2 「暗殺者と守護者」

銀髪美少女の手を引き、夜の森をランデブー。

ヤベぇ追手付き!!


背後を確認すると、”職人殺し”の姿が下に消えた。

俺の作った落とし穴に落ちたのだ。


そう、この森は俺のテリトリー。

ここには石像を捉えるための罠が至るところにある。


「かかったな!」

俺は樹木の割れ目に隠したスピアを手に持ち、落とし穴へ向かって走る。

しかし。

穴の中から黒い影が飛び出すと、一瞬で大鷲に姿を変えた。


「すげぇ……んんんすげくねぇっ!!」

つい感心してしまった。


職人殺しは人から大鷲に姿を変えた。……あれは闇の魔術だ。


俺は方向転換し、再び鉱石少女を連れて走る。


「上に届く罠はねぇよぉ!!あんなのズルじゃねぇかっっ!!」


これ、逃げ切れるのか?

背後から大きな羽ばたきが迫る。


俺は彼女を庇うとそのまま斜面を転げ落ちた。

本日二度目の落下。


斜面の下で倒れ込む。立ち上がる気力はもうない。槍も折れた。

この森で死ぬのか。

それもいいか……。


俺は隣で倒れる鉱石少女の頬に触れる。

この子は俺の死に際に現れた天使だったのかもしれない……。

無言の天使ぃ……。


いや、まだだ。


ぐずぐずするな。動けっっ!!

この森には罠の他に多くの武器を隠している。

俺は樹木につけた目印を探すと身体を無理矢理起こし、印のある木の根本から長剣ロングソードを掘り起こした。


「まだ……武器はあるぜぇ」

長剣を構える。

目の前に大鷲が降り立った。


「これはさぁ……父ちゃんの剣だ。わかるか、職人殺しぃ」


魔王軍残党、コイツらは光に弱いはずだ。夜明けまで耐え切ってやる。


大鷲が奇声を上げ、翼を広げた。視界全てが覆い隠されるほどの大きさ。恐怖で身体が痙攣する。


「かかってこいよぉ!!職人殺し」


そう言い終わると同時に、大きな槍を持った戦士が俺の目の前に飛び出してきた。


いや、あれは斧槍ハルバードだ。


また敵か!!と俺は構える。


戦士は俺と大鷲の間に着地すると斧槍を大きく振り回した。

爆風が起こり、辺りの木々がしなる。俺は咄嗟に鉱石少女を抱えると爆風に耐えた。

大鷲が吹き飛ばされるのが見える。奴は羽ばたきで体制を立て直すと戦士から距離をとった。


暗雲の隙間から赤い月光がさす。

月光に照らされた戦士が斧槍を振り上げた。

空気が一変し、次の瞬間、辺りに衝撃波が放たれた。

大鷲が逃げるようにその場を去った。


助かった……のか?



俺はいつの間にか止めていた息を一気に吐いた。

肩が大きく上下する。


隣を見ると鉱石少女が足を上げてひっくり返っていた。

コイツも衝撃波をくらったのか?

こんな滑稽な体制でも彼女の表情は崩れない。


戦士はこちらを振り返るとフードを脱いだ。

「2人だけか?他には一緒じゃないか?」

そう言った。俺と同じ大陸語だ。


戦士は黒の短髪で、透き通った青い目が俺を見捉えている。

一見野盗の男のような風貌だが、よく見ると整った顔立ちの女性だった。


「あ……」

だめだ、息が上がって声が出ない。


戦士は言語が通じてないと思ったのか、今度は別の言語で問いかけてきた。

心地よい音楽のような響き。聞いたことのない言語だ。


なんとか息を落ち着かせると俺は声を発した。

「……2人、2人だ。俺とこの子だけ」


戦士は少し驚くと、大陸語に戻して問いかけた。

「君は人間だな?」

戦士が顔を俺に近づける。

何やら眼球を確認しているらしい。


「……はい」

「じゃあそっちか」

戦士は鉱石少女に目を向けると勝手に納得した。


「君、彼女を立たせてやって」

戦士が言う。

俺はよろよろと立ち上がると、両脇を持って鉱石少女を立たせてやった。

恩人に逆らう気はない。


戦士はそれを確認すると遠くへ向かって指笛を吹いた。すると2頭の馬がやってきた。

どちらも茶色の馬だ。


「アイツ、逃げたのか?」

戦士に質問する。

「一時撤退だよ。奴らは石像と違って日中も動けるから」

「マジかよ……」


戦士は2頭の馬を優しく撫でると、馬に何かを語りかけた。


「さあ、乗って」と戦士に言われる。


え?


