第3話 登許余

「すみません、少しよろしいですか」

 中高年くらいの女二人組が、柔和な笑みを浮かべながら声をかけてきた。

 小太りという言葉がお似合いの女と、痩せぎすで顔色の悪い女だった。

「はい?」

 条件反射よろしく、この声掛けになぎさは何も考えず返事をした。

「私達、このような活動をしてまして」

 小太りの女はそう言って、ひょいとチラシ一枚を手渡してくる。

 そこには、大きく【常世教】とあって、ニコニコと笑いながら手を繋ぐ子供達の絵が描かれている。

 天の助けが云々、神がどうのこうの、という文字に、瀲は厄介な連中と関わってしまったことを察した。

「お時間あればお話だけでも」

「今忙しいので」

 ――それじゃ。

 と立ち去ろうとする瀲の腕を、女二人ががっしりと掴んだ。

「えっ」

 まさか実力行使で引き留められるとは思っておらず、間の抜けた声が出てしまう。

 ぐいと引き戻された瀲は、慌てて振り返った。

「ちょっと、いきなり何をっ」

 女達の顔には、先程と寸分違わぬ笑みが張り付けられていた。

「まあまあ」

「そう仰らずに」

 ――話を聞いて下さるだけで結構ですから。

 答えに窮する瀲の腕が、万力のように締め上げられる。

 何故だか女達はひどく必死なようだった。

「……話だけ、なら」

 瀲は辛うじてそれだけを口にする。

 彼女に組み付いていた女達は、それを聞くと安堵したように目を細めた。

 名も知れぬ、薄気味悪い女二人に連れられて、瀲は小さな喫茶店に入った。

 薄暗い店内はがらんどうで他の客は一人もいない。

「何か頼みましょう」

 席に着くなり、痩せぎすの女はメニュー表を広げて店員を呼んだ。

 ちらりとメニューを覗くと、サンドイッチやオムライスのおいしそうな写真が並んでいる。それらを片っ端から全て女は頼んだ。

 痩せぎすの彼女一人が食べきれる量ではない。ここにいる三人がかりでも恐らく無理だろう。

 店員も困惑した表情を見せているが、滅多矢鱈めったやたらに続く注文を遮るのも憚られているようだった。

 代わりに瀲が口を挟む。

「……あの、そんなに頼んで食べきれるんですか」

「え?」

 痩せぎすの女はきょとんとこちらを見た。

「私じゃなくて、あなたが食べるんですよ?」

「はあ?」

 瀲の口から、気の抜けた声が漏れる。

「もちろん支払いはこちらで致しますから、安心してください」

 小太りの女が笑いながら言うが、主な問題はそこではない。

「いや、結構です。そもそも、そんなに食べられませんし……」

「どうしてそんなこと言うんですかっ!」

 瀲の言葉を遮って、痩せぎすの女が叫んだ。

 わなわなと肩を震わせ、目には涙を浮かべながら瀲を睨んでいる。

 薄暗い店内が一瞬無音となった。

 しばらくすると、痩せぎすの彼女のすすり泣く声が響いた。

「店員さん、とりあえず今頼んだものをお願いします」

 小太りの女が、 





 朝から何も食べていない瀲は、自身のお腹にそっと触れた。

 紛れもなく彼女は空腹だった。



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