『熾天』再来
ローランドたちが亡命してから約五日。初日は俺の胃が痛くなったり、人類最強の来訪で精神がゴリゴリと削られたり、久方ぶりに教会勢力と連絡をとったりなど非常に波乱万丈というに相応しい時を過ごしたが、それ以降は平和なものだった。
(一時はどうなるかと思ったが……)
ステラ曰く、兵士たちの育成は順調。俺自身も盗み見ていたが、実際兵士たちの練度はかなり上昇していた。流石に大国の一般兵には未だ及ばないが、その辺の小国兵相手なら圧勝するだろう。
また、キーランとローランドの相乗効果とでもいうべき成長具合にも眼を見張るものがある。戦力増強として極めて有効に働いている。
加えて近頃のキーランは、アニメのキーランを彷彿とさせるクールさ。あれだ、あれこそが俺の求めていたキーランだと思わず目頭が熱くなってしまったのは仕方がないことだろう。
いや変態行為にしても結果的にプラスに働いてはいるので、結果だけ見れば奴は常に満塁ホームランを叩き出しているようなものなのだが──これもある意味ローランドの功績なのだろうか。
(それ以外にも貢献しているらしいしな。今後は知らんが、利用できる部分は全て利用しておこう)
彼らはそれなりに俺の国での生活に慣れてきたらしく、レイラなんかは空間ごと切断する技術を披露して木材集めを手伝ってくれたりしているらしい。それは慣れたというのだろうか。
空間ごと切断してくれるから正確無比な長さに調整できると建築士が嬉しそうに報告してくれたが、あの剣術は木造建築に使うには贅沢すぎやしないだろうか。というかアレは剣術なのだろうか。
『いやあ凄いですよ本当に。作業効率が素晴らしい。移民の方々が増えてきていらっしゃるので、追いつかなくて困っていたんですが──流石王です。あれほどの人材を調達して下さるとは……』
ベタ褒めすぎて気になったので現場を見に行けば、嬉々として刀を振るって空間ごと木々をざっくざく切断する少女の姿があった。空間ごと切断しているので任意の範囲内かつ延長線上にあるもの全てが切断されるという恐ろしい光景だったが、誰もが笑顔だった。俺は無言で帰宅した。なおアレを起用したという理由で、俺に対する信仰は上昇している。
ローランドの方も、震脚を利用して地ならしやらなにやらしてくれているらしい。他にもヘクターと一緒に大地を叩き割ることでなんかこう凄いことをしているらしい。どちらかというと慣れたのは俺の国民たちの方ではないだろうか。
そちらの方も気になったので現場を見に行けば、局所的に天変地異を引き起こしているローランドの姿があった。どう考えても労働現場ではなく紛争地帯のような光景だったが、誰もが笑顔だった。俺は無言で帰宅した。なおアレを起用したという理由で、俺に対する信仰心は上昇している。
(どうしてこうなった)
なにか、なにか違う。
どう考えても、物語のラスボスの拠点で暗躍する主人公たちの行動ではない。正直言って、俺の想像していたなんかこうドロドロした展開ではない。普通に爽やかな展開である。
(ていうかアイツら俺を監視する目的で亡命したんじゃないの? そんな気配がもはや皆無なんですけど。普通に過ごしてるんですけど。不意打ちとか警戒して徹夜してた俺がバカみたいなんですけど。夜の10時には寝て朝の6時に起きる健康生活送ってるらしいんですけど。いや信用させるための行動なのかもしれんが……)
流石に気が抜けすぎな気がする。
なんか最近王都で新しくできたらしい高級料理店で飲んだりしてるらしいが、アイツら何歳だっけ。いやここ異世界だから大丈夫なのか。
ちなみにその料理店の料理長はキーランが育てた料理人らしいが、キーランもなんか色々やってるなという感じである。他国の金持ち連中対象の観光名所にして良い感じに金を落とさせようという魂胆らしい。やっぱ普通に有能なんだよな。
ていうか高級料理店で飯を食うとか、アイツらエンジョイしすぎじゃね? 自由人か? 自由人だったわ。
(……ある意味ローランドとレイラの勧誘に成功しているのだろうか)
分からん。原作主人公組の心境は、俺にはまるで読める気がしない。明日くらいに「アイツら帰りましたよ」と言われても不思議ではない程度には読めない。つまりなにも分からない。
いやしかし、これも油断させるための罠か?
