#7
温かくなってきた三月も中旬、ひとみは約一ケ月ぶりに夢屋を訪れた。
「ご挨拶が遅くなってしまってすみません」
「気にしないで」
ね、と周が望に言うと望も頷く。
ひとみの曾祖母、ゆり子が二月の末にこの世を去った。安らかに、眠るように息を引き取った。ひとみはゆり子が息を引き取る瞬間は立ち会えなかったが、つき添っていた祖父母曰く、苦しむことなく、すっと旅立ったそうだ。
「ご冥福をお祈り申し上げます」
「うん。本当に惜しい人を亡くしたよ」
周はゆり子との通話を思い出す。
ゆり子が見た夢をひとみに渡し、彼女の手元に届いたタイミングで連絡が入った。ひとみがかけてくれた電話で周はゆり子と話をした。
『あの人に会えてよかった。幸せな夢だった』
ゆり子はとても幸せそうに電話口で言った。それがゆり子との最後の会話になった。
「ひいおばあちゃん、とても嬉しそうでした。棺に夢も入れて……」
ゆり子の夢は白百合の模様だった。凛とした佇まいの白百合を閉じ込めたような玉だった。綺麗ね、とゆり子が日にかざして眺めていた姿が記憶に新しい。
「私が見た夢も一緒に入れました」
「ひとみちゃんの夢も?」
望が尋ねるとひとみは微笑みながら頷く。
ひとみは周から次の日には用意できていると言われたとおり、次の日の夕方に取りに行った。そこで差し出されたのはふたつの夢だった。ひとつは白百合を閉じ込めたゆり子が見た夢。もう一方は暁の空色の球体、ひとみが見た夢だった。ひとみとゆり子とで違う夢を見ていたのは明も言っていたし、ゆり子とも確認をした。ゆり子が見た夢は、若かりし頃の二人の日常だった。普通の、幸せな一日を夢で過ごしたと言う。一緒に散歩に出かけたり、食事を作ったり、おしゃべりをしたりとありふれた一日を夢の中で過ごしていたそうだ。
見た夢は違っても、頼んだものはゆり子の方の夢。だから、差し出される夢はひとつだと思っていたのだが、ふたつ出てきてひとみは驚いた。ひとみの夢は勝手にこちらが用意したものだから、お代はゆり子の夢の分だけ、と周が申し出てくれた。ひとみは余分に金を持っていたため、払おうとしたのだが、いいから、と周に押し切られてしまった。
そうしてひとみが夢を持ち帰った後、ゆり子は周に電話をしたのだ。ひとみから事情を聞いた、本当にひとみの分の代金はよかったのか、と尋ねた。こちらも周は断り、ゆり子の体調を気遣った。
それから十日ほど後にゆり子は永い眠りについた。葬儀は身内だけで行った。遺品を棺の中に納める中、ひとみはゆり子が見た夢はもちろん、自分が見た夢も棺に納めた。ひとみが見た夢の内容はゆり子に伝えてあるが、やはり、と思うところがあった。
「私自身、曾祖父に会えてよかったと思います。夢の世界だから、実際の曾祖父と違ったかもしれませんが、曾祖母があの人らしいと言っていたので、もしかしたらなんて淡い希望を抱きました。だから、曾祖母に持って行ってもらおうと思って棺に入れました。夢とは言え、思い出。ひとつでも多い方がいいかなって」
「ひとみちゃんはよかったの?」
周が尋ねるとひとみは自信ありげに頷く。
「はい。私のことを覚えていてねって思いもありましたけど……。でも、ちょっと寂しいなとは思いました。私の中の曾祖父の姿は写真と夢の中のものしか知らないので」
ひとみが見た夢は曾祖父との唯一の思い出である。それと同時に、ゆり子との思い出でもある。ゆりちゃん、と呼ぶ声の優しさに明はゆり子のことを本当に愛していたのだろうなと思った。ゆり子もひとみが見た夢の話を聴いて、懐かしそうに頷いていた。互いを思い合っていたのであれば、ゆり子に贈ろうと決めたのだ。ゆり子のことを語った明を知ってほしいと思った。
ゆり子が亡くなり、遺体を前にしたとき、ひとみは泣いた。まだ大丈夫、まだ生きている、と思っていたのに、突然の出来事だった。ただ眠っているだけで、その内起きてくるだろうと思うほど穏やかな表情だったが、非情にもゆり子が目覚めることはなかった。学校に行ってくる、と伝え、いってらっしゃい、と送ってくれた姿が最期だった。夢の中の百合の花が首を傾げたように、ゆり子もわずかに首を傾げながら笑顔で見送ってくれた。
