因て来たる。
@uji-na
第1話 海髑子
怪奇現象というものは概ね科学的に説明が付く、と
説明が付かない場合、それは観測者の問題――思い違いなど――に過ぎないと。
磯で蟹と戯れていた瀲は、
丁度、若いカップルがじゃれ合いながら、こちらへとやって来たところだった。
二人は、大きな声で他愛ない会話に興じている。
彼らから距離を取った瀲は、打ち上げられた海藻を眺めていた。
「ねえ、あれなあに?」
あまりにも能天気な女の声が響き、思わずそちらに視線が引っ張られる。
女の指さす先には、大きな潮だまりがあった。
そこに、人頭大の球体がぷかりと浮かんでいる。
「んー、どれどれ」
安っぽいサンダルを履く男は、ひょこひょこと波に濡れた岩場の凹凸を踏み越えながら、ソレに向かって歩いていった。
一見して、ソレが――激浪に揉まれ、繊維が申し訳程度に残るだけとなっていても――椰子の実であることは明らかだった。
「うわっ、なんだこりゃ」
海流に乗って流れ着いた、少しだけ珍しいもの。
男はソレを持ち上げると、離れて待っていた女の方へそれを見せる。
女は顔を歪めた。
「わあー、気持ち悪ぅい」
「誰かの悪戯かなあ?」
むき出しとなった果皮、そこには眉根を寄せて苦悶の表情でも浮かべているかのような顔があった。
椰子は、楕円型の実の基底付近に三つの孔を持つ。
だから、時にはそれがユーモラスな困り顔に見える時がある。しかし、男の持つソレの顔は、とても愛嬌のあるものとは思えなかった。
「何だろうな、これ」
「ねえ、はやく捨てちゃってよ」
男は少しだけ考えるような素振りを見せたが、やがてソレを波の方へ放り投げようとした。
「あ」
溜息のように漏れた声は誰のものかわからなかった。
足を滑らせた男のものだったか、男を見ていた女のものだったか。
あるいはそんな二人の様子を横目していた瀲のものだったかもしれない。
ぐちゃり、という何かが潰れた音。
一拍遅れて女の甲高い悲鳴が聞こえた。
男は、まな板の上で跳ねる魚のように何度か体を震わせると、その後ピクリとも動かなくなった。
ひどく動揺しているせいか、妙な呻き声が出そうになる。
――とにかく助けを呼ばないと。
感情がぐちゃぐちゃになった頭の中で、瀲はそれだけを考えた。
ぐったりとした男と、恋人の惨状を前に取り乱す女。
今まともに動けるのは自分だけだと。
ふと、誰かに見られている気がした。
女の悲鳴に野次馬が集まってきたものかと思ったが、そうではない。
強烈な違和感に、思わず打ち寄せる波の先に目を向けた。
転んだ拍子に放り投げられたのか、ソレが沖の方へさらわれていくところだった。
「え?」
瀲は瞠目する。
満足そうな恵比須顔で、ソレは波の中に消えていった。
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