第20話
亮は向かいの実家へとあかりに強制連行されていた。玄関に入って早々、あかりの不気味に浮かんでいた笑顔はいつの間にか消えていて、鬼の形相だけが残っていた。戦々恐々としながら亮は目を泳がせながら無理矢理笑顔を作る。
「ひ、久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ! 何年連絡寄越してないと思ってるのよ! それで、そもそもどっちがあんたの家よ!?」
怒り狂った徳島の数倍上をいく声量と熱量。それがしばらく続き、思わず亮は顔をしかめた。
そういえば、怒らせると一番怖くねちっこい母だったことを思い出す。思わず「うるさいな……」と呟きそうになるのを慌てて口を押さえた。そんなこと滑らせたら、その百倍で返ってくることは明白だ。ひたすら苦行に耐えるように俯き沈黙を貫くことに専念する。
「それに、そんな下手な変装なんかして、あんな変な写真まで撮られて、呆れてものもいえないわ。唯ちゃんまで泣かせて母親として本当に恥ずかしいし情けないわ……」
「それで、唯はどこにいった?」
唯の名前があかりから出た途端、亮の顔は弾かれるように顔を上げてたていた。
今亮の頭にあるのは唯のことだけ。今しがたこんこんと述べてきたあかりの不満は全て篩にかけれしまったようだ。それだけ、亮と唯の二人の絆は強いことを何十年もみている母としては、まぁ仕方のないことだとは思いながらもあかりはムッとしながら答えた。
「こっちが聞きたいわよ。今朝大きな荷物持って出ていったわ。止めたけど無理で、どこに行くのかも教えてくれなかった。勿論出ていった要因は大部分はあんたなんでしょうけど、美穂さんと何かあったらしいわ。あんたが出て行ってからより一層、うまくいってなかったみたい」
どうせあんたは何にも知らないでしょうけどねという、嫌味を添えてくるあかりに反論の余地はなかった。痛いところをつかれて押し黙るしかない亮にあかりは盛大に溜め息をついた。
「……やっぱりね。あんたは、何かにつけて自分の世界に入り込んで、何にもみえなくなるんだもの。唯ちゃんだってそりゃあ、愛想つかすわよ。正々堂々。それだけがあんたの取り柄なんでしょ。そんなつまんない小細工なんかしてないで、真っ正面から突っ込んできなさい」
そういいながらあかりが素早く亮の目元と鼻に仕込んであったシリコンを強引に剥ぎ取る。「痛い!」と叫び目元と鼻筋を押さえている亮を見てあかりは、ふんっと鼻をならす。
「そんなの、唯ちゃんの痛みと比べたら屁でもないわ。あんたのその分厚い皮膚とは比べ物にならないくらい唯ちゃんの心は繊細なのよ。早く行ってきなさい! これで、唯ちゃんと別れるなんてことになったらうちの敷居二度と跨がせないからね」
あかりは言うことだけいい終えると、亮の肩を押して外に追いやり玄関のドアを閉めた。ガチャンと容赦のない施錠音。
強制的に家に入れられ、追い出してくるあかりに相変わらず勝手だなと思う。と同時にずっと胸の奥にあって色んなものが積み重なり見えなくなって忘れ去られていたスイッチが押されたような気がした。どんなことがあろうと、変えてはいけなかったものを取り戻したような感覚と共に手と足に力が籠る。色々なものに付きまとわれ、がんじがらめになり重たくなっていた身体はいらないものを振り落としながら、亮は行くべき道を走っていった。
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