波乱の予兆

 魔術大国の上層部。

 最初はクロエにコンタクトをとってもらったが、あれ以降は俺の立場もあって顔パスだ。


 魔術大国とは水面下で同盟を結んでいるが、その本質は圧倒的に俺優位の契約である。実質的に俺は魔術大国の社長であり、彼らは支部長のようなもの。基本的にこの国をどうこうしようとは思っていないので、支配者といっても形だけだが。そう考えると、社長よりも株主の方が近いかもしれん。


(その割には民衆の支持は俺が全てかっさらっているというね)


 正直、キーランの布教活動は次元がおかしいとしか思えん。なにをどうしたら、たった数分間で大国の民全ての心身を掌握できるのだろうか。

 そしてそのおかげで、理屈は分からんが俺の能力は向上している。狂信者そのものは正直ドン引き案件なのだが、神々の討伐には役立つので信者獲得を放置するしかない。これがジレンマというやつか。


 閑話休題。


「かの『人類最強』を擁する大国──マヌスに関する情報ですか……」


 上層部の一人である壮年の男性がそう言って、難しい表情を浮かべる。なにかしらの葛藤があるのは火を見るより明らかで、マヌスという国家の存在がどのようなものなのかを暗示していた。


(やはり現地の人間にとっても、かの大国は扱いが難しい存在ということか。アニメでもよく分からん国だったしな)


 マヌス。


 大陸を統べる四大国の一角にして最強と謳われていながら、あらゆる情報が伏せられている謎の国。アニメにおいても、あの大国に関してはほとんど情報が開示されていない。

 というのも『レーグル』による襲撃を返り討ちにしたらしいという描写が出てきたかと思えば、その次にマヌスが触れられたのはジルの手で直々に滅ぼされた後だからだ。


 瓦礫と焔に包まれた周囲の中で絶対者として君臨し、悠然とした笑みを浮かべながら『神の力』が封印された結晶を眺めていたジルの姿が目に浮かぶ。

 あの破壊痕は凄惨というほかなく、あらゆる生命が文字通り死んでいた。それこそ大地すらも、生命の息吹がなかった。


(あれは印象的だったな。文字通り全てが死滅していたから)


 同時に、これ以外の情報はほとんど分からないことに歯噛みするしかない。アニメを視聴していても果てしなく謎の国家であり、滅ぼされたためその後も出番はなかった悲しい国。俺に分かるのは、ほとんどこれだけなのだ。


 ただ保有している『神の力』の量だったり『神の秘宝』を保有していたりと、なにかしらあるのは確実とも言える。


(それにしても物語外で最強の大国消し飛ばしたジルは本当にやばいな。他の大国連中が強かったのと『レーグル』を返り討ちにした唯一の国だったから、最強の大国本当に最強じゃんって思ってたらアレだったからな。ジル様やばいとしか言えんよアレ)


 改めて考えずとも、大陸最強国家を『人類最強』不在時とはいえ単騎で乗り込んで文字通り跡形もなく消し飛ばしたジルの肉体スペックっておかしいし、そんなジルでもインフレの犠牲になるこのアニメインフレ激しすぎる。


 そしてそんな犠牲者に憑依した俺にとって必需品とも言える『神の力』を取り込んでいる『人類最強』に対しては本当に殺意が──あかん上層部の方々が怯えていらっしゃる。


(殺意だけで机に亀裂が走っている……落ち着け)


 俺はここに、恐喝をしにきたわけではないだろう。無罪な連中を威圧してどうするという話だ。


「然り。貴様ら魔術大国は、マヌスと国交を持っていた唯一の国であるという認識だが」


 背後に立つソフィアがスッと紅茶を差し出してくれたので、それを手にとって口に含む。

 ……うむ、美味い。教会勢力から送られてくる茶葉は、味が格別だな。


「仰る通りです。我々魔術大国マギアと、大陸最強国家マヌスは互いが互いに唯一繋がりを持つ国でした」


 俺の気が落ち着いたのを感じたのか、上層部の連中がホッと息を吐きながら言う。


「ふん。外野から見れば互いに物好きとしか思えんがな」

「……失礼ですが、御身はこの国をその……異常であると認識しておいでで?」

「……ある種、理の外にあると認識している。常人ではこの国の価値観とは相入れまい」


 おお、と上層部が感動に打ち震えたかのような声を漏らす。


 忠誠心が上がった……気がした。なんとなく。現状は瞳に狂信的な色は映っていないが、なんか気が付いたらこいつらも狂信者になってそうである。それで良いのか、上層部。


「御身の認識の通り、この国は外から見た時異常です。それはもう異常な訳です。食事を摂らないと死ぬなんて当たり前のことすら認識できていないアホばかりです。アホしかいません。それはもうアホです」