「無理だ……馬なんて乗れねぇ」

「乗れるさ、乗ったことないだけだろう?」


ちょっ、なんで分かった……。


俺は戦士にひょいと持ち上げられ、無理矢理馬に乗せられた。


戦士は次に鉱石少女を担ぐと、別の馬に乗せて自分もその馬に乗った。


「すぐにここを離れる」

戦士が手綱を握る。

「アイツ、すぐ追ってくるの?」

「来る。だからまず森を抜ける。しっかり捕まってなよ」

戦士がそう言うと俺の乗っている馬が勢いよく走り出した。


「ちょっ、うわぁ!!」


俺は馬の背中にしがみつく。手を這わせ、何とか手綱も握れた。

しばらく乗っていると、馬が俺の楽な体制を意識しているのが分かった。

この馬、頭良い〜〜。



 ―――――



森を抜ける頃には朝日が登っていた。

俺は既に辺りを見渡す余裕が出来ていた。

戦士と鉱石少女を乗せた馬は隣で並走している。

鉱石少女は戦士の懐にすっぽりと収まっていた――



しばらくして、ようやく休憩を取ることができた。

随分と森から離れた。

こんな遠くまで来たのは初めてだ。

俺は小川の近くで尻餅をつき、ゆっくりと寝転んだ。


「あ゛〜〜」

疲れた〜〜〜〜。


「少し休憩したら日没まで走る」

戦士はそう言うと水筒を渡してくれた。


「これからどうすんの?森から随分離れたんだけど……」

俺は溜息をつくと、水筒の水を一気に飲んだ。

ドワーフの皆、心配してるだろうなぁ。


「バルドール王国の首都”ゴルドシュミット”に行く。この子を安全な場所に届けないと。悪いけど君にも同行して貰うよ」

戦士が俺に言った。


「そこまではアイツも追ってこないのか?」

「ああ、奴にも行動範囲があるからね」


「……王国ってぇ。住む場所と食う物、ちゃんとある?」

「用意するよ。……無事に着いたらなんでもご馳走してあげる」

戦士が微笑んだ。


ふぅ。

ドワーフの皆、悪りぃ……。

俺、王国行くわ。



戦士は難しい顔をして空を見上げた。

「上空の影には常に気を配っておいて」と呟く。


「職人殺し……アイツは何なんだ」

俺は尋ねた。

「奴らは”サイレンス”、岩石王が作り出した”宝石の魔物”だよ」

戦士が答える。

「宝石ぃ?」

「そう。現在生き残っているのは5体。職人殺しと呼ばれる個体はアレキサンドライトの魔物だ」


アレキサンドライト。

そういう宝石があるのは知ってる。


暗がりではっきり見えなかったが、黒く輝く奴の仮面は宝石のようだった。


「サイレンスは岩石王の手足として魔鉱石を集めている。奴らは魔鉱石の魔力を一瞬で感知して現れるんだ」

戦士が言う。


「アイツ、突然現れたんだ……」

俺は呟く。

「奴らはそういう能力を持ってる。だからこそ”沈黙サイレンス”と呼ばれている。奴らは対象一人に対し、音、気配を隠すことができる。『認識阻害の能力』だ」


「え?最強じゃん……」


「対処法はある。奴らは複数人に能力を使えない。今のところは、だが……。だから2人以上で見張れば、どちらかが気配に気づく」


なるほどなぁ……。

わっかんねぇわ。


とりあえず2人で見張れば大丈夫って事かっ!!