ソルフィアという不確定要素もある以上、これで素直に終わるとはまるで思えん。
(ローランドたちは一先ず放置だ。とりあえず、人類最強への対抗策を考えねば……)
というわけで俺は人類最強の情報を集めるべく、人類最強を擁している大国と唯一交流のある……もといあった国──魔術大国へと赴いていた。
「久しぶりだねジルくん」
「ああ……久方ぶりだ……」
「ど、どうしたの。なんか凄く遠い目になっているけど」
「不思議なことにな……実家のような安心感がある……」
「……大変なんだね」
「分かるか」
魔術大国に赴いて俺が真っ先に行ったのは、クロエの屋敷である。久しぶりに二人の様子を確認したかったのもあるが、ここは俺にとって非常に心が安らぐ場所というのが大きい。
子供の姿になることである種ジルとは異なる存在を演じていたおかげで──ある程度、ここでは素の自分を出せるのだ。加えてクロエやエミリーは俺に対して気安く接してくれるので、肩肘を張らなくて良いから楽。
ヘクターもある程度気楽だし別の意味で心の安寧なのだが、上司と部下なので少し違うのだ。いずれはとは思うが……今は無理だな。
これが友情パワーなのだろうと友人の存在を噛み締めながら、俺はエミリーが淹れてくれたコーヒーと彼女作のケーキに舌鼓を打っていた。
キーランとはまた違った味付け。
どちらも絶品なのに変わりはないが、料理人に対する好感度の差でエミリーの勝利にしておこう。
「美味い」
「おかわりもあるよ」
「くるしゅうない」
「なんかおかしくなってない?」
「貴様も悪よなあ?」
「なにが!? どうしたのジルくん!?」
「その鋭いツッコミ……エミリー貴様……芸人の素質があるのではないか?」
「芸人の素質!?」
意地悪く笑いながら言うと目を白黒させるエミリー。
うむ、愉快な反応だ。俺の周囲に、こんな感じで良い反応をくれる奴はいないからな。ステラはどちらかというとこちらで遊んでくる側の人間なので、少し違う。具体的には方向性の違いで解散するバンドくらいには違う。それもう少しじゃねえよ。
「そ、それよりジルくん」
「む」
チラチラ、と俺の背後に視線を送りながらなにかを言いたそうな表情を浮かべるエミリー。
不思議に思った俺が首を傾げると、意を決したように彼女は言う。
「そ、そちらの方はえっと……」
「──お気になさらず。私のことは、家具かなにかと認識して頂ければ結構です。キーラン殿曰く、私は背景です。路傍の石以下です。この身は、ジル様の盾なれば。ジル様のご友人であるあなたが、私を気にかける必要はありません」
キーランの教育やばすぎない?
異世界ブラック企業の闇を垣間見た俺は、その内容に内心で少しだけ震えていた。
「そ、そうですか。さっきから私たちに物欲しげな視線を向けてきているので、なにかこう言いたいことがあるのかなと……」
「誰が物欲しげな視線をジル様に向けているんですか!? そのような卑しい輩がいるわけないでしょう!? キーラン殿やグレイシーみたいなことを言わないでください!」
「……ソフィア。お前は何を言っているんだ」
「失礼しました!」
背後から土下座でもしたかのような物音が響き、エミリーが変人を見るかのような視線を背後に送る。
いや事実、変人なのだろう。
魔術大国の面々や、俺の国の宗教団体とは異なる方向での変人。俺の胃を痛くしない類の変人である。
ただまあ。
「ソフィア。自分を卑下する必要はない」
「で、ですがジル様……」
「ふん。私に仕える以上、それなりに自身の持つ格を自覚しろ。背景に徹するのは構わんが、それを宣言されては私は背景を従えることになるが……随分と貧乏な王だな?」
「──成る程、そういうことですか。やはり、ジル様は慧眼をお持ちなのですね。私に新しいことを気づかせてくれる……。ジル様の言う通り、今後はジル様以外の全てを、見下そうと思います」
「極端!?」
完全に同意である。
が、
(ソフィアお前……)