 アホを連呼する上層部。

 その姿は普段からどれだけ頭を悩まされているのかをありありと示していて、思わず同情の念を禁じ得ない。


「なんで、なんでこの国はあんな頭がおかしい連中ばかりなんだ!」

「私たちがなにをしたっていう言うのよ……!」

「そうだよ! この国はおかしいんだよ! 俺たちは間違ってなんてなかったんだ……!」

「この胃薬を、一時間ごとに飲んでいた日もあったものです……。飲み過ぎたせいで、もはや自己暗示剤と化していますが……」

「頭がおかしいから切り捨てたいが、連中の魔術の腕は確か! 防衛としてこの上なく機能する上に、副次効果としてなんだかんだで生活水準も向上している! なんなんだ! なんなんだあいつらは! 我々は……っ!」


 何故だろうか──まったくもって、他人事の気がしない。

 勿論ながらジルを演じるために鉄壁の無表情を貫いてはいるが、今すぐにでも彼らと盃を交わしたいとすら思ってしまう。俺も愚痴を吐き出して、楽になりたい。


 彼らこそが、俺唯一の理解者たり得るのではないだろうか。そうか……ここが……こここそが──俺の、理想郷かもしれなかった場所なのか。


「上層部の方々は大変ですね……。魔術大国の価値観は我々教会としても、異常の極みとして認識しています。それを治める上層部の方々は紛れもなく、賢君というほかない。……その点、ジル様は全ての配下が有能です。ジル様の頭を悩ませることはないでしょう。とても安心ですね!」

「ソフィア貴様、しばらく口を閉じていろ」

「!?」


 戯言を口にしたソフィアを一刀両断する。

 俺の頭を悩ませるタネ筆頭の一角だよ教会連中はいろんな意味で。

 特にダニエルとか、めちゃくちゃ会うの怖いんですけど。キーランと似たようなものを感じるんですけど。なんならキーランより過激な気がするんですけど。


「し、失礼しました。我々の愚痴をこぼしてしまい……」

「良い。貴様らの胸中は、私としても理解を示すもの。本来であれば無礼として処すところだが、特例として許す。今後も励め」

「ありがたきお言葉……!」


 感動で涙を流す上層部諸君。瞳に涙を溜めているソフィア。内心でほろりと涙する俺。

 全米が泣くとはまさしくこのこと。この場に第三勢力がいればスタンディングオベーションが発生するのが至極当然といえる感動風景であった。

 

「マヌスに関してですが」


 と。

 俺がどこぞのCMを脳裏で思い浮かべていると、上層部の一人が居住まいを正して口を開く。俺とソフィアも自然と気持ちを切り替え、緩んでいた空気が引き締められた。


「我々との関係を絶った理由はその……『神の力』に関する研究を、するとか」

「──なんですって?」


 俺の背後から凄絶な殺意の奔流が溢れ出すと同時に、全面の窓ガラスが木っ端微塵に割れる。


 彼女にとって『神の力』とは神たる俺が持つべきものであり、それを人間ごときが研究するなど度し難い不敬だという認識を抱くのは必然。


 それ故に彼女は条件反射で怒りを抱き──結果として、空間が震えている。

 その圧力プレッシャーは、先ほど俺が放った殺意の比じゃない。弱体化こそしているが、本来の実力は現時点のジルを上回っているソフィア。そんな彼女が無意識で殺意を漏らせばどうなるかは一目瞭然で、その結果がこれだ。


 俺ですら思わず背筋を凍らせるほどのそれに、魔術大国の上層部たちは一斉に顔をひどく青ざめさせる。

 大陸最強すら遥かに超越した絶対的存在、熾天。

 怪物という表現ですら生温い彼女の殺気を浴びるなど、それだけで心臓発作で死んでもおかしくはないのだ。


「ソフィア。抑えろ」

「……失礼しました」


 謝罪と共に、彼女から放たれる殺気が止む。

 俺の言葉が通じるという事実に安堵し──放置していたら自決なんて真似をしかねないので、俺は内心で慌てつつも口を開いた。


「良い。貴様のそれは、私に対する信仰があるからこそ発生した事故のようなもの。私がそれを、咎めることはない」

「……はっ」

「そして許せ、上層部。当然ながら修繕費は、私が支払おう」


 部下の失態の責任を持つのは上司の役目。

 完全にこちらの失態である以上、俺が修繕費を支払うのは当然のことだ。


「え、あっ、いえ、結構です! この建物、一年に一度は住民の魔術で吹き飛ぶんで!」


 なにそれこわい。


(一年に一度は上層部の建物が吹き飛ぶ……いやまあ、上級魔術なら建造物の破壊なんぞ容易だからな。国民のほとんどが上級魔術を修めているこの国じゃ、それくらい普──そんな話があってたまるか)


 力関係が国民の方が圧倒的に強いとは知っていたが、マジで魔術をぶっぱされているのか。脅しとかじゃなくて、本気で放っているのか魔術大国の国民たち。


 流石に、物騒すぎる。


(ていうかよくそれで上層部になったなこいつら。金地位権力のためだろうけど……こいつらも、もしかしなくてもズレてるんじゃないか?)


