リスタート【後】

「だが、諦めはしないぞ。距離は遠くとも、会える機会が限られていようとも──私は、あなたを振り向かせてみせる」


 ◆◆◆


 色々とゴタゴタしたが、俺がこの地に来た最たる目的はあくまでも『神の力』の確保である。『魔王の眷属』を片付けに来た訳でも、騎士団長とキーランの婚姻を祝いに来た訳でもない。なのでまあ、そのための交渉テーブルについているのだが。


「……『神の力』。まさか、これを欲する者が現れようとはな」


 俺の前の席に座すエクエス王国の国王。彼はどこか感慨深げな表情を浮かべ、封印された『神の力』に視線を送っている。


「ジル殿は、これについてどの程度把握しておられるので?」

「……少なくとも貴公が思っているよりは、詳しいだろう」

「そうか」


 この場には、俺と国王の二人しかいない。ソフィアと騎士団長は同席を願ったが、その提案を俺と国王が断ったからだ。


「既にご存知だとは思うが、これは、神々が現世に残したエネルギーとされている。もしも兵器として運用できれば、その力は絶大の一言と言えよう。神話に語られし力。それを使えるということは……誰でも気軽に、大陸最強格に匹敵する一撃を扱えるようになるじゃろうからな」

「……」


 国王の言葉に、俺は真剣に耳を傾ける。原作において、ジルが他国の動きで警戒していたのは"『神の力』の破棄"と"暴走を前提とした『神の力』の兵器運用"の主に二点。結果論だけを言えば、そもそも『神の力』を現代でも認知していたのはマヌスとエクエスの二国だけだったが、それでもジルが警戒した可能性であることは確か。ならばそれについて詳しそうな、国王の話を聞くことは俺にとっても利益がある。間違いなく、有用な話だろう。


「じゃが、儂等エクエス王国にとってそのようなことはどうでもいい。我々からするとこれは──まあ、恋愛成就のお祈り対象のようなものでな」


 いやもしかするとどうでもいい話なのかもしれない。少なくとも原作ジルの視点的には、と俺は思った。


「我々はこれを神の力ではなく、恋愛の神そのものとして認識しているのじゃ。これに祈ると恋が成就するとされておるから、当然の考え方じゃな。ただ儂が生まれる以前に、王族直属の検証班が検証した結果によると……全く効果がないらしい」

(ないんかい)

「なのでまあ『殺戮兵器にしか使えない恋愛成就の神……? いらない……いらなくない?』みたいな風潮は、ぶっちゃけ王族的にはある」

(ぶっちゃけ……)

「しかし、我々的に考えて『告白する前に○○にお祈りをすれば叶う』みたいなジンクスやシチュエーションも大事なのじゃ。効果の有無はともかくとして、気の持ちよう的に」

「……そうか」


 真剣な眼差しで熱く語る国王に、俺は内心で疲労を感じながらも頷く。まあ前世を振り返ってみれば、大事の前に神に祈るという行為自体はそれなりに散見されていた。無神論者の多い日本であっても、受験やら就活やらプロポーズの前は神頼みというケースは多いので、理解できる考え方ではある。


「しかし今、我々的にお祈りすべき対象は──ジル殿じゃ」

「………………」

「ジル殿は愛をも司る神に等しい存在なのじゃろう? 確かに、ジル殿はその容姿の造形からしても人間離れしているという他ない。マヌスを退けたことから戦の神としての側面を有しているじゃろうし。ふむ……愛と戦の神として信仰されるか……素晴らしいのう」


 知らないうちに俺の存在が愛の神へと昇華されている事実に、俺は胃の痛みを感じていた。なにせ、平民の戯言が国王の耳に届くまでの速度が異常過ぎる。高校なんかで告白が起きたときの情報伝達噂が回る速度よりも速いのではないだろうか。まあ俺は高校には通えなかったので、その辺はあまり詳しくないが。


「ジル殿の人柄や神としての側面。そして、対価として提示していただいたもの。何より、我が国を救ってくれたという事実。これらをもって儂としても……貴殿からの取引に応じることに、異論はない」

「……然様か」


 まあもうどうなでもなれ──そんな一心で、俺は国王との取引を開始した。


 ◆◆◆


 そんな感じで、俺は神の力を手に入れた。恋愛祈願の神として信仰されるのは、正直恋愛が成就しなかった場合の掌返しが怖いのでご遠慮したいのだが……まあ別に、恋が叶う保証なんて俺は一切していないので無視しよう。あくまでも、向こうが勝手に勘違いして信仰してきただけなのだから。クーリングオフは受け付けないというやつだ。


(俺は悪くない)


 さて、『神の力』を確保できた以上、この地に留まる理由は消えた。なのでまあ、皆を連れて帰るとしよう。いや正確には、キーランは置いていくことになるか。彼は騎士団長と結婚した身。ならば騎士団長からの心象を良くするためにも、キーランはこの国に置いていこう。これはあくまでも対神々を見据えた行動であり、俺の胃痛案件が減ることは一切関係ないのでご留意されたい。是非ともあったかホームを築いてくれ。




