第伍話 タイマンはるんですか?

 翌朝も優太は登校しなかった。


 パソコンに向かうとすぐに肩がこるし、鼻炎が重なると頭痛もひどくて何もしたくない。


「だんか、ヤバいかぼ(なんか、やばいかも)……」


 昨夜から鼻炎が悪化していて、鼻水、鼻づまり、その結果ひどい鼻声だ。

色んな意味でため息が止まらない。珍しく一人きりの保健室で作業だったが、欠席した優太のことが頭から離れない。


そのとき保健室に教頭が血相を変えて入ってきたのだ。


「麗子先生、大変です。すぐに職員室に来てください。袴田優太の母親が来ています」


 ――優太の母親?


「あ、はい」


 小走りする教頭の後ろから職員室に入ると、これまた恐ろしい顔で優太の母親が立っていたのだ。


「おはようございま……」


「アンタ、保健室で毎日何見てんのよ?」


 麗子からの挨拶が終わらないうちに早速お叱りを受けた。


 優太の母親はまだ若く、金髪に近いロングヘアーからのぞく耳たぶにはピアスが並んでいて、妊娠を機に再婚したという話の通り大きいお腹をしていた。


 大人しい優太の性格とは真逆の性格のようで、思ったことはすべて口にしないと済まないタイプなのだろう。


「申し訳ありません」


 ㊙の資料に、『母親要注意人物』と書いてあったのを思い出す。


 クレーマ―にはひとまず謝っておくのが第一段階だ。


 ――勝手に帰ったのはあんたの息子。


 内心とは反対に一歩下がる。


「何で、勝手に学校休むのよ? アンタが何かしたんじゃないの?」


 母親は猛烈な勢いで麗子を指さした。

 

「最後に優太君に会った一昨日は、何も変わった様子はありませんでした」


「保健室じゃなくて、職員室にでも置いたほうがいんじゃない?」


 自分の息子のことをまるで『モノ』扱いの言い方だ。


「保健室のほうが、優太君と向き合うことができますから」


 へりくだってそう言ったものの、通じるはずもなかった。


 母親の怒りのメーターが瞬時に倍増したらしく、当然、麗子に向かって怒鳴った。


「はあ? 『曰くつき』のあんたに見てもらったのが間違いだったわ」


――『曰くつき』ねー……。私はそういう噂になってんだ。


 一時間目が始まる前ということで全員集合していた教職員たちは、一同にフリーズしてしまっていた。


「では、家庭学習にして見守る体制にしましょうか?」


 教頭は「それ以上、余計なことを言うな」と顔に書いてあるような表情を浮かべてこちらを凝視していた。


 静まり返った職員室には、事務員が丁寧に電話対応する声がかすかに聞こえているだけだった。


「しばらく優太は休ませるから」


「わかりました」


 教頭が速攻で返事をした。


 ――なんでだよ。


 そう思ったところで麗子に判断の権限はない。従って黙っているしかないのだ。


 ――長いもののは巻かれろ、ってか。

 

 その後、優太の母親は麗子を仇のように睨みつけて職員室を出て行った。


「麗子先生。ひとまずそういうことにしましょう……」

 

「教頭先生。私は優太君に余計なことも言っていませんし、何もしていませんけど」


 何人かの職員は自席に戻らず、こちらのやり取りに注目していた。


 口答えするなと言いたげな顔をした教頭は、


「こういうときの対処はこれでいんです。親が納得してるんですから」


 それに『曰くつき』は黙っておけ、と言わんばかりのオーラをメラメラと出している。


 肩を落とした麗子は、それ以上何も言わず職員室をあとにした。


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保健室の麗子先生っ! 藤沢るうさ @628618

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