戦士は薬草を使って傷の手当をしてくれた。薬草は森を出る前に戦士が調達していた。


「これで処置は出来た」

戦士が言う。


「ありがとう、えっと……」

「エレオノーラだ」

「……俺はカジバ」

俺は片手を出して握手した。


エレオノーラは少し微笑むと、鉱石少女を見た。

「あの子は君が見つけたのか?」

「ああ、アンタに会う少し前に。触れたら人間になって……」

「君が触れたことで、眠っていた魔力が目覚めたんだね。それでサイレンスに感知された」

「もしかして、俺ヤバいことした?」

「いいや、幸運だ。とにかく無事でよかった。突然強大な魔力を感じて急いで来たんだが、まさか”ランク4の魔鉱石”だったとは……」


魔鉱石。

石像の頭部から取り出していた紫の鉱石。あれと同じだ。

岩石王が生み出した魔力のある鉱石だ。

彼女がその魔鉱石?


「ランク4って凄いの?」

「もちろん。ランク4は奇跡だよ」

エレオノーラは鉱石少女の元へ向かうと、彼女の顎をつかみ、俺の方へ向ける。

「瞳を見てみな」

エレオノーラは鉱石少女の瞼を無理矢理開いた。

少女は抵抗しない。


正直、彼女の顔を見るたびに造形の美しさにやられる。

クラっとくる。

俺は恐る恐る近づくと眼球を覗いた。


やっぱ綺麗だわ〜〜〜〜!!


「瞳は銀色なのか。”オリハルコン”ではないな」

エレオノーラが顎に手を当てる。


「”ミスリル”だよ」

俺はそう言った。


この輝き、おそらくそうだ。

実際に見たのは初めてだけどドワーフの里で聞いた事があった――


”ミスリル” 幻の鉱石。

曇りのない、透き通った銀色の美しさを持つ。

軽くて強靭な武器を作る事ができる万能の鉱石だそうだ。

もっとも、この鉱石少女は天然のミスリルではなく岩石王によって生み出された魔鉱石らしいけど……。


「分かるんだ?」

エレオノーラが驚いた。


「俺は鍛冶師だからさぁ、分かんだよね。人間になる鉱石は知らんかったけど」


エレオノーラは「なるほど」と頷くと、ミスリルの肩に手を置いた。


「これはね、人間に擬態したんだ」

「ぎたい?」

俺は尋ねた。

「そう。岩石王の生み出した魔鉱石には主に2つの効果がある。"魅了効果"と"擬態効果"だ。魅了は生物を引き寄せて惑わす力。そして擬態効果がこれ」

エレオノーラはそう言ってミスリルの肩を叩く。


「動く石像も"擬態効果"によるものだよ。小さな魔鉱石が周りの石を集めて人型になろうとするんだ。奴らはせいぜいランク2。だから闇の魔力が強くなる夜にしか擬態できない。ここまで完璧な生物擬態はランク4で間違いない。昼間も維持できて、内包する魔力も今は完全に消している。この状態ならサイレンスにも感知されない」


へぇ〜〜。

俺が集めていた魔鉱石はランク2だったってことね――


「擬態効果はおそらく防衛機能だろう。基本は対峙した敵と同種に変化する、とりわけ魅力的な個体にね」

エレオノーラが言う。


魅力的ぃ……なるほどぉ。

俺はチラっとミスリルを見る。まだ彼女の顔面の強さに慣れない。

そりゃあ……確かに……綺麗だしぃ。



なんだよ。

俺はまんまとコイツに魅入られてたってわけかいっ!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


スピア

刺突または投擲武器。長い柄の先に鋭利な刃物がついているよ。

古くから狩猟のために使われていたよ。


長剣ロングソード

中世ヨーロッパの剣。短剣と比べて刀身が長いよ。



番外編!


■ミスリル

指輪物語に登場する架空の鉱石。〈灰色の輝き〉を意味する名だよ。

本作では『軽くて頑丈』という原作のイメージを引き継いでいるよ。


■アレキサンドライト

宝石の一種。太陽光では青緑色、白熱光では赤紫色に変色するよ。

〈神様のいたずら〉と称される、6月の誕生石だよ。


またみてね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る