 なんて思っていた時期が、俺にもあったのだが。




「『旦那様の件は、私の勘違いでした。申し訳ありません』か」


 城門で別れの挨拶を交わしている騎士団長達を見ながら、俺は内心でため息をつく。両者から当時の状況の話を聞いた俺の感想としては、勘違いしても仕方がないし、勘違いさせる発言をしていたという自覚がなくても仕方がないというものだ。


(……まあ、ここがエクエス王国であることを加味すれば、若干騎士団長に軍配が上がる気もするが)


 なにせ、ドケリーの襲撃でさえ「叶わぬ恋」みたいな解釈をしていたのがエクエス王国民たちである。狂乱の地に挑むならば、狂乱の地特有の文化を学んでおかなければカルチャーショックが生じるのは自明の理。エクエス王国民が他国でエクエス王国クオリティを発揮したならともかく、エクエス王国内でエクエス王国クオリティを発揮するのは間違ってはいないだろう。とはいえ法でその辺が規定されている訳でもないので、「まあ別にどちらも悪くないのでは」というのが俺の結論だった。


 それでも迷惑をかけてしまったので、と食い下がっていた騎士団長だが。俺は「構わない」と言って下がらせた。というのも。


「『騎士団長』も愉快な性格な持ち主でしたね、王様」

「……うむ」

「? 王様?」

「……大義であった、ローランド。此度に関しては、私が間違っていたようだ。レイラと共に、貴様達には褒賞を与える」

「?」


 というのも、そう。俺は騎士団長から「勘違いでした」との言葉を聞いた瞬間、あのときのやり取りが脳裏に浮かんだのだ。



『やめよう』

『……?』

『こんなことは、やめよう』



『断る』

『っ、けど』

『……本気、なんですか?』

『本気も何も、この段階まで来てやめる訳がなかろう』



『そもそも、貴様らは何故私にそのようなことを申す?』

『そ、れは』

『私がどれほどの手間をかけ、どれほどの人員を動かしたと思っている。それを今更、取りやめろと? 貴様らは本気で言っているのか?』



『貴方は、きっと、勘違いをしているんだ』

『勘違い、だと?』



 当時は「こいつらは何を言っているんだ」と思っていたが、今ならば理解できる。彼らはどこかのタイミングでキーランと騎士団長の結婚が勘違いであると気づき、それを訂正しようとしてくれていたのだろう。なのでまあ、俺にも気づくタイミングはあったということであり──いや、やめよう。


(お互いに、なかったことにしよう。うん)


 そういうことにしようじゃないか、と俺は内心で天を仰いだ。


 ◆◆◆


「頑張りましょうね、アナ。貴女であれば、キーラン殿を振り向かせることなど容易でしょうから」

「ソフィアもな。小国のリストアップは済んだ。あとは、堕としにいくだけだ」

「ほ、本当にやるんですか?」

「当然だろう」


 本気だ、とソフィアは騎士団長の目を見て察した。


「……相手に義がないことが大前提です。良いですね?」

「それもまた、当然だ。弱者を虐げることが目的ではない。弱者を虐げるものに正義の鉄槌を下し、色々あってソフィアの恋を成就させるのが目的だ」

「色々が色々すぎて困るんですが……」


 どれだけの工程を圧縮して「色々」の一言で済ませているのだろうか。分からない。分からないが、どうやら自分は本当に、騎士団長と一緒にこの大陸を見て回ることになりそうである。


「しかし、もう一人くらいはいても良いかもしれんな。いっそ『氷の魔女』殿を勧誘するのはどうだろうか。そしてみんなで、大陸乙女三人衆とでも名乗ろう」

「過剰戦力って言葉をご存知ですか? というよりアナ。アナだってその、キーラン殿にアプローチをかける時間が必要でしょう。私にだけ構っているのも……」

「ソフィアを迎えに行くだったり、遊びに行くだったりの感覚で旦那様とは会えるだろう。そこで、アプローチの一つや二つはかけるさ」


 成る程、とソフィアは納得の意を示す。そのまま次の言葉を口にしようとして──騎士団長の横から、震えた声音でノアが問いかけた。


「……待ってください騎士団長。今、旦那様と言いませんでしたか?」

「? 言ったが」

「そ、それは勘違いだったんですよね?」

「勘違いではあった。これから精進するし、振り向かせてみせるとも。だがしかし……なんていうかその、旦那様と呼んでおいた方が、本当に旦那様になる未来が確定する気がするんだ」

「いやいやいや、だいぶ頭おかしいですよ!?」

「やはり、何事も形からと言うだろう。いずれこの人は私の旦那様になるんだという気持ちで接する方が、向こうも『もしかして結婚してるのかな……してるかも……』みたいな気持ちになるかもしれないじゃないか」