寂しい。ゆり子が亡くなった後、ぽっかりと胸に穴が空いていた。いることが当然だった彼女が、いなくなってしまった。喪失感が大きかった。初めて身近な人の死を体験したひとみは明るく振る舞いながらも、一人になるとゆり子のことを思い出し泣いていた。
しかし、あまりくよくよしてはゆり子に心配をかけてしまう。ゆり子は明のことを心配性と言っていたが、ゆり子も心配性だった。ひとみが越してきて、中学校へ入学となったとき、ひどく心配していた。度々、クラスの子と仲良くできそうか、友達はできたか、等々気にかけてくれた。ゆり子の心配性を思うと落ち込んでばかりはいられない。
ゆり子への手向けと、ある種の区切りのためにひとみはゆり子の棺に夢を納めたのだ。
「夢を曾祖母に贈ったからと言って、夢の中の思い出が消えるわけではありませんから」
いつか忘れてしまうかもしれない。けれど、夢の中での明との会話は真実に変わりない。夢幻の中で、今は亡き曾祖父と話した事実はひとみの中に残っている。
「ありがとうございました。曾祖母の夢が叶いました」
「お力になれたなら何より」
周は微笑む。
「それにしても、本当、ひとみちゃんってしっかりしてるよ。まだ中学生って信じられないぐらい」
「本当に」
周と望に言われてひとみは照れ笑いを浮かべる。
「あ、そうだ。これ、お礼です」
ひとみは持ってきた紙袋を周に差し出す。
「気を遣わなくていいよ。お代は頂いたし」
「いいえ。私の分、損してます!」
「だから、あれはいいんだって」
「じゃあ、このお菓子に合うお茶、教えてください!」
「お菓子に合うお茶を教えてって……。全く、君って子は」
上手いことを言う子だ。じっと見つめるひとみの聡い瞳に周は肩をすくめ、渋々紙袋を受け取る。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ひとみはペコリと頭を下げる。周は望に紙袋を渡す。
「ひとみちゃん、これって……」
望は紙袋にプリントされた店名を見て尋ねる。
「この前オープンしたケーキ屋さんのお菓子です。よかったら、お二人で召し上がってください」
「だよね。結構並ぶって聞いたけど」
「並んだかいがあるぐらい、美味しかったですよ。今回は焼き菓子ですが、ケーキも絶品でした。お二人もお時間あるときにぜひ」
「うん。ありがとう」
望がひとみに微笑みかける隣で周は口をとがらせている。
「……望ちゃんって僕には冷たいよねー」
「だから?」
「ほら、僕に対しては真顔になる」
すっと表情が消えた望に対して周はため息をつく。望はあまり表情豊かなタイプではないのだが、子供に対しては優しい気がする。
「あー、ひとみちゃん、時間ある? よければ、一緒に食べようよ」
「ごめんなさい。この後、塾でして。受験生になりますし、勉強しないと」
ひとみは周の誘いに申し訳なさそうに謝る。
「そっか。ひとみちゃん、来年三年生だもんね」
望は中学三年生の頃を思い出す。夏休み頃からスイッチをいれて本格的に勉強していたような気がする。あの頃が懐かしく、当時の望はひとみほどしっかりしていなかったように思う。
「そうなんです」
「はー、大変だね。忙しいとは思うけど、また遊びにおいで。望ちゃんに勉強教わりに来ればいいし」
「ちょっと、周」
あはは、と笑い飛ばす周を睨む望。二人を見てひとみはクスクスと笑う。
「はい、お邪魔でなければまた来ます」
「邪魔だなんて、むしろ、大歓迎だよ」
「ありがとうございます。では、そろそろ時間なので」
「引き留めてしまってごめんなさい。塾、頑張ってね」
いえいえ、と言い、ひとみは扉の方へ歩き出す。周と望もひとみを見送るために一緒に向かう。周が扉を開けるとひとみは会釈して店を出る。
「お邪魔しました」
「また遊びにおいで」
「気をつけてね、ひとみちゃん」