 内心で少しだけ、上層部との心の距離を置いた瞬間であった。


「は、話の続きですが、彼らは『神の力』に関する研究を行うと言ってから、我々との関係を絶っています。おそらく、アレの真価を把握しているのかと」

「他にも過去にあの大国は、我が国に対して優秀な人間の血を要求していたという記録が」


 優秀な人間の血、か。


 この大国で優秀な人間といえばクロエが思い浮かぶが──彼女の祖先も優秀だったとしたら、連中は神の血を僅かながら保有しているとも考えられるのか? 

 いやしかし、それでも『神の力』を取り込めはしないはず。それは熾天でも不可能なのだから。権能がなければ意味がない以上、その線はあまり考えなくていいはず。


 ただ、頭の片隅には入れておくか。

 万が一あの国に『天の術式』があった場合──最悪の場合、連中は禁術のバーゲンセールをかましてくるかもしれない。アニメでの描写から読み取れる考察ではあり得ないだとか、人類最強が『神の力』を扱えるという一番あり得ない事態が発生している現状においては、あまり参考にならない。


(人類最強に加えて、後方支援部隊として禁術を大量に打ち込まれたら……)


 考えるだけでも厄介極まりないな。

 対抗できるのは俺とソフィア。あとは相性の問題でローランドか。半敵対状態とも言えるローランドを使えるのかは、よく分からないが。

 あとはクロエやシリルを友軍として動員できるかでも大きく変わってくる。特にクロエの魔術の技量はジルをも凌駕するので、クロエを動員できればある程度は楽になるかもしれない。


 数のゴリ押しが心配だが、クロエならなんとかしてくれるに違いない。多分。きっと。

 希望的観測かつ謎すぎる信頼感が、そこにはあった。


「連中が人体実験をしている可能性は?」

「大きくありますよ。身体能力を向上させる手術を施したりだとかが、存在していたようです」

「ふむ」


 まあその辺はしているか。

 うちのセオドアも無聊ぶりょうを慰めるために改造人間を作っていた時代もあるそうだし。


「あとは、不死に関する研究なんかも発掘して行おうとしていたそうですね」

「……不死に関する研究を、発掘?」

「数百年前に滅んだとされる小国から、発掘された研究資料らしいです。読める代物じゃない部分があったのと、解読できた部分すら意味が分からなさすぎて、即座に凍結したらしいですが」

「……」


 不死という言葉に俺は紅髪の男──エーヴィヒの姿を思い浮かべる。

 エーヴィヒが開発した『呪詛』なる技術は、不死身の肉体を生み出すことに成功していた。

 不死の仕組みがなにかは知らん。知らんが、曲がりなりにも『神の力』をコントロールしてみせたマヌスですら理解不可能な技術……あの男、本気で何者だ。


(俺は相性が良かったからどうにかなったが、仮に神々の力がこの世界から完全に消滅した世界が創造されれば……)


 創造されれば、確実にあの男が絶対的な頂点として君臨する。『神の力』なしに、あの男の不死性は決して破れないだろうという直感があった。


(ある意味、ジルや人類最強よりもバグみたいな存在じゃないかエーヴィヒ……)


 まさしく異端。

 神々由来の存在が台頭するこの世界において、エーヴィヒはあらゆる面で性質が真逆といっても過言ではない。


 相性問題さえ度外視すれば、間違いなくアレは世界最強クラスの実力者だろう。エーヴィヒにとっての悲劇は、彼と同格の連中はことごとくが『神の力』を有している点か。


 強いのに同格連中と相性が悪すぎるとは、何気にあの男も苦労しているのかもしれない。


「他にもその、特殊な鎧を持っていたという情報があります」

「そういえばそんな情報もあったわね。国宝だったかしら」

「二つあるうちの片方は過去に紛失したらしいというアレかー」

「国宝の鎧を紛失って意味が分からんのだが……アホなのか?」

「それを我々に明かしている時点でアホですよ。付け入る隙を与えているに等しいですからね」

「それだけ取り乱していたんじゃないかしら」

「まあ国宝だしな」


 その鎧に関しては『人類最強』が身につけている『神の秘宝』のことだろうな。二つあるというのは初耳だが、万が一もう片方も『神の秘宝』だった場合……紛失したのには確実に裏があるだろうな。

 グレイシーやエーヴィヒみたく、アニメでは登場しなかった強者が大陸の裏に潜んでいる可能性もあるということ。一応、留意しておくとしよう。


「他にはなにかあったかしら……」

「『上司』とかいう感じ悪い男の情報とか?」

「あの常に眉間に皺を寄せている男性ですか」

「!」


 それだ。

 それの情報が欲しかった。とりあえず眉間に皺を寄せていることは把握した。そしてこれが意味するのは少なくとも、容姿の情報は保有しているということ。


 詳細を聞くべく、俺は口を開こうとして。


「ジル様!」


 瞬間、俺は眼を僅かに見開く。

 

(……これは)


 この国……ではない。

 ここから少し離れた場所にある国。俺の国とはそれなりに近い位置にある所から、あの力の波動を感じる。この独特な大気の震えと、尋常ならざる気配。


「ジル様、これは……っ」

「……」

 

 それを俺は知っている。

 嫌というほどに知っている。

 それは、まさしく──


(『神の力』の気配……だと?)

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