第31話 次のステージへ

 唯奈と言う台風が去って、平和に戻るかと思われた。

だが、我が家は嵐の渦中にあった。そして、その荒れ狂う海原に翻弄される小舟、それが俺だ。



果歩と萌亜の話しが終わっていない――

俺の目の前には二人が対峙していた。


「あの…… 失礼なことを聞くようですが、清水さんと優斗さんのご関係は?」


試験勉強をするために来たはずの萌亜が、俺と果歩の関係を質問した。

てか、果歩は大学生。

萌亜には勉強の質問をしろと言いたい。


とは言え、萌亜が凄むとかなり怖い。

対する果歩は彼女の視線をやんわりと受け止めている。

――剛と柔。


まさに、一触即発――


「優くんのご両親から海外出張の間、優くんを任せられているの。萌亜さんこそ、どんな関係なのかな?」

「クラスメ…… いえ、今は友達以上、恋人未満の関係、でしょうか…… 優斗が望めば、結婚だっていといません」

「――ふぁ!?」


友達以上、恋人未満――

それは否定しない。

でも、それじゃ結婚に届かんだろう?


(全く何を言ってんだ萌亜は!)


そもそも、お姫様と結婚するとはナイト(騎士)じゃなくてプリンス(王子)だ。


果歩と萌亜、二人の視線がぶつかり火花が弾けた気がした。

その直後から――


チラチラとこっちへ視線を送る萌亜。

俺を責めているのか、それとも援護が欲しいのか?


思えばさっきから、俺はほとんど発言していない。

何か喋らなければ……


「なあ、もう良いだろう? 期末テストなんだよ? 勉強しようぜ……」


屁垂れてしまった……

でも仕方ないだろう?

怖いんだもん。


俺の言葉に、二人とも頬を膨らませる。

どうしても、いまここで決着を付けたいのか?

そんなのお前らが望んでも俺が嫌だ。


すぐに決められるわけがないだろう?


「あっ! ところで果歩は英語得意?」

「えっ? 大学生だもん。優くんが教わっている範囲なら、たぶん分かるよ?」


見え透いた話題の変更に生真面目な果歩が反応した。


「そ、そうなんだ」


感心する俺に対し、萌亜は違う所が気になっていた。


「『優くん』って何ですか? 呼び捨てにするより親密度が数段高そうに聞こえますが……」


(おまえと言う奴は!)


萌亜よ、それは『隣の芝は青い』という奴だ。

呼ばれる俺の方としては、呼び捨ても、短縮くん付けも大して変わりゃしない。


「おい、萌亜。先に進まないだろう?」

「だって……」


そこまで呟くと、炬燵の上に置かれた俺の手を握る。

しかも、果歩に見せつけるように、だ。


俺はそんな萌亜の手を反射的に握り返しながら――

さっきから炬燵の中で、果歩が自らの足を俺の足に絡めているんだよなぁ、と。


「ほら、お前も苦手なんだろう、英語。一緒に教えてもらおうぜ……」


頬を膨らませ続ける萌亜を宥めながら、俺は果歩に英語を教えてくれるように頼んだ。そんな俺たちを見て、果歩は仕方なさそうに笑みを漏らした。


(大人だ……)