「はい。失礼します」
ひらひらと手を振る周にひとみは同じように手を振り返した。ひとみは真っ直ぐ前を向いて歩き出す。
夢屋胡蝶。不思議な体験をした。夢を売り物にするなんて有り得ないと思っていたのに、実際に夢を差し出された。美しいビー玉のような球体となって可視化されるとは驚いた。
ひとみは目の細い店主と凛とした目の学生を思い出す。彼女は普通の人間のように思うが、問題は彼の方だ。ひとみと一緒に同じ夢を見ていたし、夢を売っている男。不思議な雰囲気で、どこか怪しい感じがした。
まるで。
「……魔法使い?」
そんな馬鹿な。ひとみは首を横に振る。
人間離れしている不思議な人。そう片付けるのも合わない気がするが、それ以外の表現が見当たらない。何かが引っかかるが、それが何かはわからない。
ふわり、と春の風が頬を撫でる。その音に混ざって、チリン、と風鈴の澄んだ音がしたような気がする。まだ夏でもないのに風鈴だなんて、と思ったひとみの視界を白い何かがよぎる。雪のように白いそれは花びらのように見える。それを目で追おうとするも、何もない。
気のせいか。ひとみは首を傾げながらも、一歩踏み出した。
◇◇◇◇◇
ひとみの背中がどんどん遠ざかる。小さな背中は真っ直ぐと伸びていて立派に見える。微笑ましくひとみの背中を見送っていた二人の耳に、チリン、と風鈴の澄んだ音がする。その音が合図だったかのように、ひとみの背後に二人の若い男女が現れる。その二人はこちらに向かってペコリと頭を下げると、すうっと消える。
「望ちゃん、見えた?」
「見えたよ」
「だよね。……さ、店に入ろう」
ひとみの姿が見えなくなり、二人は店に入る。カラン、とベルの音が静かな店内に吸い込まれていく。
「……っはー、忘れてくれてたー」
二呼吸分の間の後、周は壁に額を預け、息をつく。肩の荷が下りた、と言わんばかりの深い息のつき方だ。
「周がポカやった話?」
「ポカって言わないで。あのタイミングで起きるとは思わなかったんだよ」
周はあの日のことを思い出す。
ゆり子とひとみの夢を抽出しているときだった。何て美しい夢を見ているのだろう、よく寝ている、と思っていたらひとみの呻き声がして目を覚ましたのだ。そのとき、宙に浮かび、姿が違う自分を目撃されてしまった。さすがにまずいと思った周はひとみを強制的に眠らせ、周のことは忘れる、最悪、夢という認識になるよう処理をしたのだ。結果、ひとみは夢を取りに来たときも、今日も何も言わないため、これは大丈夫だと確信した。
「賢い子だと思っていたけど、勘も鋭いよあの子。何でそのタイミングなのってときに起きたし」
周はふらふらと夢を置いているテーブルに歩み寄る。いくつもの夢玉がキラキラと照明を受けて輝いている。どれにしようかと指を彷徨わせた後、ひとつ摘まむ。晴れ渡る空色の玉だ。これは雀が見ていた夢で、仲間たちと空を飛んでいるものだ。
「本当、中学生とは思えないぐらいしっかりしてるよ。ね、望ちゃん」
「確かに。ちゃんと敬語を使うし、理解も早いし。でも、逆に賢いがゆえなのか、勘がいいのか、色々と気になってたみたいだけど」
夢を取りにきたときも、どうやって夢を形にするのかとか、オプションの色を変えるというのはどうするのかとか、気になって当然と言えば当然のことだが、どうして、どうやるの、と好奇心旺盛な目をしていた。周はのらりくらりとかわしていたが、ひとみが店を出てからげんなりしていたあたり、周を困らせた。
「姿を見られたのはまぐれなのか、天性のものなのか。あの子には天性のものが備わっているから何か感じ取って目を覚ましちゃったかな」
周は空色の玉を照明にかざす。薄っすらと鳥の姿が見える。その玉にぐっと力を込めるとヒビが入る。
「天性のもの?」
「そう。まあ、君に近いような子だね」
パキッと音をたてたと同時に玉から靄が出てくる。空色の靄を手で受けた周は、靄を食べる。すると、周の目が焦げ茶色ではなく、薄い金色に変わる。そして、髪色も黒から空の色へと変化する。
