各国の動向

「地の術式、起──」

「──【禁則事項】は『地の術式』の起動。【罰則】は『地の術式』の不発」


 それだけだった。


 それだけで、マヌスが誇る最強部隊『蠱毒』が有する秘術は、あっさりと無効化された。


「な、に……?」

「異能を使い慣れていないな。隙を見て起動させるのではなく、堂々と起動させようとするならば……オレにそれは通じない」


 殺し屋、キーラン。


 彼の有する『加護』は完全な初見殺しにして、完全な自分ルールの押し付けにして、相手のルールを完全に封殺する最凶の代物である。それこそ、ジルが前世と呼ぶ世界においては「クソゲー能力」と評されていたほどの異能だ。


「殺しはしない。お前は、徹底的に潰した上で新たな情報を吐き出す道具として神に捧げる。スペンサーは、尖兵として放たれたが故にあまり情報を持っていなかったからな」

「くっ……!」


 どうする、と『蠱毒』の男は思考を巡らせる。


 男の戦闘スタイルは、端的にいうとキーランとの相性が非常に悪かった。だからこそ『地の術式』というジョーカーで戦場をかき回すことで強引に相性差をひっくり返そうとしたが──それを封じられた以上、男に取れる手段はあまりない。


(相性の問題であって、実力自体はこちらの方が上のはずなのに──!!)


 だから負けていない、などという思考に至ろうとした、まさにその瞬間だった。


「けけ、無様だなァ。ええ? おい」

「!」

「……新手か」


 その声に、先ほどまでキーランと戦闘を行っていた男は顔をしかめ、キーランは目を細めて声のした方へと視線を向ける。


「『地の術式』を受け取った『蠱毒』は二つに分かれている。新しいチカラにはしゃぐアホと、新しいチカラを新たな道具として使ってる奴だわな」


 そこにいたのは、無精髭を生やした壮年の男性。死人のような幽鬼さを纏うその壮年は、愉快げな視線を止めることなくキーランと男を眺めていた。


「けけ、オメェは前者だよ。んでもって前者ってのは、戦場じゃ呆気なく死んじまうんだわ。才能がねェ奴は論外だが、その才能に溺れちまう奴もその先には行けねえ」

「貴様……!」

「無様を晒してるオメェが凄んだところでなァ。けけけ」

「……ッ!」

「まあでも、少しは──っとお、気が早えな兄ちゃん!」


 キーランより放たれた短刀を、壮年は籠手こてを嵌めている方の手で弾く。人を不快にさせるような笑みを絶やすことなく、壮年は言葉を続けた。


「けけ、オメェの異能は見てたぜェ。一見無敵の能力に見えるが……オメェのそれにも間違いなく、弱点はある」

「……」

「目が黄金色に輝く点なんかは分かりやすいな。少なくとも、異能を発動する瞬間は分かるってことだからよ」

「……」

「あとはわざわざ口にする点とか──って、だから気が早えよ!」

「黙れ。お前との会話など、オレには必要ない」


 身を地面スレスレまでに低めながら大地を駆け、壮年へと襲いかかるキーラン。その身動きの鋭さと俊敏性に壮年は顔色を変えずにいたが──しかし内心では僅かに冷や汗をかいていた。


(チッ、こいつァ……俺よりも才能があるわな)


 壮年は、『蠱毒』にしては珍しく自らを最強だと考えていない。


 有象無象よりは上だという自覚はある。大陸でも上から数えた方が強いという確信もある。この世界は才能が全てで、努力はその才能を限りなく限界値まで発揮するためのものでしかなく、才能の及ばない範囲を目指すものではないという独自の考えも有している。


 その自尊心は『蠱毒』に相応しく、しかし『人類最強』が埒外であることを認めている彼は、どうしようもなく『蠱毒』としては異端だった。


(けどまァ、足りねェもんは別の場所から持ってきてくっつけりゃァいいってもんなんだわ)