彼女は真面目な大学生という事もあって、要点や出題されそうな個所を丁寧な解説付きで教えてくれた。

対立相手にも、与えられた仕事はちゃんとやる。


そんな果歩の大人っぷりが輝いた。


三十分後――


「や、やりますね…… ご、ご両親が相談役に据えるのも理解できます」


悔しそうに萌亜が呟く。

頭が悪いなりに、理解できたようで何よりだ。


そこから一時間、俺と萌亜はみっちり英語を教わった。

敵意を見せていた萌亜も、次第に果歩に慣れて『清水先生』と呼び始めた。


「短い時間でずいぶんと上達しましたね。地頭は良いと思いますよ?」

「有難うございます、清水先生…… って、ちょっ! 違うんだから。ふ、ふん! 平民のくせになかなかやるわね? 少し位なら認めてあげても良くてよ?」

「お前、いろいろ酷いな……」


そんな訳で、明日も勉強を教わりたいと申し出る萌亜。

果歩の方も、優しく頷いている。


その時、はじめて理解した。

きかん坊、泣き虫、いじめっ子……

児童養護施設時代、彼女はこんな子たちに囲まれて育ったのだろう。


そして、請われれば優しく小さい子たちのお姉さんをしていたのだろう。

まじで天使じゃん……


時計を見ると午後六時を回っている。


「萌亜、そろそろ帰る時間じゃないか?」

「う、うん……」


身動みじろぎするが立ち上がろうとしない。


「うん? どうかした?」

「もし…… もしもですよ? 明日、お泊りしても良いですか? もちろん事前に許可は取って参ります。」


甘えるような声で、萌亜はお願いしてきた。

これは破壊力抜群だ。

一瞬俺の心が揺らぐ――


「駄目だ、駄目だ! 萌亜はお嬢様なんだぞ!」

「優くん! そんなキツイ言い方しちゃダメ」

「――はい」


萌亜の申し出を拒否した俺を果歩がいさめる。

そして、萌亜に向き直ると手を取った。


「月島さんのお母さんが良いって言ったら、私が味方になるよ?」

「良いのですか? 私は貴女の敵かもしれません?」

「ええっ?!」


俺が声を上げると、


「優斗は黙ってて!」

「はい」


果歩に諌められた。


「見ていれば分かりますよ。月島さんだって優くんのこと……」

「えっ? 良く聞こえな……」


ギュッ!


「いででで!」


変な声を上げたら、果歩に脇腹をつねられた。

脇腹を確認すると真っ赤になっていて、後で青あざになりそうだ……


「あの…… あの、我儘言ってすみません。私、お姉さまのことが大好きになりました。今後、お名前で呼んでも良いですか?」


うん?

急に風向きが変わったような気が……


「もちろん! じゃあ、私も萌亜ちゃんって呼ぶね?」

「はい、果歩お姉さま!」

「……」


何がどうなった……

気付けば三人で食卓を囲んで、軽食まで食べていた。

ただし、我が家に萌亜がいたのはそこまで。


帰る時間になり、萌亜は楽しそうに家へ帰って行った。


こんな調子で残された二日間も飛んでいき、テストは残念な結果で終わったのであった。




 優斗の家から帰った私は、お母さまの呼ばれてリビングに来ていた。

この部屋には私とお母さま、そして隅で控えている早坂のみ。


「お帰りなさい、萌亜さん。それでは早速、優斗さんのお家の様子を聞かせて貰いましょうか?」

「はい、お母さま……」


萌亜は三島家で見聞きしたこと、そして体験したことを子細に母に報告した。


「ああ、私としたことが抜かりましたね…… まさか、優斗さんの友人の女性に頼むなんて……」

「はい。果歩お姉さまのことを侮っていました」

「お姉さま? ……」


やはり話題の中心は果歩お姉さまだ。

私はお母さまの果歩お姉さまについて知る限りを話した。


「萌亜さんは、どうしますか?」

「彼女は――清水果歩には武器がなにもありません。ですが、女性として私以上の存在だと認めました。ですが、私だって諦めません」


私の言葉を聞いたお母さまは顔をしかめた。


「違った方法で彼を手元へ置くこともできるのですよ? 話を聞いたところ、萌亜さん、もう決着がついていると言っても過言ではありませんよ?」


お母さまは私に敗北宣言を突きつけた。

でも、そんな言葉で挫けるような私の恋心ではない。


「必ずや優斗を振り向かせ我が物にします」


私は奮い立ち宣言した。


「良く言いました。それでこそ月島の娘――」

「つきましては、今後の行動についてお母さまの許可が欲しいのです」


お母さまに許可を貰いたいことはたくさんある。

差しあたってはお泊りの件――

そして、そして……


「良いでしょう。好きにしなさい」


まだ何も話していないのに、お母さまの許可が下りた。


「まだ何も言っていないのですが?」


お母さまの不可解な許可に聞かずにはいられなかった。


「あなたが聞いて欲しいなら別ですが、娘の恋路を根掘り葉掘り聞くような野暮な親ではありませんよ? 存分におやりなさい」

「お母さま…… 有難うございます。では、明日から暫く三島家で生活します……」


私はお母さまに心から感謝をすると、深く頭を下げた。


「行きましょう、早坂」

「畏まりました、萌亜お嬢様」


「ふふふ…… 温室育ちの萌亜さんが、あんなに逞しくなって…… 優斗さんには、これまで以上に感謝しなくちゃなりませんね」


こうして夜は更けていく。


敵を自分と同等と認めれば手荒な方法は使わない、たぶん。

それが月島家の掟――


さあ、反撃の開始です!

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