「ねえ、食べるなら奥で食べてくれない? お客さんが入ってきたら困るでしょ」
望は周の姿に眉間に皺を寄せる。明らかに人体ではおこりえない状況が目の前で起きている。
「さすがに来ないって。来たとしても、気合で色を戻す」
周は呑気に言う。
「うん、いい味だ」
「そうですか。で、とりあえず、ひとみちゃんには周が人間じゃないってばれてないんだよね?」
望の言葉に周は、うーん、と宙へと視線を逸らす。
「怪しいと思われてるだろうけど、一応。夢を扱ってるって時点でほぼ全ての人間は疑うわけだし」
「まあね」
「それに加えてあの賢さと勘。君ほど強い天性の力ではないみたいだから、すぐに気づかれることはないかも。って言うか、あの子の力は本当に弱いものだから、本人、自覚してないでしょ」
周は壁にもたれかかり、髪をいじる。晴れ渡った大空の色だ。今日の空もこの髪色のように晴れやかだ。
「そう簡単に正体が割れてたまるかってね。望ちゃんは例外だけど」
「そうね。……いつ気づいたの?」
「ん? ひとみちゃんのこと? もしかしてって思ったのは最初で、確信したのはゆり子ちゃんと一緒に夢を見ているとき。だってさ、あの子、僕が用意した旦那さんじゃなくて本体とお話してたからね」
「本体?」
「そう。あの子が話していたひいおじいちゃんは本物のひいおじいちゃんだったってこと。夢枕に立つってやつ」
まさかのことだった。周はひとみの夢に関して、覗き見ただけで何もしていない。夢の内容には一切干渉していないのに、彼はひとみと夢の中で話をしていたのだ。
「そんなことできるの?」
「故人が夢枕に立つっていうのはあるけど、成仏していないのか、転生したものの抜け出してきちゃったのか……。さすがにそこまではわからなかったけど、今日見て確信したよ。ゆり子ちゃんを待っていたんだね」
ひとみの背後に現れた若い男女。明とゆり子だった。周と望に挨拶をするためにひとみについてきていたのかもしれない。そして、頭を下げた後、ひ孫を見送るようにして二人は姿を消した。
あれは霊体だろう。何十年も前に亡くなった明は、実はずっとゆり子たちを見守りながらも、ゆり子のことを待っていたのかもしれない。この後、ゆり子と一緒にあの世へ渡るのかもしれない。
そろそろ彼岸だな、と周はカレンダーを見やる。
「ああやって夢の中に入って会話するって普通の幽霊じゃできないよ。互いに面識があるならまだしも、会ったことのない曾祖父、ひ孫が夢で長いこと会話するなんてよっぽどのことだよ」
「そうなんだ」
「うん。ひいおじいちゃんは強い力の持ち主だったってことだね」
夢への干渉。夢枕に立つ、という言葉があるとおり、故人が夢に現れるということはある。が、大抵は長時間、夢の中に現れることはできない霊の方が多い。会話が一方通行になってしまうこともある。だが、明は霊にしては長い時間、ひとみと会話をしていた。強い力を持つ者でなければそれはできないのだ。
「もしかしたら、ひとみちゃんの力はひいおじいちゃん譲りなのかもね」
ひとみの力。本当に微弱で本人も知らないであろうその力は遺伝によるものの可能性がある。ただし、明の力と比較するとかなり弱い。夢へ干渉するほどの力を持っていた明が強すぎるとも言うべきか。明はその強い力のことをゆり子に明かしていないのかもしれない。
その力は今となっては特別な力だから。当時としても珍しかっただろう。
「人ならざる者を見抜いたり、接触できたりする不思議な力」
周は髪から手を離す。
稀にいる人ならざる者を見抜く能力を持つ人間。能力の個人差はあるものの、そういった目であったり耳を持つ人間がいる。最近は数が減ってきたようだが、それでも少なからずそういった人間がいる。
おそらく、ひとみもそうだ。ただ単純に聡いということもあるだろう。まぐれかもしれないが周の姿を見てしまうという勘の良さや死者と話をするという本来ならありえない現象を体験している。あまり力が強くないため、日常生活に支障がなく、周りも本人ですら気がついていない可能性もある微弱な力だ。