 直接旦那様とは呼ばないし、このことを理解している者以外にも言わない。旦那様に迷惑だからな、と騎士団長は言葉を締め括った。


「一方的な愛は醜いと自覚したのでは?」

「うむ。より正確には、両想いではないのに両想いであると思い込んで突撃していることは醜いな。うん、普通に醜い」

「あ、あなたのそれは?」

「私のは一方的な恋だ。片想いであることを自覚したからこそ、熱烈なアプローチが必要となる。……フッ、成し遂げてみせるとも」

「……なんか、そこまでいくと清々しいっすね」

「『天眼』殿。私としても、アナの言葉は真のひとつをついている気がします。どれだけ綺麗な言葉を並べても、恋なんて感情そのものは結局のところ……独りよがりなものなのですから」

「ああ、そうだな……本当に、その通りだ。恋は、複雑に過ぎる」

「『向こうがこちらを好きかどうかなんて分からないから』なんて理由で尻込みしていたら、永遠に停滞が続くだけなんですよ。ならばもう、突撃するくらいがちょうど良いのかもしれない……最近は、そういう考えがあることへの理解もできました。まあ、私には恥ずかしくてできませんが。アナのそれを、私は否定しませんよ」

「ソフィアはもう少し、突撃を覚えるべきだと思うがな。我々の目的は結婚であって、それなりに良好な関係を続けることではない。ならば停滞なんぞ言語道断。引かれたあとのことは、引かれたあとに考えれば良い」

「だ、だってその、恥ずかしいじゃないですか!? じ、ジル様を誘惑なんぞ……は、はしたないですし! そ、それに私ごときがジル様の……その……」

「ソフィア。お前はもう少し自分に自信を──」

「……あれ、なんですかね。エクエス王国らしからぬ重く、そして哲学的な恋バナが展開されて……。え、エクエス王国はまだマシだった……?」





「んで、キーラン。テメェとしてはどうなんだ?」

「……何がだ、ヘクター」

「しらばっくれてんじゃねえ。テメェに惚れて、それを真っ直ぐぶつけてきた女がいるんだ。ならそれがどっちの答えになるにしろ……漢として答えを出すのは、当然じゃねえか?」

「……『騎士団長』はオレと似た過程を経て、されど真逆の答えにたどり着いていた者だ。オレは彼女に、一定の敬意を有してはいる」

「あん?」

「だが、そういう意味においては良くも悪くも見極めるのに時間が足りん。そもそも、オレは恋愛などというものに理解が及ばない。だが、騎士団長がオレに向ける感情に邪なものが混在していないことは分かる。我々の信仰ほどとまでは言わないが……それなりに、評価に値するとは言えるな」

「…………」

「何よりジル様が愛を司る以上──オレもそれを、理解しなければならない。それが騎士団長に対するものになるかは別の問題だが……全ては、ジル様のために」

「………………お、おおう」

「? どうした、ヘクター」

「いや、テメェが思ってたより真面目なのに驚いた……いや、元から真面目なのは真面目か。方向性が意味不明過ぎただけで」





「レイラ殿」

「ニールさん……?」

「……貴女の剣は騎士団長のお眼鏡にかない、私の剣は未だかなわない」

「……」

「ですから、感謝を。貴女という剣士の存在は、私にとって良い刺激になりました。何より、見えてきたものもありますので──いずれは、手合わせを願いたい」

「……ええ、喜んで。私も、この数日で騎士団長さんから受けた指南をもとに、強くなりますから」


 ◆◆◆


 ──同時刻。エクエス王国から離れた地帯にて。


「────ッッッ!!」


 闇の球体が広がると同時に、一人の少女がドサッと音を立てて大地に落下する。


「ふ、ふふふ……」


 ふらふらとした様子で、剣を杖に見立てて立ち上がる少女。その体はボロボロで、意識を保っているのも不思議なほどだ。


「スフラメルの真似事だけど、一応は私にもできた。……けどこれ、本当にキツい。独立した自分の意識が完全に分散する感覚も気持ち悪いけど、何より技術的に難しすぎる。私じゃ、一人が限界だった。あれだけのストックを量産できるスフラメルは、本当にどうなってるのかな」


 しかし、少女は笑う。肉体と違ってその精神は死んでおらず、眼が爛々と輝いていた。


「まだ私はこの世に在る……なら終わらないよ。一方的な愛が醜い? そんなことを言ったら、人間なんて、誰だって、醜いじゃん。みんな、みんな自分の価値観のもとで生きている。何かを醜いと否定することだって、自分の価値観一方的な自己愛に基づいた行動だもん。私の恋路を保証しない、私の心を救いもしない、そんないつかの時代のどこかの誰かのお偉いさんが口にした哲学的美学なんてどうでも良い。結局は、絶対的な強者の敷く法則と理論が正しいんだからね。ね。ね」


 そして──



---------------------------------------------------------------

感想まとめて返すの不可能だなと悟った作者ワイ。土下座。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る