ソフィアお前──割と面白い奴だったりするのか。初回時の凛々しいお前はどこに行ったんだと思わなくもないが、面白い奴は精神的に安らぐから歓迎するぞ。敵対するまではな。
(『熾天』としての風格は皆無だがな)
ソフィア。
アニメの第二部におけるインフレ要因『熾天』の一角。その実力は俺に比肩するもので、端的に言うともしもこの状況で彼女が不意打ちをしかけてきたら俺は死ぬ。無様に死ぬ。愉快なくらい死ぬ。素敵に死ぬ。
(こんな変人だが、第一部最強のジルを殺せる存在だからなあ)
基本的に俺は保守的な人間だ。にも関わらずそんな物騒ガールを背後に配置しているのには、当然ながら理由が存在する。
(グレイシーの来訪が近いからな。神の血を引く人間が現世に来訪することへの試験的な意味と……人類最強やソルフィア、『魔王の眷属』への対抗策としてソフィアを手元に召喚したわけだ)
本来、邪神が降臨するまでは教会勢力の人間をグレイシー以外招く予定はなかった。
だが、流石に状況が状況である。俺や『レーグル』だけで対処できるか怪しくなってきた以上、使える戦力を遊ばせておく理由はない。教会勢力は本物の神々が降臨するまでの間しか使えないのであまり頼りたくはなかったが──神々が降臨する前に俺が死んだら元も子もない。
それに──グレイシーを相手に引くことなく、俺のことだけを考えてくれたソフィアなら大丈夫だろうという信頼もある。
(しかし……弱体化していたなソフィア)
ある程度、予想はしていた。
現世に神々が降臨できない以上、神々に近い存在である『熾天』やグレイシーにとって現世は悪環境なのではないかと。その可能性を危惧してグレイシーの私室は俺なりに魔改造を施しているわけだし。
(『神の力』を垂れ流しにした状態の俺が近くにいないと大陸最強連中と同等くらいの実力しか発揮できないとはな。いや十分すぎるくらい強いんだが、単独で行動させるには少し不安が残るな)
それこそ、弱体化した状態の彼女が今の人類最強と戦闘を行えば敗北してしまうのだし。逆に言えば近くに俺がいる間の彼女はとても強く、それこそ俺でも敗北濃厚なのだが。
(俺の国はある程度、教会に近い環境に変化させてるし──有事の際は、国の防衛に回しておくか。俺がいない間に、他国に喧嘩を売られた時の最終防衛ラインだ。かの『熾天』が小国の防衛に配置されてるとか、敵対国に合掌案件だが)
なにせ時期によっては、グレイシーとソフィアを同時に相手するのである。
まさしく、世界を相手に戦争しても余りある戦力。敵対国が文字通り大陸から消滅する領域。
そんな日がきてしまえば、俺には祈ることしかできない。
(まあなんにせよ、俺が本当の意味で自由に動けるようになるのは大きい。行動範囲が広がるからな)
ステラも女子の同僚が増えて嬉しいだろう。割と変人だが、ステラも変人だから問題ない。
(……さて)
一息吐けたことだし、行くとしようか──上層部の元に。連中の持つ情報を、いただくとしよう。
◆◆◆
この世界にはないどこか。あらゆる干渉を跳ね返す次元の狭間。一面が黒色に染め上げられた世界に、その青年はいた。
「相反する二つの力。俺様の有する力と、連中が使っていた力。この二つを備えさえすれば……俺様に、敵はいない」
自身が開発し、生み出した不死の肉体。この世界の抜け穴のようなものを突いた力だが、しかしそれには弱点があった。
ではその弱点さえも、自らの物とすればどうなるか。この世界の抜け穴への対症薬のような力。あれも手にすることができれば、自分は森羅万象を司る存在へと至ることができるはず。
玉座に腰掛けながら、紅髪の青年が口元に弧を描く。自らの思い描く『絶対』へと至る未来を想起しながら。
「さあ、俺様も取り込ませてもらおうか──『神々の力』をな」
未来を想起しながら青年、エーヴィヒは哄笑をあげる。
神々とは異なる概念へと突き進む究極は、ただただ嗤っていた。
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