霊視や見鬼と呼ばれる能力。ひとみの場合、勘の良さから見えるのではなく、感じる能力が強いのかもしれない。何十年も前に亡くなった明も似たような力を持っていたのなら、ひとみに遺伝した可能性が高い。
「日常生活に不便を感じていないようだから、このまま知らずに過ごすのだろうね」
ただし、その無自覚な勘の良さが生かされている場面もあるだろう。部活での役目が司令塔だ。周りを見る目もそうなのだが、判断力、分析能力に加え、勘が多少なりとも入っているのかもしれない。加えて、頭の回転も速いため、むしろ、いい方向で役に立っている。
「そっちの方が幸せよ」
望は紙袋をカウンターに置くと、引き出しから箱を取り出す。箱の中にはあの雪の降る夜、周から借りた玉、淡い紫に金粉が混ざった夢の玉が収められている。
「周、これ返す。遅くなってごめん」
望は玉を周に差し出す。
「どうだった?」
「綺麗な夢だった」
咲く季節を待つ藤の夢だった。たっぷりとした紫の花の房を下げる季節が来るのを待つ美しい藤の夢。その藤は気が早いのか、雪が降る中、蝶のような花を咲かせ、藤棚を作っていた。はらはらと花びらが風に吹かれる様が蝶のようだった。
「綺麗な夢だったけど、結局……」
望は視線を下げる。周は無言で望から夢を受け取ると、また指先に力を込める。
「自力で夢は見れずじまいか」
パキッと音を立てて夢が割れる。淡い藤色の靄を周は食す。藤の花の香がする夢はとろっとしていて甘みがある。花の蜜の味だ。
「美味しい夢なんだけどなあ……。望ちゃんには刺激が足りないのかな」
周の色がまた変わる。淡い藤色へと髪の色が変わり、瞳は先の金色よりも濃い蜂蜜色へと移る。望が見た夢の光景を思わせる色になった周は苦笑する。
「君は君で苦労が多いからね」
「もう慣れた」
望が苦しそうに言うと周は蜂蜜色の細い目をすがめる。
望にも見鬼が備わっている。それはひとみよりも強い力であり、現代では珍しいほどの強い才だ。望の目は人ならざる者をすぐに見抜いてしまうし、寄せつけてしまう体質でもある。
そんな望には見ることのできないものがある。誰もが必ず見るはずのものを、望の目は、脳は映さない。
「若いのに苦労しているよね、君」
「周に出会って少しは希望が見えたと思うんだけど」
「へえ、珍しく僕のことを上げてくれるじゃない」
「正確に言えば、周というよりも周の貘としての力の方」
貘。夢を食べる伝説の生き物。古くは邪気を払うとされていたが、いつしか悪夢を食べるというように伝わった。
周の正体は貘。望は周の正体を知っている。知っているからこそ、彼の貘の力を頼りにしているところがある。
「なーんだ。それなら、僕以外の貘でもいいわけだ」
周は頭の上で手を組む。
「あなた以外の貘知らないけど」
「会わせたことないし、君のことは僕がどうにかすると決めたから」
周は手を下ろすと望の目を覗き込む。ひとみの目も綺麗だったが、望の目も美しい。一点の曇りのない水鏡のように清らかな目をしている。見鬼の才を有している者たちは美しい目をしていることが多い。穢れのない目だからこそ、多くを映すのかもしれない。
「夢を見ることのできない人間なんて、夢を食べる僕からすると興味の対象だよね」
望の瞳が揺れる。
望は良くも悪くも見える。だが、夢は見ない。いや、見られないのだ。自分では夢を見られないが、誰かが見た夢なら何とか見ることができるという変わった人間。周でなくとも、貘であれば食いつく話だ。
夢を見ない生き物なんていないのだから。人間だけでなく、犬や猫も、花も、魚も、生きとし生ける者は夢を見る。鬼や神も夢を見るのだ。
「君が夢を見たいと望むなら、僕が夢を見せてあげる。また一緒に夢を集めに行こうね」
「……うん。お願い」
望がぽつりと言うのを聞いた周は口端を上げる。
「お任せあれ」
周の蜂蜜色の瞳がキラリと輝いた。
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