見合い開始

 大陸最強国家マヌス。

 彼らが大陸において、他の大国を押し退けて最強などと呼ばれることには、当然ながら理由が存在する。自国内で完結し始めてからは既に歴史の影へと消えてしまった理由だが、国の内情を知ればその理由は明白だ。


「報告します。本日の終練場しゅうれんじょうにおける死亡者数、十二名。重傷者数は八十三名───」


 終練場。

 マヌスにおいて殺し合いが容認されている空間であり、ここでの戦果は『戦闘鬼兵せんとうきへい』と呼ばれる軍隊における階級に直結するという、謂わば試験場のようなものである。


 多くの人間を殺し合わせ続け、より強いものだけが生き残り、更に強くなっていくというシンプルな図式。

 戦闘鬼兵は常に死線の中に存在し、それ故に常在戦場の心構えが必然的に生まれる。修羅の世界を生き抜いてきた彼らの戦闘力は一線を画し、彼らは大陸において最強と恐れられていたのだ。


 さてそんな大陸最強国家マヌスは、とある少数精鋭の部隊を擁している。

 その部隊の名は『蠱毒こどく』。

 人類最強を筆頭に、戦闘鬼兵の中から上位七名が選別された特別な部隊である。


 特別な部隊である蠱毒同士での殺し合いは認められていないが、蠱毒と蠱毒以外の人間が殺し合うことは容認されている。部隊外の人間が部隊の人間を殺すことができれば、部隊に入隊できるという寸法だ。


 かの部隊の特徴は、人類最強を除く全員が全員非常に高い闘争心を有していること。


 そもそもマヌスの人間はそのほとんどが、自らが専門とする分野において頂点の座を目指す戦闘民族のようなものだ。そんな国における戦闘軍隊の上位七人と言われれば、その闘争心の高さは簡単に推し量れるだろう。

 彼らは戦闘面における最強を目指すが故に、最強の座こそを至上とする。


 その特徴の結果、彼らは『最強』だの『最高』だのの称号を持つ人間に対する敵愾心が強い。大陸最強格と謳われる『龍帝』や『騎士団長』とて、彼らの中では標的だ。


 なお『氷の魔女』は例外である。曰く、魔術大国の人間は頭がおかしすぎるから除外。連中は人類じゃないからどうでもいい。我々は人類の中で競っているのであり、珍生物と競う気はないとのこと。クロエや上層部は泣いていい。


 話を戻そう。

 彼らの中において、標的の筆頭は己たちの頂点に座す『人類最強』。マヌスにおいて人類最強への襲撃は定められた日を除けば連日連夜行われており、半ば日常風景と化している。


 そんな狂犬という他ない彼らが、他の標的である『龍帝』や『騎士団長』に関しては未だ手を出していないという事実を、不思議に思う人間は多いだろう。ともすれば、矛盾とすら思われるかもしれない。


 だが彼らの中で、それは矛盾にはならない。

 何故ならそれは、司令塔たる『上司』によって止められているからだ。上司の命令すら聞けないのは無能の極みであり、最強以前の問題であるとは彼らの共通認識。最強を目指す彼らにとって任務を果たせないというのは屈辱という他なく、それ故に彼らは命令をきちんと受け入れる。


 それこそが彼らの信条であり──他国の人間から見れば「理解不能」としか思えない狂った価値観だろう。







「……」


 瞳を閉じた男が、眼下で骸を晒す男を見下ろす。


 彼は以前、上司によってジルの国への潜入を言い渡された男であり、現在はその準備の最中だ。

 見合いの席に着く一国の姫の護衛と成り代わり、自然と潜入して情報を集める。そしてあわよくば殺すというのが彼の受けた指令。

 

「……小生は、大陸一の殺し屋である。ならば『神を名乗る男』の死は確定事項なり」


 自らを世界最高の殺し屋であると称し──されど自ら以上に殺し屋として名高い男がいるという事実に強い殺意を抱いている──男は物言わぬしかばねとなった男の顔面に手を伸ばし、その皮を剥いだ。


 ◆◆◆


「どうしようかしらヘクター。私はお兄様の妹だから『あとは若い人たちだけで』が使えないわ」

「姫さんは向こうさんの先輩だろ? なら別にそれで問題ないんじゃねえか?」

「確かに私の方が小娘より先輩だから、問題ないわね」


 いよいよ見合い当日だ。

 どうあっても断るという結果に変わりはないが、その過程を描くのは俺自身の腕の見せ所。


(まあなんとかなるだろう。ならなくてもなんとかするし)


