第13話
沈黙とキンと冷え切った空気。亮の眼は鋭く、山口の顔も硬直したままだったが、冷えた空気を薙ぎ払うようにがははと社長の豪快な笑い声が響かせていた。
「いやいや、申し訳ない。正直すぎる返答で驚きましたよ。この世界はそういうことは言葉を濁すのが常識なので。わたしはこの芸能界に染まりすぎなのかもしれんなぁ」
ああ、可笑しいと笑い続ける社長を冷ややかに眺める亮の横で、山口は唇を噛んでいた。
「どうか気を悪くしないでくれよ。ちょっとした戯れだ。映画の話は変わらず、ぜひわが社から出資させていただきたい。わたしは、純粋に君の才能を買っているんだから」
この狸親父めと胸中で毒づきながら、亮は営業用の笑みを浮かべ席を立つ。
すると後ろから「外まで送って差し上げなさい」と、社長の声と共に山口の足音が追ってきた。
正直放っておいてほしかった。これ以上関わりたくもない。一刻も早くここから出たい。その一心が自然と亮の足を速めていた。
中庭沿いの外廊下を歩く後ろから、パタパタと小走りする音が亮を追いかけてくる。その音から逃れたくて、更に足を速めようとしたがそれ以上のスピードで山口が駆けてくる。背後までその音が近づき香水がまた香り始める。亮の眉間に皺が寄りそうなときだった。
山口の「キャッ!」と小さな叫び声が背中にぶつけられ亮は思わず振り返り、体を背後にひねらせた。
その瞬間。
亮の身体に山口の身体が勢いよく飛んできて、視界が真っ黒に染まった。亮の眼前に山口の髪が迫り、傾いてくる山口の身体を必然的に亮が抱き止める結果となっていた。
山口は「すみません、躓いて」という割に、なかなか動こうとしない。ぞっとするような嫌悪感が亮の全身を駆け巡る。亮は、山口の細身の身体を引き剥がし、押し返していた。口を開けば辛辣な言葉を吐き出してしまいそうで亮は下唇を噛み無言と共に鋭く山口を見返し、亮は速足で料亭の門を出る。だが、また後ろから追いかけてくる音。そして、甲高い声が響いた。
「宮川さん! そんなに殺気立たなくてもいいじゃないですか。わかりやすく態度に示さなくても、私スッパリとあなたのことは諦めますよ」
冷静になれと言い聞かせ感情を押し殺しながら、亮が振り返る。薄暗くなった空と街灯に照らされて主張するように山口の真っ赤な唇が歪んでいた。その下から、すっと差し出してくる山口の手。亮は真意を問うように山口を睨むように見返すと、可笑しいと笑い転げて闇夜に山口の笑いが歪に響き始める。
「そんなに警戒します? 毒針でも仕込んであるわけでもあるまいし。お仕事はこれまで通り、いい感じに続けましょうねという大人の握手ですよ」
「その意見は、賛成です。ですが不必要な接触はやめましょう。また仕事の際はよろしくお願いします」
冷ややかにそう言い放ち、亮は踵を返し闇の中に消えていった。差し出した手をゆっくりと元の位置に戻しながら、山口はその後ろ姿を見送る。
「もう一押しだったのに。残念」
そう呟きながら山口の笑みはスッと消えていた。ヒールに不満をのせまき散らしながら、料亭内に戻る。社長が先に山口の姿を見つけ声をかけていた。
「どうだった?」
「廊下では、いい出来栄えだったと思うわ。けど、最後の締めは失敗しちゃった」
悔しそうに言う山口に、社長はやっぱりお前はやり手だとガハガハと笑う。
「残念だったなぁ。あわよくば……とお前も思ってたんだろう?」
「まぁね。彼やっぱりカッコいいし、モノにしたいと思ってたわ。でも、あんなムカつく態度されてまで、どうしようとはまで思わない。正直どうでもいいし、壊れればいいのよ」
ふんと髪を流して、香水を振りまく山口の目は赤く吊り上がっていた。
「まぁ、後はあいつがどうにかするだろう」
社長は脂っこい額を闇夜に光らせて、この街には似合わないほど下品に笑っていた。
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