 それこそが『地の術式』。

 キーランの攻撃をギリギリで耐えながら、壮年はその機をうかがうべく笑みを貼り付けた。


「けけ。オメェはそこで這いつくばってるだけか? ならこの獲物は、俺が殺すぜェ」

「……! 舐めるな!」

「二人同時に相手しようと、オレのやることは変わらない。全ては神のために」


 自らが劣勢であることを、悟らせないために。


 ◆◆◆


「大陸最強国家マヌスとの戦争、ですか。それも声明から察するに……マヌスに対する大義名分を得てからの戦争ですねこれは。間違いなく、かの国は釣られましたね」


 ドラコ帝国が頂点、『龍帝』シリル。

 つい先ほどまで彼は帝国が誇る『竜使族』を集め、国の防衛ラインを敷くべく指揮をとっていた。その理由は言わずもがな、とある二国の戦争である。


「流れ弾のようなものがこないとは限りません。大陸最強格同士の戦闘とは、そういうものですからね。それは僕たちが一番よく把握している……ですよね、爺?」

「仰る通りかと」


 老執事が淹れた紅茶を飲みながら、彼は柔和に微笑む。その笑みが余裕から来るものではなく、一種の現実逃避であることを老執事はなんとなく察していた。


「ふ、ふふふふ。まったく、してやられましたよ。『魔王の眷属』などという連中の情報を集めている間に、彼がこうも大胆に動くとは……。まあ、仕方ありません。マヌスの情報は魔術大国が一番保有していて、その魔術大国を水面下で支配している彼が動かないはずはなかった」

「……しかし、『魔王の眷属』も見逃せはしませんからね」

「ええ、その通りです。あの謎の力は、はっきり言って人の世には毒だ。当然ながら見過ごせません。まったく、ここまでタイミングが噛み合っていると、すべてがあの男の掌の上なのではないかと思えてしまいます。『魔王の眷属』とやらも、彼が利用している可能性も考えなくてはなりませんね」

「……気質が合わないように感じましたが」

「? ああ、そういうことですか。利用するというのはなにも、プラスの意味だけではありませんよ。敵同士をぶつけて利用する、なんてのはよくある話でしょう?」

「なるほど」


 事実、あの男──ジルならそれが不可能ではないとシリルは考える。

 彼は文字通り、視点が違う。王ならば自然と身につく視点といえば視点だが……それこそ、神のように高次元の視点を有しているのではないかとシリルは思うのだ。


(未来を視るとされている『聖女』も似たようなものかもしれませんね。比喩表現でなく、本当に彼は見ている部分が違う可能性も入れておきましょう)


 ──と。


「それにしても、良かったのですか? シリル様」

「うん? なにがですか? 僕の行動に、なにか問題が……?」

「問題、と言いますか……彼が治めるあの国と我らドラコ帝国は同盟関係を結んでいます。マヌスとの戦争に、なにかしら支援をすべきでは」

「──ああ、それは不要ですよ」


 そう言って、シリルは懐から一枚の文書を取り出した。それをヒラヒラとさせながら、彼は言葉を続ける。


「内容を簡潔にいうと『攻めへの手出しは不要』というものです」

「……我らドラコ帝国と組んで攻めた方が、マヌスを相手にしての勝率が上がると思いますが」

「ええ、その通りです。その通りだからこそ、彼は僕たちからの手助けを必要としない。むしろ、邪魔と考えるでしょうね」


 シリルの言葉に、老執事は困惑したような表情を浮かべた。戦争で勝率を上げることに、なんの問題があるのかと。


「いいですか、爺。彼は、神です」

「……」


 なに言ってんだこいつ、という視線をシリルに送る老執事。老執事はヘクターと交流がある人物であり、その彼がまともでないわけがない。

 この場にヘクターがいれば、彼も同様の視線をシリルに送っていただろう。すなわち、あり得ないものを見たかのような目である。


(……胃薬を処方してもらいましょうか)