 グレイシーとヘクターの会話を背に、俺は執務室で紅茶を飲む。会話に混ざるという選択肢もあるが、その選択肢はやめておくのが今回は正解である。

 決して「向こうからしたら背伸びをした幼女にしか見えないだろうな」などという目に見えた地雷を口にしないのがポイントだ。


「それより、熾天の嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」

「ソフィアは今日は部屋に置いてあげてるわ。自覚がない子だから、どうしようか迷ったけれどね」

「あん?」

「こっちの話よ」


 グレイシーの言葉に、俺は内心で目を細める。



(ソフィアにはなにかしら、本人にも自覚がない秘密かなにかがあるのだろうか)


 不確定要素は取り除いておくことを信条としている俺としては非常に気になるといえば気になるのだが、尋ねたところで煙に巻かれるだけだろう。


 流石に俺にとって不利益な情報であればグレイシーは口にしてくれるだろうし、最悪ソフィア本人を視認すれば心の中は読み取れる。ならば現時点において、そこまで気にする必要はないと判断しておくか。


「ジル青年。御一行さんがいらしたよー」

「然様か」


 ──と。

 そんなことを考えている間に、どうやら先方が到着したらしい。ステラの報告を受けた俺は、紅茶を置いてゆっくりと立ち上がる。


 先方の出迎えは、俺が適任者と判断したローランドとレイラに任せている。


 彼らの祝福は、危険度察知には中々に有用だ。

 鋭い殺意を抱いている者が相応の実力者ならレイラの『祝福』が反応するだろうし、虚言に関してはローランドの『祝福』が見抜く。この二つの異能を前に、裏のある人間が初見で対応するのは困難を極める。というか、不可能に近い。


(まあジルがローランドたちの力を知っているのはおかしいから、その辺は伏せてローランドたちを指名したわけだが……)


 あくまでも俺が彼らの異能を知っているのは、原作知識があってのもの。故に、俺以外にローランドたちの異能を知っている人間はこの国に存在しない。


 知っていることを明かすのは不信感を与えるだけだろう。上手く持っていけば見識あるいは解析眼の高さのアピールになるかもしれないが、そんなことのアピールより知らないと思わせることで転がり込んでくるメリットの方が多いので伏せておくのが正しい選択だ。


(ローランドの『祝福』は、知らなければ対処しようがない。逆に言えば、奴の祝福を知らない人間が一切引っかからなければこれ以上なく潔白の証明になる)


 なので俺は、この原作知識を墓の中にまで持っていく所存である。


(まあ実際問題、あの二人は出迎えにおいて最適者だろうしな)


 彼らは一通りの礼儀作法は収めているのに加えて、俺に対して狂信的でもない。先方に対して失礼を働く心配はないだろう。


 そして彼らとて自分たちの主目的である『世界の終末』を回避するために、初見の人間に対しては細心の注意を払うはず。なによりローランドは先日の一件の当事者の一人だから、俺と対面した時よりも意欲的に違いない。


(怖いのはアニメとかでよくある、相手の国の偉い人間がレイラに対して「平民。俺の嫁になれ」みたいなテンプレ三下ムーブをかまして、ローランドが有無を言わずに叩き潰すパターンだが……)


 ないと思いたい。ローランドが相手を叩き潰すことではなく、相手がそんなテンプレキャラであることが。


「さて、では向かうとしよう。私に相応しい娘か否か、この目で見定める時よ」

「ふふふ。楽しみねお兄様」

「なんか怖えなこの兄妹……」

「グレイシーちゃんは、ジル少年の妹って感じの子だよねー。なんとなく似てるよ」

「それはそうよ。だって私は、お兄様の妹だもの」


 まあ万が一ローランドが相手を叩き潰しても、理由が理由ならばどうにでもできる。

 ここは俺の国で、ある意味ローランドとレイラは客将のようなもの。他国の人間風情、俺がどうにかしてみせよう。













「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

「ふん。私に対する遠慮、気遣いは無用だ。存分に、羽を休めるがいい」

「し、しかし……」

「……ほう。この私が客人ひとつもてなせぬほどに、狭量な王とでも?」

「で、ではお言葉に甘えて……ありがとうございます……」


 悪役令嬢のような姫が来たらどうしようかと思っていたが、非常に奥ゆかしそうな少女のご登場。

 若干肩透かしをくらった気分だが、まあ俺としては楽なので問題ない。


(悪役令嬢が相手だったら、威圧で応えるしかなかったからな)


