(二十六)敵討ちのかたち

 竜胆りんどう皇后の部屋


「なに?薬師が……」

「……はい。女官もみな関わったもんは口を割ったようですわあ」


「……ふっ……あの女」

 着物の打掛を握りつぶした竜胆は目に力を込めた。

「もはや時間はない……最後に紫葉しようの為じゃ」

「はい……ほな」


 頷いた松前まつまえ妃は急ぎ足で部屋を出る。



 ◇


 夜も深まった時分、美桜の部屋の庭先に人影があった。

 音も立てず美桜の布団の足元へ忍び込んだ男の手に刀が光る。


 その時眠り込んでいるはずの美桜が刀片手に布団から飛び出たのだ。

 しかし、それは美桜では無く高台寺こうだいじに世話になっていたアキである。


 美桜になりすますのは二度目となるアキであった。


 刀を合わせる背後に、すっと降り立ったのは高台寺の武瑠たけるである。

「もう、おぬしは終わりだ」

 そう囁き、刺客を抑え込み縄で口をくくる。

「自分で開けりゃ痛くない」


 手を入れ込み、自害する為に忍ばせているはずの薬玉をさがす。

「あった……まだ割れてない。これで舌も噛まないだろう」


 夕貴が佐助を高台寺丸栄まるえいの元へ使いとして送り、美桜を狙うであろう刺客を捕えようとしたのであった。


 その頃美桜は、夕貴の部屋で眠っていたのである。




 ◇


 翌朝


「なんです?!次は刺客?」

桜花おうか妃様は?まさか……」

「偽の桜花妃様がいただかで刺客は捕まったらしいって」

「なに?偽って?」


 宮中は、度重なる不穏な事件に皆あちらこちらで噂話に夢中であった。


 そんな後宮へ、武官長らがやって来る。


「男子禁制でございます!!」と後宮取締 砂羽さわが詰め寄るも

「男子どころでないのだ!ここに、鬼がおります故!」

 と制止を振り切り進む。


「皇后様ー!!!」

 砂羽や女官が叫ぶ中、竜胆皇后と松前妃は連行されたのであった。



 ◇


 御殿大広間


「紫葉……」

 武官長、文官長、家臣、重鎮らが集まる中、前に立ち振り返ったのは紫葉皇子である。

 竜胆は、我が息子の姿を目にした途端、力尽きた様にその場に座り込んだ。


「母上……もう、終わりです……もう」


 鼻をすすり咳ばらいをし凛とした目を母 竜胆へ向け紫葉は姿勢を正した。


「竜胆皇后、桜花妃 毒殺未遂の罪、それから昨夜の桜花妃 暗殺未遂、さらに夕貴殿下暗殺未遂……これは少しばかり前だが、刺客組織 紅風に頼み、美桜になりすました姫を刺客としたのも竜胆皇后。昨夜、再び美桜になりすまし美桜を守った刺客が全て吐きました。もう、母上……あなたの息子はどうもできません。する気もない……何故ですか?こんなに惨いことを平気でそうとするのは何故ですか?」


「紫葉……幼い頃から私は我が息子の幸せと安泰を願うばかり……それだけじゃ。この国の皇帝にせねば……死んでも死にきれん」


「…………罪人の子となった今、余が皇帝になるなど」

 と紫葉は嘲笑い天を仰ぐ。


「夕貴……おぬしか、おぬしの画策していた策略にまんまと引っかかったのがこの私か!!」と竜胆はその場に静かに座っていた夕貴に牙をむくように罵声を浴びせる。


「ご心配なく、紫葉殿下は皇帝になられます。」


 紫葉も竜胆も不意を突かれたように言葉を失う。


「紫葉殿下、母はどんな母でも母……。運よく私も美桜も生きております故、処分は殿下次第。ただし、竜胆皇后、昔ある人の母君に対する悪行だけは許せません。かといって罰し方もわかりません。紫葉殿下は私にとって……友です。友に免じてすべてを委ねます……殿下」


「夕貴殿下……」と呟き深々と頭を下げる紫葉であった。


「竜胆皇后、第一皇子の母 竜胆は……南端宮なんたんぐうに幽閉とする」

「紫葉殿下!!南端とはこの国の果て、罪人の島流しの……良いのですか?そのような場所に母君を」と右京うきょう大臣が問う。

「母の命を奪えない……愚かな余を許せ」


 紫葉は表情一つ変えず袴をさっと蹴り踵を返して立ち去る。



 ◇


「美桜は?美桜はどこだ?」

 部屋に戻った夕貴が美桜の姿がないと騒ぎ立てる。

「夕貴殿下、桜花妃様は武官府です」

「武官府?あんな男だらけの場所に……何をしている」

 夕貴は急ぎ足で武官府へ出向く。


「ああ もう 美桜様違います!蒲鉾の花はそんな太く切ったら上手く曲がりませんっ」

「え?じゃこれをもう一度細くできる?鈴ちゃん。おかしいな……人は斬れても蒲鉾は……」

「怖い事をおっしゃらないでください 美桜様」


 武官府の厨房で美桜は蒲鉾で花飾りを作ろうと頑張っていたのだ。


「う……っ」と蹲る美桜の背に手を当てて同じようにしゃがみ込む夕貴

「大丈夫か?」

「ああ、蒲鉾の魚の匂いが……」

「何をしておった?」

「夕貴殿下が蒲鉾食べたいと……どうせならお花にしようと……鈴ちゃんと」

 夕貴は重荷を下したように清々しく穏やかな顔で美桜の背中を何度も摩る。


『美桜……もう母君の敵は忘れたふりをせんか……?そなたに復讐などさせとうない。あ しまった……』


 美桜は夕貴の心の声に小さく笑いながら返事をする。


「もう、忘れました。人は忘れながら生きるのですね、忘れなければ生きていけない時がある。私は誰かの母を敵の為に奪うことはしません。その代わり……」


「その代わり?」

「この子を精一杯愛し、生きます」

「子?って何のことですか?」とおうぎが食いついた。

 美桜と夕貴の柔らかな笑顔にそれ以上誰も聞くことはしなかった。


 その後 紫葉は皇帝となり、夕貴は皇弟として二人三脚での政に精を出す。黄家、武家、両者の支持を得て永く安泰の時代を過ごすだろうと民の生活も明るさを増すのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後宮などお断り。美桜宮中読心術物語~そなた名は何と申す 江戸 清水 @edoseisui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