 その辺を全て察することができる頭脳を有してしまっているシリルの胃が若干痛くなったが、彼はそれを飲み込んで口を開いた。


「彼が神足り得ているのは、その絶対性と神聖さからくるものです。信仰を受け取ることで、彼は擬似的な神として君臨している」

「……」

「だからこそ、彼はその信仰をより確かなものにすべく、我々からの助力を邪魔だと判断したということです」


 ドラコ帝国は大国であり、戦力はそれにふさわしいものを有している。それこそ『龍帝』シリルという大陸最強格がいれば、マヌスの兵士など簡単に蹴散らせるだろう。

 シリルが危険なのは、それこそ『人類最強』を相手にしたときくらいだ。


「爺。あなたの言う通り、我々が彼と組めばマヌスとの戦争の勝率は上がります。だからこそ、戦争でマヌスに勝っても周囲はさほど驚きません」


 なにせドラコ帝国が参戦する場合、それは小国vs大国の戦争ではなく、小国+大国vs大国の戦争である。はっきり言って、周囲からしてみれば「まあそれは勝つんじゃない?」で終わる話だし、それこそドラコ帝国の名声の方が高くなる可能性も存在する。大国に無謀な戦争を挑んだ小国を支援した、みたいな形で。その展開は、神としての君臨を目指しているであろうジルとしてはあまり好ましくないだろう。


「彼は、大陸支配を信仰という形で成そうとしています。だからこそ、彼にとってはマヌスとの戦争も通過点でしかない」


 ジルの目的を考えると、自ずと理解できるのだ。


「……恐ろしいですよ、本当に。実に合理的で、迷いがない。自らの目的へと、あの男は着実に進んでいる」


 この戦争が終わったあと、あの神はさらに神格を上昇させるだろう。

 そう、シリルは確信していた。


(なにより、あの色ボケ国家も流石に釣れるでしょうしね……)


 魔術大国マギア。

 ドラコ帝国。

 そして、大陸最強国家マヌス。


 三つの大国を手中に収めてしまえば、如何にあの国とてジルの存在を無視できない。

 そして無視できないということは、ジルに対してなにかしらのコンタクトを取らざるを得ないということであり──ジルからしてみれば「獲物が釣れた」瞬間であろうな、とシリルはエクエス王国に同情した。


 ◆◆◆


 ──エクエス王国。


「騎士団長!」

「なんだ、騒々しい。我らはマヌスによる侵略から民を守るために、今こうして──」

「『粛然の処刑人』を、発見したとのことです!」


 その言葉に『騎士団長』と呼ばれた少女の目が大きく見開く。


「……まことか?」

「はい! 真です!」

「本当なのか?」

「本当です!」

「嘘偽りないと誓えるか?」

「誓えます!」

「そうか。……そうか」


 僅かに頬を赤く染める騎士団長。その騎士団長を、騎士たちは微笑ましいものを見る目で見ていた。


「どうしましょう、団長。我らも参戦しますか?」

「いや、いい」

「え、ですが。戦場のラブロマンスが……」

「それは確かに惜しいが──殿方を立てるのも、妻の役目だ。私は、夫を信じて待つことにしよう」

「流石です! 団長!」

「ああ、これが幸せってやつなんですね!」

「素晴らしいものを見ましたよ、俺……」

「私も恋がしたい……」

「ふっ、そう色めきだつな。お前たちにも、運命の相手が見つかるさ……」

「きゃー!」

「だ、大胆!」

「ふっ、夫の三歩後ろを歩くのが、良き妻の立ち位置らしい。戦場に咲く花になるのも悪くはないが……今回はやめておこう。夕食までには帰ってこいと祈りながら、私は待つさ」


 平和な光景だった。


 愛を語り愛に生きる国家、エクエス王国。彼らの逆鱗を踏むのは、解釈違いだとかカップリング論争くらいのもので、それ以外は基本的に平和なのが、エクエス王国という大国の特徴だ。


「……」


 そんな光景を横目に戦場を『視』ながら、エクエス王国で数少ない常識人となってしまった青年の宮廷魔術師は、真顔のまま口を開く。


「……いや、未婚じゃん」


 ──誰か、この状況をどうにかしてくれ。


 宮廷魔術師の心の叫びは、誰にも届くことはなかった。


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