 ジルという男が、見合いの席という理由でナメた態度を取られても放置するはずがない。ナメた態度を贈られたなら俺は大地を震撼させる重圧をプレゼントフォーユーする必要があったため、どのようにして事前にプレゼント交換会を防ぐように先手を打とうかと考えていたが、杞憂に終わったようだ。


(……しかし、瞳に恐怖の色が映っているな)


 俺に内包する力を見抜いた可能性もあるが、それより現実的なのはそれ以外の可能性だろう。

 見合いの席で恐怖を抱く理由なんて、背水の陣が理由としか思えない。


(政略結婚あるある、だな。見合いの席で恐怖なんて感情を抱いてるってことは、少なくともお姫様は俺と結婚したいとは思えていないということだ)


 つまり、お姫様の父親か母親の命令。そしていくら命令による縁談の申し出とはいえ、恐怖の色が映るということは日常的にそれなりに非道な仕打ちを受けていたのかもしれない。


 なにせ憂慮だとか億劫だとか怠惰だとか使命感だとかではなく、恐怖だからな。

 王族としての責務を果たさなければみたいな理由で、恐怖の色が映るということはそういうことだろう。


(実の娘に恐怖心を抱かせるような性格。そうでなくとも、そのような状況に持ち込んでいる──成る程な。俺にとって、都合のいいシナリオを描けるかもしれないな)


 ちらり、と一瞬だけ視線をお姫様の隣へと移す。

 そこにいるのは、人の良さそうな笑みを浮かべた初老の男性。お姫様の父親であり──推定、俺の仮想敵だ。


(さてさて、違和感なく引き出してみせようか。原作知識を活用できる場面ではないが……)


 俺は最終的に、神々との決戦が待ち構えている。どちらも原作知識をフル活用できるわけじゃないが、どちらの難易度の方が高いのかはいうまでもないだろう。

 

「ほっほっほ。噂にたがわぬ、端正な顔立ちをした御仁ですな。なによりその齢にして王の座に着き、政治的手腕も凄まじいの一言」

「お兄様は天上天下を統べる王だもの、当然ね」

「……然様ですな! うちの娘を気に入って頂けると幸いですぞ」

「それを見定めるのが、この席よ。お兄様に縁談を申し出る以上、それなりの格があるのかどうかを見させてもらうわ」


 グレイシーの尊大すぎる言葉に一瞬だけ詰まった様子を見せた老人だが、すぐさま笑顔で切り返してきた。

 おそらくだが「なんでこんな場所に妹を連れてきてるんだ」みたいなことを思ったのだろう。その疑問に対する俺の返答は、グレイシーが見たいと思ったからの一言で終了だが。


 ていうかグレイシー。小姑みたいになっていないか? 大丈夫? なんか変な本でお見合いについて学んでない? 大丈夫?


「お兄様は凄いのよ」

「ほほう。妹君から見ても、立派な方なのですね」

「ええとても。私の世界は、お兄様のおかげで広がったんだもの」


 お見合いの序章は、互いの身内によるアピールタイムのようなものらしい。グレイシーと向こうの老人は互いに俺やお姫様を褒め称え、相手に対する印象を良くしようと動く。


「あなたは娘を、愛しているのかしら?」

「もちろんですとも」

「……そう。

「……」


 老人が朗らかに笑い、グレイシーが微笑んだ。そのグレイシーの表情を見て、俺は。


(……笑ってない、な。黒の可能性が高いか)



 








(嘘、嘘。……嘘ではない。嘘)


 護衛という名目で見合いの部屋のすぐ外に立ちながら、ローランドは耳を澄ませる。

 老人が言葉を重ねるたびに『祝福』が反応する。その事実に、ローランドは不快であるという感情を抱いていた。


(……ここの人たちは、互いに信頼関係を築いてるのにな)

『どうしたローランド。不機嫌そうな顔だが』

『いや、なんでもないよキーランさん』

『ふん。そうか……』


 この場にいるのは、ジルの陣営からはローランドとキーランの二名。先方の陣営は、要人の護衛として来国してきた全員がこの場にいた。


『ローランド』

『?』

『この場は預けるぞ』

『……はい?』

『オレの目を誤魔化せるなどと愚考した鼠を、消しに行く』

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