
しかし、もう彼女の姿はなかった。
……どうしちまったんだ?
「僕が追いかけますね!」
隣でデックが言った。
「……いや、俺が」
俺は階段の方を見た。
今のミスリルは明らかに変だぜ。
「カジバさんは再現があるでしょう?」
デックが言う。
「でも、再現にはミスリルも必要だしよぉ……」
俺は言う。
「早く追いかけないと……僕に任せてください。カジバさんは設計図をかいて待っていてください」
デックはそう言って走り去ってしまった――
「で、どうするの?試練やる?」
ノーミードが腕を組み、俺たちに聞いた。
「まぁ……今は1人にしてやった方がいいかもしんねぇな。ミスリル」
俺は頬を叩くと気持ちを切り替えた。
「……難儀な性格だな」
ハルジオンが階段の方を見て呟いた。
「まぁ、俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
「いいわ。じゃあアナタは私と実践訓練ね。”土の鎧”を作れるようにするわ」
ノーミードがハルジオンを指さす。
土の鎧?
何それカッケェ。
「アナタは”土の聖宝器”の再現よ。ミスリルがいないから1人でできることをやりなさい」
ノーミードは俺にそう言うと、近くの生地や素材置き場を少し漁った。
「……ふむ」
彼女が唇に手を当てる。
「?どしたんすか」
俺は尋ねる。
「ネズミがいるわね。……最悪」
彼女が呟いた。
「そりゃあ、こんな土の中だし」
俺は辺りを見渡す。
「……?ネズミは別に好きよ」
ノーミードが俺を見て微笑んだ。
はぁ?
どゆこと?
―――――
とりあえず、俺はひたすら聖宝器の観察をした。
土の聖宝器 ”インパクトクラッシャー” は戦鎚の形状だ。
槌頭に複数の刃がついた回転体がはまっており、魔力を込めることで槌頭が高速回転&振動する仕組みだ。
これなら石像を粉々に粉砕できるなぁ……。
結局デックはミスリルを連れて戻ってこなかった。
見つかんなかったのか……。
俺は試練を切り上げると神殿を出た。
外は暗くなり始めていた。
一旦サンタクロースの屋敷に顔を出したが、ミスリルはいなかった。
俺はミスリルを探しにいくことにした。
夜の森を歩く。赤い月は少し欠けていた。
俺はミスリルに初めて会った日の夜を思い出していた。
アイツもずいぶん変わったよなぁ……。
しばらく歩くと何か話し声が聞こえてきた。
「ん?」
俺はその声の元へゆっくりと歩く。
しかし、背後から誰かに止められた。
俺は声をあげようとしたが、口を押さえられてしまった。
「静かに」と背後から聞こえる。
ノーミードの声だ。
彼女は俺の隣に来ると、俺の唇に自分の人差し指を当てた。
なんだよ、「黙れ」ってことかぁ……?
ノーミードは俺を連れて足音を立てずに声の元へ向かった。
2人で茂みの先を覗く。
そこにはミスリルとデックがいた。
「ミス……」
俺の口をノーミードが塞ぐ。
彼女に頬をつねられた。
……力つえぇなぁ、おいっっ。
「あの……ほっ本当にカジバが私をここに呼んだんですか?」
ミスリルが怯えた声でデックに尋ねる。
デックはしゃがんで何かの素材を地面に並べていた。
魔術でも使うみたいだ。
「ネズミはアイツか……」
隣でノーミードが小さく呟いた。普段より低い声色だった。
ネズミ……ああ、神殿で言ってたなぁ。
「すっすみません。……少し嘘をつきました。本当はアナタとお話がしたかったんです」
デックが作業をしたまま答える。
「えっ、えっ?」
ミスリルが動揺する。
「ミスリルさん、僕と一緒に”闇の王国”に行きませんか?」
デックが立ち上がった。
……はぁ?
何言ってんだアイツ。
俺が前のめりになると、ノーミードに再び頬をつねられた。
「やっ闇の王国?」
ミスリルが困惑する。
「ええ、”岩石王”がアナタを待っています」
デックが微笑んだ。しかし、なぜか余裕のなさが伺える表情だった。
「岩石王……っもしかしてお前、敵ぃ!?」
ミスリルが震える。
こら!
女が”お前”とか言うなぁ!
もしかして……俺の影響か?
「おっ落ち着いて!敵じゃないですよ!」
デックが両手を広げた。
「ミスリルさん、アナタは魔鉱石だ。だったら”岩石王”はアナタの父親みたいなものでしょう?」
「父……親……?」
ミスリルは目を丸くする。
「父親って、家族の?」
「ええ、そうです。誰にでも父親はいます」
デックが言う。
「でも”岩石王”は悪い奴だって、みんな……」
ミスリルが呟く。
「アナタは見たんですか?」
デックの問いかけにミスリルが動揺する。
「……ない。私は聞いただけ……」
ミスリルが小さく言う。
「ミスリルさん、アナタ洗脳されてるんですよ!」
デックが言う。
「私……目覚めた時にはお城にいて、オリハルコンがいて……。その前のことは……カジバのことは少し覚えてるんだけど……」
ミスリルが額に手を当てる。
「最初から敵側にいたんですから無理もありません!一緒に戻りましょう。お父さんが待ってますよ」
デックが手を差し伸べた。
「アナタがオオカミに擬態すれば、誰にも気づかれずに森を出られます」
「……たしかに。そう言ってた……ハルジオンも」
ミスリルは目を伏せた。
デックは頷く。
「……ねぇ、岩石王はさ、私のことなんて言ってた?」
ミスリルがデックに聞いた。
「お父さん、私に会いたいって言ってた?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
■ダークエルフ
北欧の伝承に登場する人間に似た妖精。エルフの近縁種。
人間に害を成す存在としてかかれることが多いよ!
本作では、闇の魔力を持つエルフとしてとして登場。
またみてね!
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